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「でもでもヘンなんですぅ! すっごく長く感じたし、最初は電話もつながらなかったのに、助けに来てくれたマキちゃんは、わたしがかけた最初の電話で出たっていうんです。 しかも、電話をとってから一分も経ってないって言うんですよぅ」


 興奮冷めやらぬといったかんじで、三田ちゃんがグーを上下に振りながら訴えてくる。


「ヘンじゃないわよ」


 そういいながら、コーヒーの入ったカップを彼女の前に差し出したのは寺野さんだった。


「あたしがあんたから電話をもらって、あんたが黙ったままだから呼び続けてたんだから。 やっと返事したと思ったらなにあれ。 こっちがバケモノでも出たかと思ったでしょ」


 俺と向かいのやつにもトレイに乗ったカップを手渡し、俺のとなりの椅子を斜めに引いてこちらに背を向けるような姿勢で腰かける。


「ほんとごめんねぇ。 でもマキちゃんだって絶対こわいでしょ?」


「はいはい、コワかった、コワかった。 あんたがアブナイ薬にでも手を出したんじゃないかって、気が気じゃなかったよ」


 ああ、確かにそっちのほうが心配だろうな。


「で、どうなんだよ加山」


 向かいのやつが身を乗り出すようにして俺に訊いてきた。 言っている本人は額に脂汗をにじませ、ひくついた口端で何とか苦笑いを浮かべている。


 お前、その顔は。 安請け合いした張本人がそんな顔していてどうするんだ。


「やっぱり、マジなのかよ?」


 努めて軽い言葉を選んでいるようだが、血の気の引いた顔で言われても無意味だ。

 となりで寺野さんが盛大な溜息をついた。


「あの、寺野さん」


「なに?」


 むっとして俺に向けられたその眼は、あんたも同類なの?とでも言いたげだった。


「マキちゃん、センパイだってばぁ」


 この距離で、その小声は意味がないぞ三田ちゃん。


 俺は気を取り直して、短く息を吐いた。


「その時、三田さんの家に行ったんだよね?」


「まあ、ほっとけないし」


 ぶっきらぼうな言い方でそっぽを向いたが、確かに放っておけなかったのだろう。

 俺たちに向けられるのとは全く別の感情が読み取れる声音だった。


「何か、気が付いたことはなかった?」


「何かって?」


 縦皺の走った眉間がこっちを見る。

 たしかに漠然としすぎた質問だったが、別に如何わしいことを聞いたつもりもない。


「いや、ないならいいんだけど」


「あ」


 思い出したように、ひとつ高い声を上げたので、三人の視線が一斉に彼女に集まった。


「なにかあったの?」


 恐ごわ訊いたのは、その部屋の住人である三田ちゃんだ。


「窓ガラスに手の跡がたくさんついてた」


 何事もないようにしれっと言い放って、寺野さんは自分のカップに口をつける。


「ひぅ」

「きゃっ」


 ムンクの「叫び」のように顔に手を当てる三田ちゃんと、きゃっと顔を覆う隣の男。


「て、手の跡って、それじゃあ」


 やっぱり? とでも言いたげに、やつは指の隙間からこっちを見ながら言う。


「変質者なんじゃないの?」


 さらっと答える寺野さんに、三田ちゃんが盛大に天井を仰いだ。


「どっちもヤぁ~!」


 このままだと三田ちゃんが戻ってこなくなる可能性があるため、俺は半ば強引に話を進めることにする。


「それで、そのあとは?」


「そのあとですかぁ?」


 何とか現実に軟着陸した彼女が、きょとんとした目で俺に訊き返してきた。


「今の話を先週の合コンでそいつに、ああ、ええっと」


 ここへきて、ようやく俺は三田ちゃんの隣で目をぱちぱちとさせているこいつの名前に触れなければならないことを自覚した。


飯谷イイヤだよ飯谷 弥登成ミトナリ! 同じゼミなのに忘れんなよ!」


 そういえばそんな名前だったな。

