岩手県遠野市。ジンギスカン専門店の成吉思汗ラム肩ロース定食。
そのお店は住宅街の中にある酒屋さん、その裏手でひっそりと開いていた。
お店の前に何人か行列ができていなければ、お店の存在に気がつかずそのまま通り過ぎていたことだろう。
それくらい、存在感というものがない。
そんなお店をどうにかみつけて、タスッタさんは列の最後尾に並んだ。
よく晴れた日の、昼下がりのことだった。
聞くところによると、この遠野市はジンギスカンをよく食べられているらしい。
市内に専門店がいくつもあり、それなりに繁盛をしているようだ。
そんな会話を昨日利用したタクシーの運転手さんと交わして、その際にお勧めのお店の情報も何軒か聞き出していた。
このお店も、そんな何軒かのお勧めのお店に入っていたわけだが、この立地だとほとんど地元のお客さんしか来ないのではないか、と、タスッタさんはそんなことを思う。
それでこれだけ繁盛をしているのであるから、かなりいいお店なのだろうな、と、そういう期待もある。
行列はすぐにはけ、すぐにタスッタさんの順番になる。
外見から想像していた通り、古いお店だったが、内部は清潔で、なぜかテーブルの上に新聞紙が敷いてあり、その上にコンロと例のジンギスカン用の鉄板が置かれている。
この新聞紙は、テーブルクロスの代わりなんでしょうけど。
テーブル席に案内をされながら、タスッタさんは他では見られない新聞紙にちょっと驚いた。
そして少し考えてから、
「ああ。
お肉の油があちこちにはねるからですか」
とひとりで納得をする。
お店の中は満席に近い状態であった。
平日の昼間だというのに、家族連れやおじさん同士の組み合わせで賑わっている。
食事をしている人、ビールを飲みながらお肉を食べている人、お客さんたちの様子は様々で、店内は心地のよい喧騒に包まれている。
そんな中、タスッタさんはメニューを開いて、
「さて、どれにしましょうか」
といつものように悩んでいる。
羊肉はビールにも合いそうだけど、昼間っからひとりで焼肉を頬張りつつ飲むのもなあ。
やはりここは、がっつりとご飯にしておきましょうか。
ちょうど定食があったので、タスッタさんは何種類かある定食のうち、「ラム肩定食」というものを注文する。
メニューによれば、定食類には一律、野菜とご飯、香の物などがついてくるらしかった。
注文が終わると、タスッタさんの目の前のコンロに早速火が入れられて、待つこともなくお肉や野菜、ご飯などがやって来た。
野菜はもやしやスライスしたタマネギなどだったが、この量が予想していたよりは多い。
周囲の人がやっているのに倣って、タスッタさんは半球状の鉄板のへりにそうした野菜を載せてから、鉄板の盛り上がった部分にお肉を置いていく。
ラム肉が音を立てて余分な油を鉄板のへりに落としていく。
ああ。
野菜は、こうした油を受け止めるためのものでしたか、と、タスッタさんは納得した。
そうこうしているうちにお肉の方がいい具合に火が通ってきたので、ひっくり返してさらにしばらく待つ。
受け皿にたれを入れて、香の物を齧りながらさらにしばらく待った。
見た感じ、いい具合かなと思えるほどには火が入ってきたので、焼きたてのラム肉を一度タレにつけてから、口の中に入れてみた。
羊肉というと臭みが気になるのだが、これはよほど新鮮なお肉を使っているのか、そうした獣臭さはまるで感じない。
タレは醤油ベースで、おそらくはこのお店で独自に作っているものなのだろう。
熱々のラム肉に、実によくマッチしていた。
はふはふいいながら肉を咀嚼し、呑み込んだあと、タスッタさんはご飯を掻き込む。
うん。
やはり、このタレとご飯も、よく合う。
ラム肉の油をたっぷり吸って十分に火が通った野菜も箸で摘まんで、一度受け皿のタレに浸してからご飯の上に乗せていただく。
やはり、おいしい。
鉄板の上の空いた場所に新しい肉片を置きながら、タスッタさんは休むことなく箸を動かし続ける。
こうして熱々のお肉と野菜、それをご飯で掻き込んでいくと、なんだか体に力がみなぎってくるような感覚があった。
体が熱いし、おいしい。
途中、タレの他にお肉の上にニンニクなどを乗せて食べたりしながら、タスッタさんは自分でも驚くほどのペースでラム肉や野菜を平らげていく。
こうしてひとりで焼肉を食べるときは、途中で冷静になったら駄目な気がする。
ひたいに汗を浮かべながら、熱いものを熱いうちにいただく。
仮に焼肉に作法があるとすれば、ただそれだけなのではないのでしょうか。
忙しく箸を動かしながら、タスッタさんはそんな他愛のないことを考えていた。
そのあともタスッタさんは出された素材をすべて焼いて完食をするまで、箸を止めなかった。
久しぶりの羊肉は、タスッタさんにとってそれだけ美味だったのだ。
日本の食文化はかなり豊かだと思うのだが、食肉だけはまだ素材に偏りが残っている。
普段、気軽に食べられる素材は、まだまだ牛、豚、鶏くらいに限定されているように思うのだ。
日本中に流通をさせるつもりならやはり養殖は必須になるわけで、他の素材だと需要が限られている分、畜産事業としては厳しいんでしょうね、と、タスッタさんはそんなことを想像する。
他にも食べればおいしい動物は、まだまだいくらでもありますのに、と、少し残念にも思った。
完食をしたあと、お冷やをいただきながらそんなことを考えていたタスッタさんは、そのまま会計を済ませてそのお店をあとにする。
お店から遠ざかりながら、タスッタさんは、
「今度は、ジビエのお店でも探してみましょうか」
とか、そんなことを考えはじめていた。




