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東京都荒川区。イラン、トルコ、ウズベキスタン料理店のしあわせいっぱいランチ。

 なんでこのお店に入ってしまったのでしょうか、と、絨毯の上は座りながらタスッタさんは自問している。

 日暮里駅を降りてからしばらく歩いた場所にあったこのお店にふらりと入ったのは、このお店がエキゾチックな雑貨を売るお店だと思ったからだった。

 実際、店内においてある細々とした物品にはほとんど値札がつけられている。

 お客さんが希望をし、値札に書かれた金額を支払いさえすれば、そうした雑貨も普通に売買が成立するような、そんなお店ではあるのだろう。

 しかし同時に、このお店は普通に飲食ができるお店のようだった。

 というか、タスッタさんがこのお店に入って以来、実際には雑貨を買っている人は皆無であったから、飲食部門がこのお店のメインなのだろう。

 タスッタさんは、そう予測をする。

 お店の雰囲気につられてふらふらと中に入ったタスッタさんは、看板に書かれていた「トルコ・イラン・ウズベキスタン料理」という表記を見逃していたのだった。


 ともあれ、中に入ってしまったものはしかたがない。

 こうして座布団ごしとはいえ案内をされるままに床の上に直接座っている以上、なにかしら注文をしなければならない。

「はい、これメニューね」

 民族衣装をきている、どうみても日本人ではない風貌の中年男性から、メニューを手渡される。

「あのう」

 タスッタさんは手渡されたメニューを開きもせずに、そういった。

「このお店、ランチセットみたいなものはありますか?」

「あるよー、きれいなおねーさん。

 しあわせいっぱいランチね。

 おいしいし、量もいっぱい。

 それにしますか?」

「あ、はい。

 それでお願いします」

 タスッタさんはそういって目礼をする。

「はーい。

 しあわせいっぱいランチ、ひとつ。

 すぐに来るからもうちょい待ってねー」

 とかいいながら、その店員さんはメニューを持って去って行く。

 あやしげな日本語のイントネーションといい、陽気というよりはうるさい人だな、と、タスッタさんはそんなことを思う。


 実のところ、タスッタさんは食べなれない香辛料をたっぷりと使ったこの手のエスニック料理も決して嫌いではなかった。

 とはいえ、実際には食べた経験はあまりなく、その手の料理はだいたいカレーに分類してしまう程度の見識しか持たなかった。

 それでも、こうして日本国内で営業している以上、極端に食べにくい料理も出さないだろう。

 タスッタさんは、自分自身を納得させるように、そんな風に思う。


「はーい。

 これ、シナモンティーねー」

 先ほどのうるさい店員さんが、すぐにやってきた。

「料理もすぐ来るから、熱いうちにどうぞー」

 そういわれたから、というわけでもないが、タスッタさんはそのティーカップにすぐに口をつけた。

 まずシナモンの特徴のある香りが鼻を刺激し、そのあとに紅茶の風味が来る。

 あ、手を抜いていないな、と、タスッタさんはすぐにそう判断をする。

 案外、このお店はあたりであるのかも知れない。


 店員さんがいった通り、料理の方もすぐにタスッタさんの元に届けられた。

 まず、ナンとカレーが二種類。

 なんでも、ひよこ豆と羊肉だそうだ。

 それに、ライムを丸ごと煮たスープに粒の長いご飯。

 これで終わりかな、と思ったところで、さらにコロッケのようなもの、お好み焼きのようなもの、ピクルスが二種類、サモサ、キャベツの千切り、いちじくのシロップ煮、ざくろジュースまでもが続々と運ばれてくる。

 カレーを除き、品数が多いだけあって一品当たりの量は控えめではあるのだが、いずれにせよ一人前一食あたりの量としてはかなり多い。

 少し怖くなって例のうるさい店員さんに確認をしてみたのだが、この内容で料金は千円プラス消費税のみであるという。

 ずいぶんと気前がいいな、と、タスッタさんは半ば呆れた。

 二種類のカレーと、ナンとご飯、それにスープくらいだけでも昼食としては十分な量と質であると思うのだが。


 このお店は、そちら風の風俗にあわせてか、床の上に布を敷いてその上に料理が並べられている。

 こうした形式の飲食店は、タスッタさんにしてみてもはじめてのことであり、それなりに新鮮な体験だとは思った。

 まずはナンをちぎってひよこ豆のカレーにつけて食べてみる。

 焼きたてのナンはおいしく、ひよこ豆のカレーも辛味が強く、まさしくこの手のお店のカレーという気がした。

 辛すぎたので、シナモンティーを一口啜って口の中を濯いでから、今度はナンを羊肉のカレーの方につけて食べる。

 羊肉のうまみが出ているせいか、こちらの方のカレーの方が、ひよこ豆の方よりは若干、辛味が弱まっているような気がした。

 それから、タスッタさんはライムが丸ごと入っているスープを試して見た。

 ライムというから酸っぱいのではないかと予想していたのだが、酸味は感じるものの極端に酸っぱいというわけでもなく、むしろさわやかで飲みやすい味だった。

 辛味が強いカレーのお供として、これはいいスープなのかも知れない。


 外見的にコロッケのような揚げ物は、実際に食べてみるとやはりコロッケであった。

 しかし、タスッタさんが知るコロッケよりはずっと甘味が強い。

 調味料のせいか、それともお芋の種類からして違うのか。

 タスッタさんは判断をする基準を持たなかった。

 それから千切りのキャベツを少しもつまんでから、サモサを食べてみる。

 豆類やタマネギのみじん切り、挽肉などを薄い小麦の皮に包んで揚げた料理で、そちら風のあげ春巻きといったところか。

 こちらの方も、熱々のせいもあってかなりおいしかった。

 ただ、コロッケとこのサモサ、カレーのつけ合わせとして二種類も揚げ物が来るのは、かなり「重い」とは思ったが。


 お好み焼きのようなものは、様々な具材を小麦粉を練った生地に混ぜて焼きあげたもので、正式な名称は結局聞かないままで終わったが、やはりタスッタさんは最後まで「お好み焼きのようなもの」としてそのお料理を認識している。


 二種類のカレーの合間にそうした料理をつまみながら、ナンがなくなったらカレーをご飯の上にかけて、タスッタさんは黙々と食べ続ける。

 そうしている間にも、例のうるさい店員さんが他のお客さんを相手にして漫才めいたやり取りをしていた。

 日本の飲食店では店員さんの態度もだいたい画一的というか、マニュアル化してきて余計な問答が発生する余地がなくなっているので、タスッタさんにとっても珍しい光景であるといえる。

 ああいう対応も、このお店の「味」なんだろうな、などと、食べながらタスッタさんはそんな風に思った。


 そんな風にして大方の料理を完食したあと、タスッタさんは最後に残していたいちじくのシロップ煮に手をつけた。

「どう考えても、これは甘いだろう」

 と判断をして、デザートとして残しておいたのである。

 スプーンをいれるとさっと中に入るほどに煮込まれていて、口の中に入れるとかなり強い甘味を感じる。

 かなり強い甘みのあとに、いちじく自体の味と旨みがしっかりと伝わってくる。

 うん。

 これは、いいデザートですね。

 と、タスッタさんはひとり頷く。

 辛いものは辛く、甘いものは甘い。

 こういうメリハリは、確かに日本の料理にはあまりないかも。

 ざくろジュースとシロップ煮を交互に味わいながら、タスッタさんはそんなことを思った。



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