 身を乗り出して、困ったような笑顔を向けてくる飯谷に、俺はうなづいて返した。

 忘れたわけではなく覚えてもいなかったことは言わないほうがいいだろう。


「いい奴の代名詞! イイヤツ飯谷、ほらもう忘れねえ!」


 わかってるか飯谷、寺野さんの視線が怖いぞ。


「わかったわかった。 それで飯谷に話したってことは、少なくとも4日は経ってるってことだろう? 今日までは何もなかったの?」


 俺の質問に、三田ちゃんはうつむいて上目づかいにちらちらと寺野さんを見やるそぶりをみせた。


「それが、そのぅ」


 隣で頬杖をついて足を組んでいる寺野さんが、顎をしゃくるようにして三田ちゃんを指して答える。


「このコ、あれからずっとウチにいるんだ」


「えへへ」


 恥ずかしそうに頭の後ろに手を当てる三田ちゃんを見て、寺野さんがむっと顔をしかめた。


「まあ、空き部屋もあったし」


「おうち帰るのコワくって、そのままマキちゃんちにお泊りしてるんですぅ」


「なるほどね」


 普通に考えれば、そのままそんな部屋に居続けられるような子でもない。

 呆れたようにふぅっと息を吐いて、寺野さんが三田ちゃんに言う。


「まったく。 大丈夫だってわかったら、さっさと帰んなよ」


「え~? マキちゃんち楽しーのに!」


 これには寺野さんも額に手を当てて俯くしかない。


「あんたね。 ああそれと、宿泊費は払ってもらうから」


「ええぇえぇぇ!? そんなぁ!」


 さっき天井を仰いだ時よりもひときわ大きな声が店内に響き渡り、思わず飯谷が周囲を見回しながら頭を下げる。


「ウチは商売屋だからね、タダじゃないんだよ」


 すがるような困り顔を向ける三田ちゃんから顔をそむけて、寺野さんが言い放った。

 商売屋というからには彼女の家は自営業なのだろう。

 そんな他愛のないことを考えている俺の目の前で、飯谷がへらりと口を開く。


「じゃあさ、今夜からはオレんちにきなよ」


「おい」


 俺でさえ思わず口を挟もうとしたが、当の三田ちゃんは唇に人差し指を当てて目だけを泳がせていた。


「えぇ。 どうしよっかな」


「あんたバカなの?」


 寺野さんの言葉は目の前の二人のどちらに向けられたものだろうか。

 いや、もしかしたら俺も含まれているかもしれない。


「いいじゃん、なあ加山?」


 飯谷、どうしてそこで話を俺に振るんだ?


「やめておきなさい」


「そりゃねえだろ加山ぁ」


 誰がどう考えたって当然の返答だと思うが。

 ふと見ると残念がりながら笑っている飯谷と目が合った。 少しだけ、何かを堪えているように見えた。


 なるほど、こいつはわざとバカをやって和ませようとしてくれているのか。

 いいやつというのも、あながち間違いではないかもしれない。


「で? どうするわけ」


 水を差すように言ったのは、もちろん寺野さんだ。

 三人が一斉に彼女を見たのが意外だったのか、すこし身を引いて続ける。


「だから、本題」


 そうだ。 飯谷がいいやつか狼かはこの際どうでもいい。

 寺野さんの言葉にいち早く反応したのは話を脱線させた張本人の飯谷だった。


「そうそう、だからな加山、三田ちゃんの家に行って、原因を究明してくれ!」


「オカルト番組の見すぎだ」


 開口一番、俺の口から滑り出したのはそんなにべもない言葉だった。


「俺は曰くつき住宅の専門家じゃないし、変質者ならどう考えても管轄外だ」


 自分では当たり前のことを口にしたつもりだったのだが、飯谷にはまったく引き下がるつもりはないらしい。


「そんなことは知ってる。 でも、お前の実家ってたしか……」


 言いかけたところで、俺の中で瞬間的に感情が凍りついた。


「やめろ」


 それは、自分の耳に届いたのが自分自身のものだと思えないほどに、低く、冷たい声だった。 場の空気が、重く冷たくなるのがわかった。

 

