滋賀県草津市。ミュージアムレストランのバス丼。
この日タスッタさんは、大きな湖のほとりにある博物館に来ていた。
なんでも国内最大の湖博物館、であるらしいのだが、他のどこにどんな湖の博物館があるのか、タスッタさんは知らない。
この博物館には古文書や絵巻物、出土物やそのレプリカなどを飾る展示物の他に、水族館なども併設されており、専門とする分野が絞られている分、かなり網羅的な博物館になっているようだ。
開館と同時に入場したタスッタさんは団体客の隙間を縫うようにして展示物を見て回り、十一時半を少し回ったところで少し早い昼食を摂ることにする。
なにしろ平日のこういう場所であるから、極端に混むとも思えなかったが、やはり食事ができる場所は正午前後には混雑するのだろう。
確かにここには、館内にレストランがありましたよね。
通路の隅で博物館のパンフレットを広げながら、タスッタさんはそんなことを思う。
なかなかよさそうなところですね、と、いうのが、そのミュージアムレストランを初めて見たタスッタさんの印象だった。
明るい色味でまとめられた内装、吹き抜け構造で天井が高く、森や湖に面している窓は眺めと採光がよく、店内はとても明るい。
ちょっと小洒落たカフェみたいな、と、タスッタさんはそう感じ、その割には、メニューがずいぶん和風なんですけどね、とも思った。
なんとか丼となになに御膳とかが何種類か、それに鮒寿司まで扱っている。
琵琶湖をテーマにしたこの博物館としては、この近辺やこの湖で取れた食材を使った料理を出す方針は実に筋が通っているのだが、内装とメニューのラインナップのイメージに若干の齟齬を感じないわけにはいかない。
ちなみにこのミュージアムショップでは、近江牛の料理なども出しており、どの料理も普通においしそうではあった。
いつもならばなにを注文するのか迷うところではあるが、この日のタスッタさんは珍しく前もって食べる物を決めている。
いや、実をいえば、その料理を食べたいがゆえにここまで足を運んだ、というのが実情に近く、博物館見学はそのついでといってもよかった。
「バス丼をお願いします」
タスッタさんは迷うことなく毅然とした態度でそう注文を告げる。
このミュージアムショップで外来魚であるブラックバスを料理して出すと知ったのはいったいいつのことだったか。
定かではないが、おそらくはたまたま流し見ていたニュース番組かなにかで取りあげていたのを記憶していたのだと思う。
この滋賀県草津市の近くまで来る予定があったとき、ああそういえばこの近くに、と思い出し、ちょっと時間を作って寄り道して来たのであった。
外来魚であるブラックバスは、生態系を破壊する生物としてなにかと槍玉にあげられることが多い。
それに、釣ったしても匂いがひどくて食用にはならない、という風評もある。
一般的には、かなり悪役っぽいイメージが染みついているお魚だろう。
実際には、もともと食用として輸入されたお魚であり、この琵琶湖近辺でも「ブラックバスを釣ったら持ち帰って食べる」ことを推奨している。
気になる匂いも、ほとんどが皮の部分から発するものであり、その部分や内臓などを取り除けばほとんど気にならないという。
とにかく、ブラックバスに対するタスッタさんのイメージは、
「人間の都合により輸入された上、国内で繁殖をしたら今度は食べられないというレッテルを貼られて不当に貶められているお魚」
ということにになる。
そのブラックバスのお料理を一年を通して安定的に供給しているのが、このミュージアムレストランだった。
注文を通してから実際には料理が配膳されて来るまで十分ほど待たされた。
その間に時刻は正午に近づき、店内の空席が徐々に埋まっていく。
出て来たバス丼は、見た目でいえばシンプルな天丼にしか見えなかった。
確かにブラックバスも白身魚ではあり、その天ぷらをどんぶりの上に乗せたバス丼は天丼の一種には違いがないのだが。
だがタスッタさんとしては、その凡庸な外見を目にして、なぜだか拍子抜けしてしまう。
もっとこう、なにか特別な特徴とかがあってもいいじゃないか、などと勝手なことを考えてしまった。
その平凡な揚げ物であるバスの天ぷらの一片を箸で摘まんで、まずはなにもつけずに一口齧る。
あれ?
と、タスッタさんは思う。
これは、おいしい。
普通を超えて、かなりおいしいとさえ、いえる。
優良可の三区分でいえば、可や良よりも断然優寄りであった。
ブラックバスの味はスズキに近いといった人がいるそうだが、確かにそうかもしれない。
なんだ。
しっかり、おいしいじゃないですか。
口を動かしながら、タスッタさんはそう思う。
やるなあ、ブラックバス。
正直なところ、タスッタさんがこれまで口にしてきた白身魚の揚げ物の中で一、二を争うほどのおいしさだと思った。
心配していた臭みも、ほとんどない。
いや、まったくないといっていい。
処理や調理法がいいせいでしょうか、と、タスッタさんは思う。
では今度は。
タスッタさんは、今度はこのお店が独自に用意をしたというハーブ塩をふりかけて食べてみる。
一口食べてみて、
「あ。
これは、これで」
と、そう思った。
ハーブの香りが加わることで適度に目先が変わり、食欲を刺激される。
それでいて、ブラックバス本来の風味を損なうほどには、主張が強くはない。
よく考えられた調味料だな、と、タスッタさんはそんな印象を得た。
いくらおいしくても揚げ物のばかりを口にするのは重たいので、合間合間にご飯をいただきながら、タスッタさんはバス丼を食べ進める。
脇目もふらずにまっしぐらに食べ続ける、というのは丼物の作法だったか。
このバス丼は、そうするのにふさわしいくらいには味がよかった。
とてもシンプルな料理なんですけどね。
悪いイメージのついた食材をここまでおいしく料理しようという心意気が、とても気持ちがいいじゃないですか。
休むことなく箸を動かしながら、タスッタさんはそんなことを思った。




