福島県耶麻郡猪苗代町。馬刺し専門店のサクラサク丼。
タスッタさんは、福島県にある耶麻郡猪苗代町という場所に来ていた。
来る前までは、失礼ながら、「地方によくある、なにもない場所なのではないのか」と疑っていたのだが、実際に足を運んでみると予想外に人出が多く、平日だというのにかなり賑やかな様子だった。
小規模な観光地というか、「世界のガラス館」や「野口英記念館」などの施設が近くにあり、県外からやって来る人も多いようだ。
天気はすっきりとした秋晴れで、なかなか気持ちのいい日だった。
さて、と、タスッタさんは思う。
なにを食べましょうか、と。
周囲を見渡してみて、食事のできるお店は何件かあるようだったが、その中の一軒にタスッタさんの目が引き寄せられる。
「馬刺し」
と、小さな声で呟いてしまう。
お店の正面、入口に上あたりに、
「会津ブランド馬刺し」
の文字が踊っている。
馬肉を扱う料理店はさほど珍しくもないと思うのだが、ブランド馬刺しというのを前面に押し出したお店をタスッタさんははじめて見かけた。
それに、会津が馬刺しのブランド肉を生産しているというのも、ここではじめて知る。
これは試しに、食べてみるしかありませんね。
タスッタさんはそう考え、そのお店の方にむかう。
お肉屋さんとカフェが半々に混ざったような、奇妙な店内だった。
まだできてから新しいのか、清潔でお洒落、茶色系統でまとめたシックな内装である。
しかし、お店の奥半分ほどがショーケースの中にお肉を入れている、まんま鮮肉店的な雰囲気、手前半分ほどがテーブル席を置いたカフェ仕様になっていて、そのミスマッチさをタスッタさんは不思議に感じた。
おそらくは、新鮮なお肉を買って持ち帰ることもでき、そのお肉で作った料理をこの場で食べることもできるという、そういうお店なのでしょうけど。
鮮魚店や精肉店と同じ経営者が飲食店を同時に出していることも、決して珍しい事例とはいえない。
どうやら、ここもその系統のお店らしかった。
タスッタさんはカフェ仕様のお食事スペースに移動して、空いているテーブル席に座る。
椅子もテーブルも白で統一されていて、椅子のフレームだけが赤く塗装されていた。
こんなところに統一感を出しているあたりを、タスッタさんは「お洒落だ」と感じたわけだが、なんかお肉の専門店には思えないことだけは確かだった。
お客さんの入りは、席の半分くらいといったところか。
午後三時すぎという半端な時間でこれくらい入っていれば、かなりの繁盛店といえるのではないか、と、タスッタさんは思った。
店員さんがお冷とメニューを持ってきたので、タスッタさんはメニューを開いて早速なにを食べるべきか、検討に入る。
サクラサク丼、朗報丼、BAKU DOG。
サクラサク丼が馬刺しのどんぶり、朗報丼がローストした馬肉のどんぶり、BAKU DOGというのが九種類の馬肉を使ったホットドッグ。
どれも馬肉を使用した料理であるわけだが、料理名がなんらかの語呂合わせやダジャレで構成されているあたりがこのお店の持ち味なのか。
さて、どれにしましょうかね、と、タスッタさんは少しだけ考え、
「正面にブランド馬刺しと書かれていたから」
と、その中からサクラサク丼を選んで店員さんに注文をする。
ブランド、というからには、余程その馬刺しに自信を持っているのだろうと、そう判断したのだ。
注文したサクラサク丼は、五分も待たずに運ばれてくる。
よくでる料理なのと、それにやはり調理にあまり手が掛からないからだろうな、と、タスッタさんはそんなことを思う。
驚いたのは、どんぶりの上に馬刺しが直接乗っているわけではなく、大きな笹の葉の上に馬刺しが乗っていたことだった。
どうやらこの笹の葉ごと別皿の上に馬刺しを移してから、改めて調味料などをつけていただくらしい。
それではどんぶりにする意味がないのではないか、と、タスッタさんは疑問に思った。
普通に馬刺しの定食として出すのでは、駄目だったのでしょうか。
疑問には思ったものの別に文句をいうつもりはなく、タスッタさんは店員さんに勧められるままの方法で笹の葉ごと馬刺しを別皿に移す。
調味料は、店員さんによると「粕塩」といって、にんにく味噌、醤油、酒粕を混ぜて作ったものを使うようだ。
内容物からいっても、かなり癖が強そうであった。
おそらくはかなりローカルな、ごく限られた地域でしか使われていない調味料なのだろうな、と、タスッタさんは想像する。
タスッタさんは小皿にその粕塩を入れて、馬汁という豚汁の豚を馬肉に変えたような味噌汁をまず一口啜ってから馬刺しを一切れ箸で摘み、粕塩を控えめにつけてから口の中に入れた。
想像していた通り、粕塩の味は強かった。
しかし、それに負けないほど、新鮮な馬肉の旨味も強い。
ああ、これは、いい勝負だ。
と、タスッタさんは思う。
主に粕塩の味が強いから、ご飯のおともにもいいが、お酒も進みそうだな、などとも思う。
うん。
おいしい。
馬刺しの新鮮さが、素直においしさを底上げしている。
タスッタさんはご飯を口に含みながら、そんなことを思う。
ご飯は完全な白米ではなく、黒米を混ぜて炊いたものだった。
こちらの見た目はともかく、味は普通のご飯とあまり変わりませんね、と、タスッタさんは思う。
黒米のせいか、少し変わった香りがするが、だからといってそれで劇的にうまくなっているわけでもない。
とはいえ、やはり米どころのご飯であり、これはこれで十分においしいし、馬刺しとも合う。
タスッタさんは馬刺しを食べて、ご飯を食べて、馬汁を食べる。
シンプルですけど、いいなあ。
と、タスッタさんは思った。
別に凝ったことをしなくても、素材がいいだけで料理とはここまで奥深いものになるのか。
流石は馬刺しの専門店と名乗るだけのことはある。
ここのお料理を食べたら、やはりなにかお肉を買って帰りたくなるのだろうな。
お料理をすべて食べ終えたあと、タスッタさんは再度メニューに手を伸ばし、馬肉のメンチカツなどのテイクアウトメニューがあることに気づいた。
ああ、そちらもおいしそうだ。
それに、その程度ならば歩きながらでも食べられそうな気がする。
そう考えたタスッタさんは伝票を持って席を立ち、レジをしながらメンチカツを所望したのだが、メンチカツは毎日数量限定販売であり、すでに売り切れたあとだった。