「な、なんだよ」


 怯えるのとは違う。 まるで小さい子どもに怪我をさせてしまったときに、どうすればいいかわからない時のような顔で、飯谷が俺を見ている。


「ああ、悪い。 実家のことは、その、あまり話題にされたく、ないんだ」


 自分を落ち着かせるように、どうにか波立たない口調で言葉を吐き出す。


「悪かったよ。 でも、オレがお前に頼んだ理由、わかってくれるだろう?」


 わからない訳ではない。 そこに大きな誤解や勘違いがあるのだと言っても、きっと理解してもらえはしないだろうが、どういうわけか少し俺のこと、俺の実家のことを知った飯谷が、今回の話しを俺のところにもってきたのもわかる。


「しかしな」


「頼むよ加山」


「お願いしますセンパイ」


 どう間違っても快諾などできない俺に、飯谷と三田ちゃんが頭を下げる。

 どう答えたものか、そんな風に思案する俺のとなりから声がした。


「あんたさ」


 見ると、寺野さんが頬杖をついてこちらをじっと見ていた。


「なに」


「なんだか知らないけど、あんた、嫌なやつだね」


 え?


「お、おいっ」

「マキちゃ~ぁん」


 突然の言葉に、間の抜けた顔をしているであろう俺と、その言葉にあわてて声を上げるふたり。 そんなふたりを余所に、寺野さんは続ける。


「こんなことで人に頭下げさせといてグダグダとさ。 断るなら断る、助けるなら助けるで、四の五の言わずにハッキリしなよ」


 怒るべきだっただろうか。 それとも、聞き流すべきだっただろうか。

 飯谷の一言で凍りついていた感情が、彼女の言葉でじわりと溶け出すのがわかった。


「そうだね」


 こんな一方的な言い分を受け入れられたのは、本当に不思議だった。

 それと同時に、俺の頭は別の計算を始めていた。


「なら対等に取引をしようか」


 寺野さんの眉間の縦皺が深くなる。


「はぁ? 何をまたケチなことを……」


「俺は三田さんとも寺野さんとも初対面だ。 飯谷ともゼミが同じってだけで、別に友達ってわけでもない」


「ひでぇぞ加山ぁ」


 飯谷の不平の声が上がるが、この際放っておこう。


「俺にだって何かメリットがないと釣り合わないだろう? 寺野さんの家の商売と一緒だ。 タダじゃないんだよ」


 我ながら嫌なことを言っている自覚があったが、すこしだけ気持ちが高揚していて、こんな意地悪も小さな悪戯で済ませてしまっている自分がいた。


「ど、どんな取引なんですか」


 たぶん三田ちゃんが心配しているような、黒い取引じゃないよ。


「か、金ならねえぞ」


 飯谷、お前には一番それは期待してない。 なんなら、そのコーヒーは俺のおごりだ。


 俺たち三人は、そろって寺野さんの返事を待っていた。

 それを悟ったのか、彼女はひとりひとりを見やってから、しぶしぶ答える。


「言ってみなよ」


 さすがに、内容を話す前に受け入れるような軽率さはないようだ。


「この件に関しては、俺の指示に従って協力してもらいたい」


 言っておいてなんだが、俺が予想していた以上に他の三人の反応は薄かった。


「ああ、うん、オレはいいぜ別に。 最初から加山に丸投げする気もねえしよ」


 首をかしげながら頷く飯谷のとなりで、三田ちゃんが首を小さく何度もふった。


「わたしもです。 だって、だって、わたしがお願いしてるんだし」


「あたしなんかの出る幕あるの? そもそも今日だって、あたしこのコの保護者役で来ただけだし」


 寺野さんも敵意のない表情でそう言ってくれた。

 保護者役ってことは、要するに飯谷も俺も、相当彼女には疑われていたわけだ。


 “あんたが加山?”


