愛知県名古屋市。喫茶店のエビフライサンドとコーヒー。
名古屋はどうしたわけか地下街が発達している、ような気がする。
東京だって他の都市だって地下街はそれなりにあるわけだが、少なくとも名古屋では地上の路上よりも地下街の方がお店も多く、人通りが激しいような気がするのだ。
ま、これもあくまで一旅行者としての、表面的な印象に過ぎないのかも知れませんけどね。
などと、タスッタさんは心の中でそうつけ加える。
今、タスッタさんはその名古屋市中区栄にある地下街に来ていた。
いくつかの地下鉄駅を接続した、結構な規模の地下街がここには存在する。
一種のショッピングスポットになっているらしく、各種のお店も人通りも多く、平日の昼間だというのにかなり賑やかな様子だった。
それはそれで大変に結構なことなのだが、タスッタさんとしては季節の風情とか感じられない、こうした地下街の存在自体に、一抹の寂しさも感じてしまう。
この地下街もかなり賑わっていることは確かであったが、その代わり、こうして見渡して視界に入ってくる風景は極めて没個性的でもある。
この地下街が名古屋ではなく、東京や大阪、それ以外の都市にあったとしても、さして違和感はおぼえなかっただろう。
それはそれとして。
と、タスッタさんは思う。
時刻はそろそろ午後二時になろうかという頃合い、この日昼食を摂りそこねていたタスッタさんは、どこか適当な飲食店に入ろうかと思案していたところであった。
それも、できればこの名古屋でしか味わえないようなお食事の方が好ましい。
名古屋というと、味噌カツ、ヒツマブシ、エビフライ、といったところでしょうか。
いい加減、日本のマスメディアが流す情報に毒されつつあるタスッタさんは、そんな安易なイメージを想起する。
しかしすぐに、
「なにより、少し歩いてどんなお店があるのか、見てみましょうかね」
と、そう思い直した。
本格的な名古屋らしいお食事は、なんなら、夕食までの楽しみに取っておいてもよい。
それよりも今は、もっと手っ取り早くなにかをお腹に入れたいという気持ちの方が強かった。
しばらく周囲を散策した末、タスッタさんは一軒の喫茶店に入る。
喫茶店とはいえ、軽食くらいはあるだろうと、軽い気持ちで入ってみた、というのが本当のところだった。
店内は明るく清潔な感じで、座席の半分ほどがお客さんによって埋められており、そして、ちょっと煙草の匂いが残っている。
店員さんに案内された席につき、タスッタさんはメニューを開いた。
そして、
「むむ」
と思う。
なんというか、食べ物関係が予想外に充実している。
それも、サンドイッチ関係が。
「これは」
と、タスッタさんは思った。
「気軽にふらりと入ったにしては、想定外に当たりのお店なのかもしれませんね」
その充実しているサンドイッチ類の中でもひときわタスッタさんの目を引いたメニューがあった。
エビフライサンド。
名古屋だからか、それともそんなことは関係なく、このお店が独自に開発をしたのか。
とにかく、タスッタさんがこれまでに見たことがないサンドイッチであることだけは確かであった。
メニューの中の見本写真の中では、かなり立派なエビが三本も分厚いパンに挟まれている。
その分、お値段の方もそれなりで、九百円を超える値段であった。
飲み物と合わせると、千五百円弱、か。
と、タスッタさんは考える。
昼食としては高いような気もするが。
しかし、タスッタさんはすぐにその考えを改めた。
タスッタさんは店員さんを呼び止めて、そのエビフライサンドとコーヒーを注文する。
ここでしか食べられないものであることは確かですし、その程度の出費に怯んで好奇心を押し殺すようなタスッタさんではなかった。
コーヒーはすぐに出てきたが、エビフライの方はしばらく待たされる。
なんでも、エビフライは注文されてから揚げはじめる、のだそうで、そのため、若干の時間がかかる、のだそうだ。
うん。
待っている間、コーヒーに口をつけながら、タスッタさんはひとりで頷く。
そういう拘りがあるのは、いいですよね。
今タスッタさんが口にしているこのコーヒーも、相応の風味で納得ができるものだった。
やがてそのエビフライサンドが運ばれてくる。
メニューで見た写真の通り、かなり分厚い。
かなり大きなエビフライが三本、その上下にキャベツの千切りと薄い玉子焼きで挟んであり、さらにそれらの具がトーストされた食パンに挟まれて、みっつに切り分けられている。
ボリュームがあるのはいいですけど、ちょっと食べるのに苦労する厚みですね、と、タスッタさんはそう思う。
それからタスッタさんはその三片に切り分けられたエビフライサンドのうちのひとつを手に取り、手でぎゅっと上下に押しつぶした上で口をつけ、咀嚼をする。
このキャベツは、コールスローでしたか。
それと、タルタルソースの味。
揚げたてだけあって、エビフライはサクサクのプリプリの熱々。
玉子焼きはふんわりとした食感で、ケチャップらしい甘みも感じた。
その上下を挟む、トーストされた食パン。
そうした多様な食感と味とが、最初の一口の中で味わうことができる。
それだけ雑多な要素がせめぎ合いながらも、全体としてみると極めてバランスがいい。
ああ。
と、タスッタさんは思う。
これは、サンドイッチとしても、かなりいいのかも知れない。
エビフライのみが突出しておしいだけではなく、サンドイッチとして普通においしかったのだ。
少なくとも、タスッタさんにしてみれば、値段以上の価値があるように思えた。
ボリュームもあるし、予想していた以上においしいし。
最初の一切れ目をすぐに食べ終えたタスッタさんは、一口のコーヒーを飲んでから息をつく。
ここまで来ると軽食とはいいがたいのかも知れませんが、これはこれで。
お店に入った段階ではまるで期待をしていなかったため、その期待がいい意味で裏返ったことがタスッタさんは嬉しかった。
そしてすぐに、二片目に手を伸ばす。
まず、エビフライがカラッとしていてまるでしつこくない。
タルタルソースや薄い玉子焼きが、いいアクセントになっている。
エビフライの衣もトーストに使われている食パンも、冷静に考えてみればどちらも小麦粉、炭水化物なのですが。
カロリー、結構いくんだろうな、これ。
などということを考えながら、二片目に完食したタスッタさんは、最後の三片目に手を伸ばす。
とはいうものの、タスッタさん自身は脂肪がつきにくい体質であり、いくら食べても太る心配はないのだが。
おいしくて、お腹がふくれて。
タスッタさんは、そんなことを思う。
実質本位というか。
名古屋のお食事も、なかなかあなどれませんね。




