秋田県秋田市。小料理屋の子持ちハタハタの塩焼きとじゅんさいときりたんぽ鍋。
そろそろ寒さが厳しくなってきた頃、タスッタさんは秋田の反川という場所に来ていた。
一種の歓楽街であり、飲食店の数も多い。
いつもは飛び込みで近場のお店に入ることが多いタスッタさんも、今回は宿でよさそうなお店をあらかじめ訊ねた上で電話で予約している。
はたはたとかきりたんぽとか、いかにも秋田らしい料理を出すおいしいお店ということならば、やはり地元の人に確認をしておくのが確実であると思えたからだ。
「この辺のはずなんですけどね」
タスッタさんはスマホの画面を確認しながら、小さく呟く。
別にわかりにくい場所にあるお店でもなかったのだが、すでに日が落ちたあとであり、くわえて初めていく場所となるとすぐに方角とか現在地とかを見失ってしまいがちになる。
しかし、迷うまでもなく、目当てのお店はすぐに見つかった。
こじんまりとして古風で、しかし、どこか風格を感じさせる店構えだ。
タスッタさんの経験からいっても、外観からこうした風格を感じるお店は、まず外れがない。
店名が染め抜かれたのれんを潜って引き戸を開けると、すぐに店員さんに「いらっしゃい」と声をかけられた。
「電話で一名の予約をしていたタスッタという者ですが」
「そちらのカウンターにお座りください」
という短いやり取りのあと、タスッタさんはカウンター席に着く。
余計なことをいわずに、最低限のやり取りでキビキビと。
ああ、ここはよいお店だな、と、タスッタさんは思う。
「お飲み物は?」
「まず、ビールで」
すぐにグラスに入ったビールがタスッタさんの前に置かれた。
グラスは汗をかいており、ぐっと一口煽るとよく冷えていることがわかる。
「ハタハタは、なににしましょうか?」
カウンターの中にいる初老の料理人が、タスッタさんに声をかける。
最近、ハタハタは漁獲量が減っていて、不漁のときはこうしたお店に出回らないときもある、と、そう聞いたのが、タスッタさんがこのお店に予約を入れた理由でもあった。
予約を入れる際にも、
「ぜひハタハタを食べたい」
と伝えていた。
「なにができますか?」
「鍋か、焼き物もできますが」
ちょうど今の時期が旬なので、どんな食べ方をしてもいける、といった意味のことを料理人はいった。
どうやらもう一人の店員と夫婦であるらしく、二人きりでこの店を切り盛りしているらしい。
「焼き物ですか」
ハタハタの焼き物、といわれても、タスッタさんはそもそもそのハタハタという魚を食べたことがない。
なので、具体的なイメージはまるで湧いてこなかった。
「今の時期は子持ちなので」
カウンターの中の料理人はいう。
「十二月に入ると産卵してしまうので、どうしても味は落ちます。
煮ても焼いてもおいしいですよ」
その言葉を信じて、まずは焼いてもらうことにした。
それに加えて、
「なにか一人でもできる鍋とかありますか?」
と、タスッタさんは訊ねる。
「それならば」
と、料理人はしゅんさいときりたんぽの鍋を勧めてくれる。
じゅんさいときりたんぽ。
どちらもこの辺の名物であり、このお店としても自信を持って勧められる食材だという。
それでは、と、タスッタさんは全面的にその言葉を信じることにした。
まず子持ちハタハタの塩焼きがタスッタさんの前に出て来た。
見た目は普通の焼き魚という感じであり、あまり特別な気がしない。
しかし箸をつけてみると、肉はふわりと、玉子はふかふか。
独特の食感はともかく、塩で最低限の味しかつけていないはずなのに、感動するくらいにおいしく感じた。
これは。
と、タスッタさんは思う。
名物になるだけのことは、ありますねえ。
なんというか、これまでタスッタさんが抱いていた魚料理への先入観が否定されたような気がした。
今まで食べてきた魚料理とは、なにか別物という気がする。
材料がいいのか、調理法がいいのか。
いや、おそらくは、その両方なのだろうけど。
などとタスッタさんがハタハタの妙味に感動をしているうちに、今度はじゅんさいときりたんぽ鍋が前の前に置かれる。
まず一口用のガスコンロが前に置かれ、その上に小さめの土鍋が置かれ、コンロに着火した。
一人前用の小さな鍋だから、さほど待つまでもなく鍋の中身は煮えてくる。
「もう、食べごろですよ」
店員さんがそういって、腕を伸ばしてタスッタさんの前の鍋の蓋を取ってくれた。
蓋が取り除かれた途端、わっといい香りが立ち上ってきて、
「わぁ」
タスッタさんは、小さな歓声をあげてしまう。
しかしこの香りは、なんなんでしょうね。
と、タスッタさんは疑問に思う。
昆布とか鰹節とか、なんとなく海のものではないないような気がする。
そんな疑問を抱きつつ、タスッタさんはまず小鉢に鍋の汁を少し入れて、風味を確認してみる。
あ、これは。
と、タスッタさんは、まずその濃厚さに驚く。
かなり濃い、いい出汁が出ている。
しかも、これは。
「鶏、かな?」
小声で、呟いてしまった。
「うちでは比内地鶏を使っているんですよ」
店員さんが、タスッタさんに教えてくれる。
その比内地鶏というのがどういうものか、タスッタさんは知らなかったが、このお店では食材をよく吟味して使っているということだけは理解できた。
その比内地鶏の、おそらくは鶏ガラで取った出汁で作った鍋。
タスッタさんはまずじゅんさいを小鉢に取り出し、ずずっと啜った。
じゅんさいはかなり小さめに切り分けてあり、かなり食べやすい。
「あ」
熱くて濃厚な出汁とじゅんさいが混ざり合って口の中に入ると、その味にタスッタさんは言葉を失ってしまう。
それくらい、おいしく感じた。
じゅんさいって、こんなにいい味をしていましたっけ。
などと、タスッタさんは疑問に思ってしまう。
続いて、きりたんぽにも箸をつける。
こちらは、表面がカリッと中はもちもち。
焼き目を入れた外側と出汁で煮えた内側との食感の変化が面白い。
そしてもちろん、味の方も、たいへんにおいしい。
この店は、なにを食べてもおいしいのではないか。
と、タスッタさんは思う。
鍋を食べている途中でグラスが空になったので、今度はお酒を頼むことにした。
ここ秋田は米どころであり、おいしい地酒にも事欠かない。
熱い鍋をつつきつつ、冷たい地酒をきゅっと煽る、この至福。
ああ、いいお店だな、と、タスッタさんは思う。
そうするうちに鍋の中も寂しくなってきたので、今度は雑炊にしてもらう。
そちらが煮えるまでになにか作りましょうかといわれたので、タスッタさんは比内地鶏を使った料理を所望した。
今夜は長い、いい夜になりそうだとタスッタさんは思う。