 そういえば、最初からそれを匂わせる態度だったことを思い出して、俺は一人で納得していた。


「たとえば寺野さんが言うように変質者の仕業だった場合、一人で行動するのは危険だろう? 助けを呼んだり、遠くで見張っていてもらうにしても、俺一人じゃどうしようもない。 それに、ばらばらに行動するのも危険だと思わないかい?」


 うーん、とでも言いたげに寺野さんが腕組みをして目を伏せた。

 他の二人はうんうんと頷いてくれている。


「まあ、そういうことなら」


「じゃあ決まり。 飯谷も三田さんもいい?」


「はいセンパイ!」


「おう、よろしくな加山!」


 ふたりから向けられた笑顔に、俺は少しだけうれしさを覚えた。

 本当は、申し訳ないと思うべきだったのかもしれないが。


「じゃあ、さっそくいいかな寺野さん」


「え、あたし?」


 完全に不意をつかれたらしく、彼女はそれまで見せたことのないような、表情でぱちくりと目をしばたく。


 ああ、やっぱり年下なんだな。

 などと意味もないことに安心感を覚えつつ、俺は彼女に言った。


「三田さんを、もうしばらく頼むよ。 もちろん家賃は無しで」


「やったぁ!!」


「あ、あんたねえ」


 立ち上がらんばかりにもろ手を振り上げ、全身で喜びをあらわにする三田ちゃんの向かいで、まるで親の仇を見るような視線を俺に突き刺す寺野さん。

 俺は苦笑いで肩をすくめてみせ、それを愉快そうな顔で見ていた飯谷が身を乗り出してきた。


「まあまあマキちゃん」


「馴れ馴れしい」


 肩にでも置こうとしたのか、飯谷が伸ばした腕をすごすごとひっこめた。


「で、加山どうする? さっそく現場に行ってみるか?」


 やり場のなくなったものを誤魔化すように、飯谷が俺に話題を振ってきた。


「そうだな。 迷惑でないなら今からでも」


「じゃあこれ、わたしの部屋の鍵です」


 そう言って、三田ちゃんがごそごそとポケットから取り出したのは、何の変哲もない金属のドアキーだった。

 反射的に右の手の平で受け取ってしまったが、すぐに俺は彼女に言う。


「いや、鍵だけじゃなくて、三田さんも来てくれないと」


「え゛っ!」


 嫌、という一文字が大きく書かれたような顔をして、三田ちゃんは両腕でわが身をかばうようなそぶりを見せる。


「その時のこととか、部屋の様子を交えてもう一度聞きたいし、君の部屋に俺たちだけが勝手に上り込んでる姿を他の住人に見られるのもよくない」


 下手に勘ぐられるのはごめんだし、初対面の俺を勝手に上り込ませるなんて正直どうかしている。


「だから、君がいてくれないと困るんだ」


 ぶさいくな猫だか狸だかのキーホルダーをつまみながら、鍵を目の前に差し出す。


「き、君がいてくれないと困るだなんて。 そ、そんなこと急に言われちゃうと、えへへ。 もー、どーしよー」


 鍵を受け取った三田ちゃんは、身をよじりながら両手を頬にあて、モジモジし始めた。

 何をどう誤解したかはあまり考えたくないが、せめて常識的な判断をしてもらえることに期待したい。


「加山、この裏切りものぉ!」


 隣の飯谷までが、俺にわけのわからないブーイングを浴びせてきた。


「こいつらだけで平気?」


 冷やかにそう言ったのは、もちろん寺野さんだ。


「あの、寺野さんも来てもらえるかな?」


「しょうがないね」


 そう答えた彼女の苦笑いにつられて、二人で溜息をつく。


「でもセンパイ!」


 モジモジから立ち直った三田ちゃんが、大きくハイッと手を挙げた。


「はい三田さん」


 自分でも何をやっているのかと思いながら、三田さんを指す。


「今日は、そのう、もう、暗いからぁ……」


 怖いのだろう。 当たり前だ。

 夕日も沈んで闇に暮れていくなか、恐ろしい体験をした部屋に戻るなんて、彼女には酷な話しだろう。

 いや、ことを知っている飯谷にせよ寺野さんにせよ、できることなら今からというのは勘弁してもらいたいはずだ。


「じつはさ、あたしも」


 意外にも寺野さんが三田ちゃんに同意した。 べつに彼女は平気だろうと思ったわけではないが、まさか口に出すとは思わなかったのだ。


「そうだね、明日にしよう。 皆の予定は?」


