群馬県前橋市。鍋焼きうどん処の牛カルビ鍋焼きうどん。
乗っていたタクシーの運転手さんに、
「この辺でどこか美味しい食事処はないだろうか?」
と質問をした結果、総社神社から一キロほど走った場所にあるお店に案内をされた。
運転手さん曰く、
「寒い日にはここでしょう」
とのこと。
すでに師走に入り、時刻はまだ午後五時をいくらか回っただけだというのに、日はどっぷりと暮れている。
タクシーを降りると、随分と冷え込んだ空気が身に染みた。
風も、かなり冷たく感じる。
「上州名物、か」
ぽつんと呟いて、タスッタさんは大きな提灯の掲げられたお店の中に入っていく。
まだ開店してからいくらも経っていないというのに、お店の中はすでに八割方の席が埋まっていた。
座敷席ばかりで、カウンター席がない。
テーブルの上にはガスコンロが並んでいる。
すでに火にかかっているお鍋もあり、どうやらこのお店では客さん一人につき一つのコンロが用意されているようだ。
ざっくりと店内を見渡しているうちに、店員さんが寄ってきて、空いたテーブルに案内をされる。
カウンター席がないため、タスッタさんはまだ空いていた四人がけのテーブル席に案内をされた。
混んできたら相席を求められるのだろうな、とか思いつつ、タスッタさんはメニューを開く。
鍋焼きうどん処、という店名に偽りなく、ほとんどの品目はうどんだった。
おそらくは、この目の前にあるコンロでそのまま煮込む形になるのだろう。
さて、どうしましょうかね。
メニューを眺めながらタスッタさんは考える。
見ると、牡蠣うどん、なんて品目もあった。
それはそれで興味を引かれないでもなかったのだが、しばらく検討した上、タスッタさんは店員さんを呼んで「牛カルビ鍋焼きうどん」を注文する。
この季節、ぐつぐつと煮込んだうどんであれば、なにが入っていても美味しく感じるだろうと思ったので、あえて無難な選択をした。
注文をするとすぐに店員さんが小鉢に持ったご飯とやはり小鉢に入った生玉子、それになぜか小袋入りの小梅を持ってくる。
「これ、頼んでないのですけど」
とタスッタさんが声をかけると、
「これも料理の一部になっています」
と答えた。
聞けば、うどんと具をおおかた食べた後に、これでおじやを作るのだという。
「ああ。
完全に鍋物の感覚なのだな」
と、タスッタさんは納得をした。
続いて、すぐに店員さんが鉄製のお鍋を持ってきて、タスッタさんの目前にあるコンロの上に置いて、コンロに火をつけた。
「火加減、こちらで見ますか?
それとも、ご自分で調節なさいますか?」
と確認をされたので、タスッタさんは少し考えてから、
「自分でやってみます」
と答えておく。
火加減をお客さんに任せるくらいだから、特に難しい調節など必要としないのだろうな、と、タスッタさんは思った。
これまでの経験からいっても、ぐつぐつと煮えてきたら弱火にすれば、特に問題はないはずである。
しばらく鍋が煮えてくるのを待っていると、木の蓋が持ちあがって、ニンニクの香りを含んだいい匂いがしてくる。
タスッタさんは火を弱めてから、蓋を開けた。
「わあ」
そして、小さく歓声をあげる。
お肉が、鍋の中を埋め尽くすほどにびっしりと敷き詰められて、よく煮えていた。
想像以上に、お肉の量が多い。
外見だけでいうのなら、鍋焼きうどんというよりはすき焼きに近い。
これは、嬉しい誤算ですねえ。
そんなことを思いつつ、タスッタさんは小鉢にお肉を少し移して、つゆも小鉢に少し移した。
まずはつゆを一口、啜ってみる。
熱くて、予想していた以上に、辛みが強い。
これは、温まりますねえ。
とか、タスッタさんは思う。
その額には、すでにうっすらと汗が浮きはじめている。
そして、お肉を一口噛んで、味わう。
甘い。
カルビ肉を名乗るだけあって、甘みが強いお肉だった。
そしてその甘みの強いお肉が、辛みの強いしると、よく合う。
いいなあ。
と、タスッタさんは素直に思った。
この組み合わせは、いいなあ。
その次は、主役のうどんと、具材の長ネギと糸こんにゃくを小鉢に取った。
長ネギはともかく、糸こんにゃく。
やはり、すき焼きっぽい。
それはともかく、主役のうどんも、タスッタさんが想像していなかった姿をしていた。
厚みがある大きなきしめんというか、ひらべったいほうとうというか、いかにも小麦粉の塊!
といった態の物体が、小鉢のなかでよく煮えている。
煮込むことを前提としているから、おおぶりの麺にしているのかな、と、タスッタさんは推測した。
その真偽は定かではないが、実際にふうふういいながら食べてみると適度にモチモチとして歯ごたえがあり、熱いこともあって、嚥下すると熱気がそのまま食道を落ちて行くのを実感できる。
長ネギや糸こんにゃくも、お肉やうどんの合間に食べるのにちょうどよく、口の中に残った味をリセットしてくれる働きをしてくれた。
この組み合わせは、いいですねえ。
などと思いつつ、タスッタさんは箸を進める。
お肉にしろうどんにしろ、ボリューミーな食べ物なのだが、食べている最中はするすると抵抗なく胃の中に入っていく。
このピリ辛のつゆが、食欲を刺激するのに一役買っているのかも知れない。
途中で何度かハンカチで汗をぬぐいながら、タスッタさんは休むことなく箸を動かし続けた。
うどんもお肉も食べ尽くし、鉄の鍋の中にしるしか残っていない状態になると、タスッタさんは一息ついてから、最初に出されたごはんを鍋の中に入れて、さらに玉子も割って溶き卵の状態にして、鍋の中に入れる。
そして蓋をして、コンロの火を少しだけ強めた。
正直なところ、今の段階でもかなりの満足感と満腹感を得ているのだが、あのピリ辛のしるで作ったおじやの誘惑の方が強い。
溶き卵との相性も抜群なはずで、きっとおいしいのだろうなあ、と、タスッタさんは想像する。
そしてしばらく、おじやが煮あがるまで、待った。




