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ここから先は、父からそのとき聞いた話しを、俺自身がのちに調べた内容で補足して記すことにする。
俺が調べた内容とはすなわち、父から与えられた資料によるもので、俺が知り、また推測し得ることのすべては、あの当時の父はすでに知っていたと考えて差し支えないだろうと考えるからだ。
まあ、このとき父がすべてをその口で語ってくれてさえいれば、俺の中学高校時代が、かび臭い書物に支配された場所で終わることなど無かっただろうことだけが、苦情といえば苦情だ。
異児女はかつて、あらゆる厄災をその身に引き受け、皆の犠牲となって土地に繁栄と豊穣をもたらすものと信じられてきた。
天災、虫害、疫病。 不幸が重なればどこかにそれを押し付け、何かに縋りつき、理由を付けたがるのが無知というものの恐ろしさだ。
かつてこのあたり一帯が度重なる不幸に見舞われたとき、地元の有力者が易者あたりに縋って始めた因習なのだろう。
だがそれは望まぬ自己犠牲を強いる行為でもあり、異児女を神として祀るのは非業の死を遂げた異児女の祟りを恐れたが故のことだった。 あの林が禁足地なのも、異児女に対する畏怖の念の表れだ。
強い怨念を残して死んだものを神仏として祀るように、異児女もはじめは供養のためにあの場所に依り代を置き、年に一度、鎮めの儀式が行われていた。
その鎮めの儀式を行う家のひとつが加山だった。 はじめに異児女を祀り始めた一族の本家筋が、加山だと私は考えている。
考えれば身勝手な話しだろう。 自分達の暮らす地域からは、わざわざ離れた場所に異児女の祀り場を設けるんだ。 そういう姑息なことをするのは、いつだって他者を踏みにじるほどの権力をもった人間と決まっている。
やがて、いくつか有った儀式を行える家の血筋が絶え、加山だけが残った。
そしてその頃から、異児女の本質が変わりだした。
それまで繁栄と豊穣をもたらす神だったはずの異児女が、厄災と死と呪いを司る禍々しいものになった。 それは異児女に願うものの願いが、土地に福をもたらすものでなく、私利私欲にまみれたものに変わったせいだったのかもしれないが、私は、もはや本来の異児女は失われているのだと思う。
長い間、信仰や念の対象となった霊媒は、神がかった力を宿すことがある。
これを“物狂い”というが、異児女の依り代に宿っているものは、もはや鎮められるべき魂などではなく、まったく別のものが入り込んでいるのではないか。
儀式を受け継ぎ、加山の血を継ぐものたちは、誰しもそう思っていただろう。 だが、異児女は力を持ち続け、それを利用しようとするものたちは加山に富をもたらし続けた。
一族の繁栄の陰で、異児女そのものについては、誰もが口を閉ざすようになったのは想像に難くない。 それ以前の問題として、異児女の中にあるものについて語ろうにも、それが本当は何なのかもはや誰も知らないのだ。
そうして代々加山は、国の権力者から裏社会の有力者に至るまで、多くのものに頼られ、利用され、恐れられてきた。
だがその加山の一族そのものも、実は異児女に利用されているのだと私には思えてならない。
時に異児女の力を解放し、その存在を知らしめ、何よりそこへ人を呼び寄せて異児女の儀式を継続させるための機関。 しきたりと因習に支配された加山の家そのものが、私にはそんな風にみえる。
異児女は、力に代償を求める神だ。
生贄を欲する原初の神々のように、求めるものに代償を強いる。
それが等価交換ならば当然の代償といえるが、厄神と化した異児女は時に与えたもの以上を要求する。
そんな厄神を祀る加山の役割は、その理を曲げることだ。
例えば異児女に不当な富を願うものがいたとして、そのものが支払う代償は、時として得た富を無価値にするほどに巨大なものになる。
それを、他人に支払わせることが可能なら。
かつてこの土地に住む者たちが、異児女にすべての厄災を押し付けたように、異児女に願うものもまた何処かにその厄災を押し付ける。
そのための儀式を司るのが、いまや加山の家の役割というわけだ。
本来の畏怖も、恐れ鎮めようという思いも、もはや存在しない。
利用し合い、他者に代償を強いるような、忌まわしい取引が存在するだけだ。
なら、加山の一族は何の代償も支払わずにきたか?