「なんにもねぇよ。 カノジョもいねーしなぁ、加山とちがってモテねぇしなぁ」


 飯谷、おまえが口をとがらせても、可愛くないばかりか憎たらしいぞ。

 拗ねるのは構わないが見当違いに俺の名前を出すのは、迷惑だからやめてくれないか。


 さて、俺と飯谷は講義がないからいいが、学部の異なる女子二人はどうだろう。


「まあ、あたしもカレンも休みだから」


「マキちゃんちでゴロゴロですぅ」


「オイ」


 低音で凄まれた三田ちゃんが、寺野さんからさっと目をそらした。


「なら、昼間に全員で行くことにしよう」


 全員で、昼間に。 これで三人の不安が少しでも和らげばいいが。

 目の前で飯谷が残っていたコーヒーをぐっと飲み干して声を張った。


「ぃよし! そうと決まれば今からメシ行こうぜ!」


「なんで」


 突然の提案に、寺野さんが冷めた目で飯谷に言う。

 発言の勢いそのままに、すでに立ち上がっている飯谷は、テレビの外国人のように両腕を腰のあたりで横に広げながら答える。


「親睦だよ、シンボク。 明日の作戦会議をしながら、お互いのことをもっとよく知りあってさぁ」


 まともなことを言っているのに、飯谷が言うと如何わしく聞こえるのが不思議だ。


「シンボク、しんぼく!」


 意味が分かっているのかやや不安な口調で、三田ちゃんがはしゃぐ。


「あたしは遠慮しとく」


 立ち上がりながら、さらりと断りを入れて寺野さんが椅子を戻した。


「ええ? なんでぇ?」


 三田ちゃんが悲しそうな顔で彼女の袖をつかむが、やんわりと解かれた。


「家の手伝い?」


 俺が訊くと、彼女は一瞬だけ意外そうな顔をしたあと、いつもの感じでふいっと顔を逸らした。


「まあね」


「そういうわけで、親睦会は無しだ」


 その場をとりあえず締めようと試みたところへ、三田ちゃんの声が割り込んでくる。


「じゃあマキちゃんちでやればいいよね」


 見た目と素振りに騙されそうになるが、三田ちゃんは、実はちょっと怖い子なんじゃないだろうか。

 当然、寺野さんはそれに反発した。


「ちょっとカレン、なに言いだすの」


「いいねえそれ! どのみち、女子二人は家まで送って行かなきゃならないんだしさ」


 すかさず乗ってきた飯谷に、キッと寺野さんの視線が突き刺さる。


「送らなくていい」


「あきらめろよ飯谷、単なる迷惑だ」


「加山、味方しろよ」


「寺野さんの、ならな」


 図らずも二対二になってしまったが、どう考えても三田ちゃんと飯谷の言い分が図々しいのだから、寺野さんに加勢せざるを得ない。


「センパイめーれーでいいじゃないですかぁ!」


 三田ちゃん、そういうことを言い出すと、俺が困るんだよ?


「カ・ヤ・マ! カ・ヤ・マ!」

「メ・エ・レー、メ・エ・レー!」


 ついに手拍子を始めた二人に、寺野さんがバンッとテーブルを叩いた。

 空のカップが宙に飛び上がり、店内が一気に静まり返る。


「ウチに来るなら、条件がある」


 押し殺したような声で言う彼女の顔を、あえて俺は見なかった。

 ただ目の前で飯谷がごくりと喉を鳴らしたのを見て、その判断が正しかったのだと確信できた。


「はい」

「わかりました」


 まるで上官に叱られる下士官のように気を付けの姿勢になった二人が、そろって寺野さんに敬礼する。


「い、いいの?」


 我ながら情けない口調になりながらようやく寺野さんを見ると、頭痛を堪えるように彼女は眉間に指を押し当てていた。


「だったらあんたが何とかして」


 言われて、飯谷と三田ちゃんに目を移す。


 ふたりともさっきまでの怯えた素振りが嘘のようにニコニコし、条件付きとはいえ寺野さんの家に行く運びになったことの喜びをハイタッチで表していた。

 おそらく、俺がどうこう言う余地どころか、聞く耳がこの二人にはないのだろう。


「ごめんね」


 正直、ごめんとしか言えない俺に、寺野さんは黙って頷いてくれた。

 そして俺と寺野さんは、そろって今日一番の深い深い溜息をついた。




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