愛知県長久手市。ケーキ屋のモーニングセット。
教えられた通りに長久手市役所前の道を真直ぐに進んでいくと、大草交差点の近くに白い建物があった。
周囲には田畑か民家しかなく、その白い建物は否が応でも目立つ。
そのお店に着くまでに、タスッタさんはたっぷりと汗をかいてしまっていた。
まだ朝だというのに、今日も暑い。
そのお店は、聞いたところによると基本的にはケーキ屋さんであるらしい。
ただ、スイーツ類とは別に、朝の時間帯はモーニングサービスも出していて、飲み物代のみでパンとサラダその他もろもろが食べることができるのだとか。
それ自体はこちらの地方ではむしろ当然、なのだそうだが、このお店のパンは自家製であり、それを食べるためだけにでもいく価値があると、そう力説された。
こんなに汗をかくのならば、やっぱり素直にホテルでなにか食べてくるんでしたね、と、起きてからまだなにも口にしていないタスッタさんはそんなことを思う。
こちらは基本的に車で移動することが前提となっている土地であり、タスッタさん自身もここまで来るまでに予想外に歩いていた。
お店の中に入ると、すぐに店員さんがやって来て空いているテーブル席に案内をしてくれる。
お店の中の席はすでに大半が埋まっており、特にテラス席などは夏休み期間中ということもあって幼児や子どもを連れた主婦の集まりが占有している。
子どもたちの歓声や大人の女性同士のおしゃべりなどが店内にまで聞こえて来たが、幸いなことにお店の中にまではそうした声は響いて来ない。
むしろタスッタさんなどは、この暑い中、冷房の恩恵を受けることができないテラス席でよくもあそこまで元気にはしゃげるものだと感心をする。
内装の感じからしても、店内はどちらかというと女性が好みそうなお洒落で静かな雰囲気にまとめられていた。
この時期はたぶんいつもこんな感じなのだろうなと、そんなことを思いながらタスッタさんはメニューを開く。
ざっとメニューに目を通してから店員さんを呼んでアイスティーのセットを注文した。
聞いていた通りに、飲み物代だけでパン、サラダ、コーヒーゼリー、それに何種類かある焼き菓子の中からひとつだけ選んで食べられるシステムであるという。
二百円をプラスしてトーストをピザトーストに変更できるセットもありますが、と店員さんに案内されたが、タスッタさんとしては小倉マーガリンというのを試したかったので普通のトーストセットのままにして貰った。
店員さんが持って来てくれたお冷飲んで、持参したハンドタオルで首筋などを拭いながら、タスッタさんはようやく一息つく。
壁にかかった時計をちらりと確認すると、まだ午前八時をいくらか過ぎた時刻だった。
このお店の開店時間は午前八時だと聞いているから、まだ回転直後といっていい時間のはすだ。
やはり人気のお店なんだな、とタスッタさんはひとりで納得をする。
注文していたアイスティーはすぐにきた。
アイスティーだけではなく、トースト、サラダ、コーヒーゼリー、それに小倉マーガリンが乗った小皿などが次々とテーブルの上におかれ、最後に店員さんから数種類の焼き菓子が入ったカゴを示された。
タスッタさんはその中のひとつを適当に選んで摘みあげ、さっそくアイスティーを一口飲む。
ほどよく酸味と渋味を感じさせるよく冷えた液体が、とても心地よく、かなりおいしく感じる。
これならば、ガムシロップはいらないかな。
そんなことを思いながらタスッタさんは、プラスチックの容器に入ったレモン汁だけを開けてアイスティーの中に入れてストローで攪拌する。
トーストを手に取り、小倉マーガリンというものをそのトーストの上にたっぷりと乗せて食べてみる。
小倉マーガリンというのははじめて口にしたのだが、あんぱんやシベリアの例からもわかるとおり、餡子とパンの相性は決して悪くはない。
普通に、というか、小倉マーガリン自体は想像していた通りの味であり、「これはこれで」的に納得のできる味だった。
それよりも格段においしく感じたのはトーストの方で、外はカリッと中はもちもち、自家製のパンというものはここまでおいしいのかと、驚きを感じるほどにおいしい。
ここは本来ケーキ屋であるそうだが、いつでもパン屋としても十分にやっていけると、そうも思った。
冷静に考えてみると、ケーキもパンも小麦粉の生地を捏ねて焼くわけで、作業的には共通する部分が多く、そこまで驚くほどのことでもなかったわけだが。
ただタスッタさん的にはとてもおいしかったので、ときおりサラダに手を伸ばしながらあっという間にトーストを平らげてしまう。
トーストとサラダを平らげたあと、タスッタさんは満ち足りた気分でコーヒーゼリーと焼き菓子もゆっくりといただいた。
焼き菓子だけではなく、このコーヒーゼリーもおそらくこのお店で作ったんだろうなと、そんなことを思いながらタスッタさんは食べ続ける。
コーヒーゼリーは苦味をほとんど感じず、そのかわりにコーヒーの風味はしっかりと残っていた。
ゼリー類は、極論をいえば素材に寒天を混ぜて型に入れ、冷やして固めるだけなので、作ること自体は比較的簡単なはずであったが、毎朝に必要となる分だけ作るとなるとまた別の煩雑さもあるはずだった。
市販のものを使わずに作り続けるのは、それだけ苦労も多いのではないか。
中に砕いた胡桃が入っていた焼き菓子も、特に特出する個性とかは感じなかったが、普通においしい。
これらがすべて飲み物の代金だけでいただくことができるというのは、やはりかなり贅沢というか凄いことなのではないか、と、タスッタさんは思う。
たとえば都内で同様のものを提供するとしたら、簡単に二倍、三倍の値段が設定されてしまってもおかしくはないはずで、そうしたことを考えると、飲み物代だけでこれだけの内容を提供することを当然とするこの地方の習慣はかなり気前がよすぎるようにも思えた。
食事を済ませて伝票を手にして席を立ったタスッタさんは、ふと周囲を見渡して店内のお客さんがほとんど入れ替わっていないことに気づく。
タスッタさんがひとり客であり、談笑をする相手がいないということを差し引いても、ここのお客さんたちののんびりと寛いだ様子にタスッタさんは軽い驚きを感じた。
なんだか、東京あたりとは時間の流れ方が違っているみたい。
とか、タスッタさんは思う。
そそくさと飲食のみを済ませて店を出ていくタスッタさんのような客は、ここではどうやら少数派であるらしかった。
ここのお客さんは、こうした空気や雰囲気までを含めて楽しみに来ているんだな、と、タスッタさんは得心をしながらそのお店をあとにした。




