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腹ぺこエルフさん放浪記  作者: (=`ω´=)


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香川県仲多度郡。温泉旅館内茶房の大福入りお雑煮。

 たまたま懸賞で宿泊券を当選したので、タスッタさんは香川県のある温泉旅館に来ていた。

「ふう」

 浴衣姿で旅館内の廊下を歩きつつ、タスッタさんは軽くため息をつき、

「温泉もいいですけど、あんまり入りすぎるとかえって疲れる気がします」

 などと、そんなことを思う。

 この日は、二泊三日のうちの二日目にあたる。

 三が日は外しているとはいえ、周囲の人々はまだまだ正月気分が残っているのか、ずいぶんと浮かれているように見えた。

 この旅館、とはいえ、建物の構造が和風であるだけで、実質は温泉が付属したホテルのようなものであったが、とにかくここに宿泊客だけはなく、日帰りのお客さんも大勢出入りしているようだった。

 温泉だけではなく、エステやカラオケ、宴会場、それに結婚式場まで揃っているので、地元の人々にしてみれば総合アミューズメント的な役割を果たす場所でもあるのだろう。

 日中のこの時間は、どちらかというと宿泊客よりも日帰りのお客さんの方が多いような気さえ、する。

 さて。

 と、タスッタさんは考えると。

 今日のお昼は、なんにしましょうか、と。


 旅館のご飯は、基本的にはおいしかった。

 夕食はかなり豪勢だったし、朝食も質素であるもののおかずの品数が多く、全部は食べきれないほどである。

 しかし、タスッタさんが引き当てた宿泊券では朝食と夕食の二食分しか保証していなかったので、昼食については自分で確保する必要がある。

 これだけ大規模な旅館であったから、屋外にまで出るまでもなく、旅館の内部にいくつかの飲食店や売店なども完備しているので、それはそれで問題はなかった。

 というか、温泉に入る以外はほとんど暇を持て余している今のタスッタさんにしてみれば、自分で食べたいものを探して食べるこの機会は、かっこうの娯楽でさえ、ある。


「……まずは、お茶でも飲みましょうか」

 しばらく考えた末、タスッタさんは誰にともなくそう呟く。

 そのときの時刻は、まだお昼には早すぎるくらいの時間であった。


 タスッタさんはそのまま前日に目星をつけていた旅館内にある茶坊へと移動する。

 そもそも旅館内に存在をする飲食店は数が限られていたので、選択の余地はあまりなかった。

 すでに正月休みの時期を過ぎているせいか、それとも時間帯のせいか、その茶房はお客さんが半分程度しか入ってきておらず、タスッタさんは店員さんに促されて適当な空席を選んで座る。

 そしてメニューを開いて、なにを頼むべきなのか、少し考え込んだ。

 メニューには、抹茶や宇治茶などの日本茶も何種類か記載されていたのだが、緑茶ならば自分の部屋に戻ればいくらでも飲める。

 そちらは昨日チェックインしてから今まで飽きるほど飲んでいたので、今の気分としては少し目先を変えたい。

 やはり、コーヒーでいいかな。

 などと思いながらメニューを眺めていると、メニューに貼られている手書きの紙がタスッタさんの目に止まった。

「……お雑煮」

 そういえば、今年はお雑煮を食べていませんね、と、タスッタさんは思う。

 ちょうどお昼にはなにを食べるべきか悩んでいたところだし、時間は少し早めであるけど、ちょうどいいかも。

 タスッタさんは店員さんを呼び止めて、お雑煮を注文した。


 お雑煮。

 お椀の中に汁物と焼いた餅を一緒に盛った食べ物の総称。

 ただし、そうした基本構造以外にはあまり制約がなく、地方によりかなりバラエティに富んでいる食べ物でもある。


「これが、この地方の」

 出てきたお雑煮を目の前にして、タスッタさんが呟く。

 これまでタスッタさんが食べてきたお雑煮とは、まるで別物に見えた。

 まず、お餅が丸い。

 そして、汁は白く濁っている。

 香りからすると、どうやら白味噌らしいのだが。

 これまでにタスッタさんが食べたことがあるのは、四角い切り餅に澄まし汁のいわゆる東京風のお雑煮になる。

 所変われば、というが、場所によってずいぶんと違ったものになるものですね。

 と、タスッタさんは思った。


 まずは直接お椀に口をつけて、一口汁を賞味する。

 香りである程度予測がついていたとおり、完全にお味噌汁であった。

 かなり上品な味つけで、しかし嚥下したあと、白味噌の濃厚な味が口の中にほんのりと残る。

 次に、丸いお餅を箸で摘まんで、一口齧ってみる。

 え?

 と、タスッタさんは、少し驚いた。

 お餅はお餅だけど、中になにか入っていた。

 柔らかくて、甘くて。

 ああ。

 と、タスッタさんは、すぐに思いあたる。

 餡子だ。

 甘く煮詰めた小豆が、その丸いお餅の中にはたっぷりと入っていた。

 つまりは、「大福」ということになる。


 そうか。

 タスッタさんは、心中でひとり頷く。

 こちらでは、これがお雑煮になるのか。

 そう思いつつ、タスッタさんはさらに一口、汁を啜る。

 餡子の甘さと濃厚な白味噌の風味が、口の中で混ざると、そこはかとなくいい感じになる、ような、気がする。


 これはこれで、いい塩梅……なのかな?

 と、タスッタさんは、心の中で首を傾げた。

 餡子とお味噌汁。

 これまで、試したことがないコンビネーションであったため戸惑う部分が多く、今ひとつ正確な評価をしきれない。

 決して、まずい組み合わせではないのは、確かであったが。

 よくよく考えてみれば、餡子もお味噌も原料は豆であるわけで、決して合わない組み合わせではない。

 タスッタさんは、その組み合わせについて確かめるように、大福を食べては汁を飲む。


 うん。

 しばらく検証をした結果、タスッタさんはそう結論した。

 これはこれで、多分、おいしいんだと思う。

 ただ、慣れていない場合は、この味を素直に味わう前に、驚く方が先にくるとは思うけど。


 年のはじめから、なかなかできない体験をしたな、と、タスッタさんはそう思った。



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