表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
腹ぺこエルフさん放浪記  作者: (=`ω´=)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/180

鳥取県境港市。市場内食事処のかにトロ丼。

 タスッタさんは髪で片目を隠した男の子が蟹を抱えている巨大な石像を目前にして、

「これは一体なんなんでしょうか?」

 と首を傾げている。

 鳥取県境港市の外れにある、なかはま市場前でのことである。

 その石像が妖怪退治を専門とするキャラクターとして何十年にも渡ってアニメやマンガの中で活躍してきた来歴があり、ほとんど国民的な人気を持っていること、それにそのキャラクターを想像した人がこの近くの出身であったためにこの境港市は市をあげてこのキャラクターを観光の目玉にしていることなどの事情を、タスッタさんは知らなかった。

「いくら考えてもわかりませんし」

 とタスッタさんは結構大きな石像の前を立ち去り、市場の中に入っていく。


 聞くところによると、ここは全国でも漁港だというが、その割にはあまり観光に力を入れていないようで、飲食店は少なかった。というか、実質、市場内には一軒しかなかった。

「かにトロ丼、ですか」

 しかし、その一軒の前には「お食事処」という大きな看板があり、その中にひときわタスッタさんの目を引く文字列が存在する。

 蟹のどんぶりであるということはわかるのだが、「トロ」というのがわからない。

 お刺身のトロなのでしょうか、などと首を傾げながらタスッタさんはごく自然な挙動でそのお店の中に入っていく。


 店内は「お食事処」という語感から連想されるような野暮ったさからほど遠く、広くて清潔で機能的という、まるでどこかの役所の食堂かなにかのように見る。

 四人がけのテーブル席もあったが、座席のほとんどが細長い八人がけのテーブルに簡素なパイプ椅子という質素さで、なおさら事務的な雰囲気を増長させていた。

 店内はなかなかの混雑ぶりで、それでもまだお昼まで少し間があるという時間帯のせいかそこここに空席があり、タスッタさんはそこに腰掛ける。

 幸いなことに食券制を採用するほどに事務的なお店というわけでもなく、すぐに店員さんがやってきてオーダーを取ってくれたので、タスッタさんはすかさず気になっていたかにトロ丼を頼む。

 すると店員さんがすかさず、

「かにトロ丼には、蟹味噌つきと茹で蟹つきとがございますが」

 と確認してきたので、

「普通のかにトロ丼だけでお願いします」

 と返しておく。

 店員さんが去ってからメニューを開いて確認してみたが、かに味噌つきにせよ茹かにつきにせよ、そうしたオプションがつけば当然値段にも反映するわけだが、しかしそんなに極端に高すぎるというほどもなく、むしろかなり安価な値段設定に思えた。

 さらにメニューに記載された情報によればここ境港はかにの産地であり、「松葉蟹」も実はここのブランド品目であるという。

 メニューにはかにトロ丼の材料として使用される蟹は独自の製法によりほどよく熟成させた蟹であり、他の土地ではまず味わえない、といった意味の内容も記載されていた。

 高級食材をこうして安価に提供しているのも、やはりそうしたブランド名を高めるための戦略なのでしょうかね、とか、タスッタさんは考える。

 それとも、安いと考えるのはよそ者ゆえの価値基準であり、地元の人たちが見ればこれでも高い値段設定なのでしょうか。

 まだ昼前という時間帯であり、どんなに安くても「蟹味噌つき、茹で蟹つき」といったオプションを断ったことをタスッタさんは少しも後悔していなかった。


 十分ほど待っただけで、注文した料理がトレーに乗せて運ばれてくる。

 丼にはカニ肉が美しく山形に盛られて、中央に半熟の温泉卵が置かれていた。

 これに、別の容器に入れてあった長芋を擦りおろしたものをかけて食べる、ということらしい。

 蟹ととろろで、かにトロ丼、ですか。

 と、タスッタさんは納得をする。

 タスッタさんはまず丼の上にとろりととろろをかけ、それからさらにその上に酢醤油をさっと回しかける。

 それから箸でとろろと蟹の身、それにご飯とを軽く混ぜ、適切な大きさを摘んでするりと口の中に入れてみた。

 とろりとした舌触りと、濃厚な蟹の味。

 とろろの滑らかさと、酢醤油の風味がぱっと口の中に広がる。

 とろろならば蟹の味を邪魔することはないだろうな、と思ってはいたが、想像以上においしく感じる。

 おいしい、というより、食べることに抵抗をまるで感じない。

 するりと、いくらでも入っていく気がする。

 ああ。

 と、タスッタさんはしみじみと思う。

 こんな蟹の食べ方が、あったんですねえ。

 大上段に構えるまでもなく、ここの蟹はもったいぶった食べ物ではなく、日常食なのだ。

 タスッタさんはそんなことを思いながら、今度は温泉卵を箸の先で割ってその黄身もいっしょに混ぜて、つるりとまた一口、食べた。

 うん。

 これもまた、風味が変わって。

 おいしい。

 おいしくない、わけがない。

 タスッタさんは箸を休めることなくするすると食べ続ける。

 箸を止める理由がない。

 おいしいけど、おいしすぎるということがない。

 くどさがないのが、いいですねえ。

 蟹はともかく、とろろが効いている。

 タスッタさんはかなりの短時間でかにトロ丼を完食した。


 食べ終えたあと、お茶を飲みながらタスッタさんは満足げに息を吐く。

 おいしかった。

 味もそうだが、食感がいい。

 あれではお箸が止まらない。

 蟹を使いながらも、食事として重すぎないのもいい。

 そんなことを考えつつ、タスッタさんはつかぬ間の余韻に浸っている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