山口県山口市、ダイニング居酒屋での一人酒。
「すいません。
一人ですが入れますか?」
ぼちぼち日が暮れて来た頃、タスッタさんは新山口駅からほど近いある居酒屋に入ってみた。
「はい、入れます。
こちらのカウンター席にどうぞ」
打てば響くように、店員さんが対応をしてくれる。
カウンター席が六席ほど、それ以外にテーブル席が四つほどのこぢんまりとしたお店であった。
白と黒で統一をされたなかなかお洒落な内装で、まだ開店してから日が浅いのか、備品などが真新しい印象がある。
席についたタスッタさんはとりあえず生ビールを注文し、それと同時に店員さんからお通しを渡される。
お通しは、椎茸の煮物、キャベツのナムル、ナマコ酢の三品だった。
そのお通しを摘まみながらしばらくビールを啜りつつ、メニューを眺めて見る。
場所柄のせいか、海産物が豊富なお店のようだ。
「今日はカンパチの新鮮なのが入っていますよ」
カウンターの内側にいる板さんからそう声をかけられたので、
「では、まずそのカンパチのお刺身をください」
と注文をする。
いつの間にかビールも飲み干していたので、新たに吟醸酒も注文しておく。
メニューにあるお酒の品揃えも豊富で、これまでにタスッタさんが目にしたことのない銘柄を多数確認することができた。
なんでもこのお店で出しているお魚は、だいたいすべて朝のうちにこのお店のオーナーが地元の漁師さんから直に仕入れてくるらしい。
店員さんからそんな説明を聞きながら、タスッタさんは吟醸酒を啜る。
すぐにカウンターの上に出されたカンパチの刺身は、新鮮なだけあって歯応えからして違っていた。
ああ、いいな。
歯応えや舌触りを確認しながら、タスッタさんはそんなことを思う。
なんというか、命を頂いているという実感がある。
それと、絵入りのお皿や盛りつけも様になっていた。
吟醸酒をちびちびと舐めながら、タスッタさんはしばしカンパチのお刺身を楽しんだ。
「握りもできますが、いかがいたしましょう」
お刺身を食べ終えるのを見計らって、板さんがそんな風に声をかけてくる。
「お寿司ですか」
タスッタさんは、少し迷った。
先ほどのカンパチのお刺身で判断する限り、このお店で失敗をすることはないように思える。
だけどなんとなく、
「それでは当たり前すぎるなあ」
という思いが、タスッタさんの脳裏をよぎった。
「なにか変わったものはありませんか?」
気がつくと、そんな言葉を口にしている。
せっかくだから、このお店ならではのお料理が食べてみたい、と、タスッタさんは思う。
「変わった、ですか」
板さんは鷹揚に頷いてみせる。
「変わっているのかどうかはわかりませんが、今日はフグも入っていますよ」
「フグ、いいですねえ」
ほろ酔い加減のタスッタさんはいった。
「フグはまだ、いただいたことがありません。
そのフグを、あまりしないような調理法で出して見てください」
「フグといえば刺身や鍋、しゃぶしゃぶなどが一般的な食べ方になりますが」
板さんがいった。
「そういうことでしたら、今日は唐揚げにしてみましょう」
フグの唐揚げが出てくるまでの間、タスッタさんは残っていた突き出しを酒肴にして吟醸酒をちびちびと舐めている。
今夜は酔うことよりもお料理の味優先でやっているので、飲むペースはさほど早くはなかった。
そうしているうちにカウンターの上に揚げたてのフグの唐揚げが出されて、タスッタさんはそれに箸をつける。
衣がサクサクで、中がふわふわ。
タスッタさんがはじめて食べるフグは、熱々であることはわかるものの、フグ自体の味は淡白にすぎて、正直なところ、おいしいのかどうか判断に困る感じだった。
これならば、素直にお刺身かなにかにして貰った方がよかったかな、などと、今さらながらにそんなことを思う。
「フグ、刺身も出しましょうか?」
タスッタさんが微妙な表情をしているのを見とったのか、板さんがそう声をかけてくる。
「はい、お願いします」
タスッタさんは即答をしていた。
フグ自体の味はよくわからなかったが、揚げたての唐揚げは十分に美味しく思える。
フグの唐揚げをつまみにして、またお酒が進む。
その唐揚げを食べ終わる前に、フグのお刺身が出てきた。
「何枚か一緒に摘まんで、一気に食べてみてください」
板さんから、そう勧められる。
いわれるままに、タスッタさんは絵皿に盛り付けられた切り身を箸で一気に数枚ほど摘み、軽く山葵醤油をつけてから口の中に入れた。
漠然と想像をしていたとおり、フグ自体にはあまり味がなく、タンパクで、そして新鮮なお刺身特有のコリコリとした弾力を感じる。
これがおいしいかどうかといったら、タスッタさんの味覚的にはかなり微妙なところといえた。
とはいえ、タスッタさん自身はまだ日本に来てから一年も経っておらず、お刺身という調理法で生の魚を食べ慣れているわけでもない。
お刺身を食べ慣れている人からすれば、かなり美味しく感じられるのかもしれませんね、とか、そんなことを考える。
その次は、やはり板さんから進められたメバチとかいうお魚の煮つけを注文してみた。
醤油を主体とした汁で煮つけられたお魚なわけだが、その割にはあまり塩分を感じず、お魚の自体の味がぎゅっと凝縮しているかのような、かなり上品な仕上がりとなっている。
それでいて、お酒が進む。
ああ。
と、タスッタさんは思う。
これは、いい酒肴だ。
これだけでもお酒が何杯もいけるような気がする。
実際には、そんなにいっぱい飲むつもりはありませんが。
とか思いながら、タスッタさんはいつの間にかグラスの中身がなくなっていたことに気づき、次のお酒を注文しようとメニューを開いた。
「今度は冷酒ではなくて、燗酒なんていかがでしょうか?」
ホールにいた店員さんが、そんな風に声をかけてきた。
「燗をつけた方がおいしくなるお酒なんかもあるのですが」
他にもお客さんが入っていて、店内はかなり賑やかなことになっているというのに、タスッタさんの動向も把握していらしい。
もちろん、タスッタさんはその店員さんの勧めに従って燗酒を注文した。