そんなことはない。 何事にも、例外というものはあるが、蛇の道を進むものに例外は許されない。
加山の家で代々行われてきた、忌まわしい風習。 その最たるものがこれだ。
“加山の家長となるものは、第一子を異児女として捧げる”
他人に代償を背負わせるという、曲がった行いを続ける加山の者が、異児女の呪いを免れることはできない。
そのために編み出された方法が、一子を犠牲にして続く第二子を異児女から“隠す”という方法だ。
目くらましが功を奏しているのか、あるいは結果的に生贄を捧げ続けることで異児女の目こぼしに与っているだけなのかは定かでないが、効果のある方法だったのは間違いない。
異児女の理が崩れ去った今となっては、女児である必要は無く、自ら手を下すわけでもないが、異児女に対して“捧げる”ことを誓約しなければならない。
これまで、そうして捧げられた子どもは例外なく不幸に見舞われてきたし、これからもそうだろう。
だが、私が家長になる時、どうしてもその定めに従うことができなかった。
当時私には心から愛した女性が居た。
彼女は双子の妹と一緒に日本に留学にきた青い目のひとで、私は彼女と学生時代に出会った。
何しろ異国の血を入れることなど初めてのことだ。 激しく反対する老人達を説得し、なんとか彼女と結婚する許可を取り付けたとき、私は父から家長の定めを知らされた。
私は彼女に相談することもできず、悩みぬいた末に、その因習を曲げることを思いついた。
いや、思いついたのではないな。 その浅知恵は、結局大きな不幸しか招かなかったのだから。
悟、これは私の懺悔だ。 おまえが私を許してくれなくとも、おまえの母にだけは罪がないと信じてほしい。
私は第一子を、同じ職場に通う女性に、設けさせることを思いついたのだ。
彼女は依存心の強い女性だった。 男に騙されて、会社の金にまで手をつけてあとに引き返せないような有様だった。
母ひとり、子ひとりという状況で、病気がちな母親を安心させるために、見目のいい男を望んだ結果ということもあっただろう。
純真ではあったが、賢く危機を回避することのできない弱いひとだった。
彼女を騙した男と同じく、私も彼女を利用した。
加山の力で事件をもみ消し、彼女と母親の生活を保障する代わりに、私の子どもを出産することを要求したのだ。
彼女は私に妻が居ることは知っていたが、不妊症に悩んでいるのだと最低の嘘をつき、生まれた子どもを養子として引き取りたいのだと話すと、そんな私にまで同情して了承してくれた。
八方塞の彼女にとっても益のある話だったのは間違いないが、ひとの弱みに付け込んだ私の罪は、許されるものではない。
彼女は妊娠した。 時期をずらして、私は妻との間にも子を設けた。
そして先に妊娠した彼女の子を、第一子として捧げると異児女に誓約した。
悟、おまえにとっては腹違いの兄に当たる子どもを彼女は出産し、妻はその数ヵ月後におまえを産んだ。
加山の家長となった私は、妻以外の女を近づけることを許されなかった。
だから、彼女には経済的な援助だけを残して、遠ざけて住まわせることにした。
時おり我が子を抱いて、いつになったら養子縁組をしてくれるのかと詰め寄りに来たこともあったようだが、当然のごとく門前払いに終わり、私はそれ以来、彼女の姿をみることはなかった。
私は彼女のその後を知らない。
母親のために援助は続けているが、彼女の産んだ子が不幸に見舞われたという確信もある。
そして私の浅知恵が、失敗に終わったということも。
おまえを完全に異児女から隠すことは、できなかった。
異児女はおまえの姿を知らず、おまえの名前も知らないが、その存在だけは感じている。
なんとかおまえを呼び込もうと、探し出そうとして、ことの成り行きを操作した。
運命とは呼びたくないが、ことあるごとにおまえは怪異に遭遇してきたはずだ。
俗に言う霊感のようなものではない。 おまえに接触しようと、向こうが寄ってきた結果に過ぎない。
私の妻も、おまえを産んでからしばらくして、病に侵された。
異児女がおまえを捧げさせるためのものだと考えた私は、別のものを犠牲にすることを考えた。
だがそれも、ただ不幸を上塗りするだけに過ぎなかった。
妻は死に、私にはおまえだけが残った。
老人達の薦めであれと再婚したが、こんな私の元へ嫁がせて申し訳ないと、あれが私に微笑みかけてくれるたびに、あれの愛情を感じるたびに、いまも変わらずに妻を愛し、そのための犠牲を強い続けてる自分の愚かさを思い知らされて、苦しみ続けている。
その苦しみによって、私の罪は軽くなるどころか、あれを不幸にし続けることで膨らむ一方だ。
妻の妹は、大学時代の友人と結婚して娘が居た。
おまえの知っている、草磐だ。
妻の命日に草磐が娘を連れて訪ねて来たとき、私は異児女に要求された。
“あの子がほしい、あの子の血がほしい”
あの子とは、悟、おまえだ。
幼いおまえは不完全だが異児女から隠されていた。
誰かが捧げなければ、異児女は“資格”のない者には手を出せない。
異児女にとっての資格とは、人の親になれる血の道が通っているかどうかだ。
そこで私は、草磐の娘が初潮を迎える年齢に近づいていることを知った。
そしてその娘の半分は、妻と同じ血が流れていることも。




