神奈川県小田原市。洋食屋のかぼちゃのフルコース。
「かぼちゃ」
という店名が目に入って、タスッタさんは足を止めた。
小田急線螢田駅付近の某所、おりしも、十月も終盤にさしかかり、かぼちゃを模したオブジェやイルミネーションをあちこちで見かけるようになった頃のことである。
ハロウィンがなんであるのかは、連日テレビなどで流れていた情報によって、タスッタさんにも知るところとなっていた。
そうか、かぼちゃか。
と、タスッタさんは思う。
今日は、このお店に入ってみよう。
喫茶店のようなこじんまりとした印象の店内にはいっていくと、入って右手にあるテーブル席は半分方埋まっていた。
行列ができるほどに流行っているわけではないが、今がまだ夕方の浅い時間であることを考えると、なかなかの繁盛ぶりなのではないでしょうか、と、タスッタさんは思う。
すぐに店員さんが来て、タスッタさんをカウンター席に案内する。
メニューを眺める間にさり気なくカウンターのむこうの厨房の様子をうかがってみると、調理人さんが両の手のひらで挽肉の塊を左右に移動をさせ、パンパンと小気味のいい音をたてている。
どうやらハンバーグを焼く直前に、空気を抜いているらしい。
ああ。
と、タスッタさんは思う。
いいなあ、こういうの。
このお店は、ちゃんと手で作っているらしい。
セントラルキッチンのチェーン店にはそれなりの良さもあるのはタスッタさんも認めるところだが、こうした個人商店特有の手作り感も捨てがたい。
まだここのお料理を食べたわけではないのだが、ここのは、きっと美味しい。
タスッタさんは、そう予感する。
気を取り直してメニューを改めてみると、すぐに「かぼちゃのフルコース」というものに気がついた。
ちょっとハンバーグの方に気持ちを持っていかれかけていたが、もともとはかぼちゃを味わいたくてこのお店に入ったことを、タスッタさんは思い出す。
うん。
やはり、今日はこれを頼むことにしよう。
タスッタさんは店員さんを呼んでかぼちゃのフルコースを頼む。
そして、その直後に焼けた鉄板の上に乗ってたっぷりとデミグラスソースがかかったハンバーグがカウンター越しにタスッタさんの注文を受けた店員さんに手渡される。
ハンバーグを受け取った店員さんはそのままテーブル席にいたお客さんの方に給仕にいくわけだが、あまり広くはないお店であるゆえに、タスッタさんのすぐ横をできたて熱々の料理が運ばれていく形になった。
当然、タスッタさんもそのハンバーグを間近に目撃することとなる。
ああ。
と、タスッタさんは思う。
あちらはあちらで、美味しそうですねえ、と。
かぼちゃのフルコースをの一品目、かぼちゃのポタージュはすぐに出てきた。
タスッタさんはすぐにスポーンを手にして、そのポタージュを味わう。
熱くて、甘い。
甘いが、甘すぎない。
かぼちゃが持っている甘さが、ぎゅっと凝縮されているような気がした。
しみじみとした甘さ、いや、かぼちゃ味、とでもいうべきか。
美味しい、と、タスッタさんは素直にそう思う。
二品目は、かぼちゃのサラダ。
ポテトならぬマッシュされたかぼちゃで作られた、マッシュパンプキンのサラダだった。
このお料理も、お弁当かなにかのつけ合わせにちんまりと入っていた同様のものをどこかで食べたような気もするのだが、タスッタさんが本格的に味わうのはこれがはじめてのことになる。
これもまた、甘い。
そして、かぼちゃの味がする。
一口口の中に入れるだけで、口中がかぼちゃだらけになったのか錯覚するほどの、圧倒的なかぼちゃ感。
甘いことは甘いが、先ほどのポタージュよりは甘さを感じない。
ポタージュよりががっと来る甘さであるとすれば、こちらはよりゆっくりと攻めてくる甘さとでも形容をすべきか。
いや、甘さよりも、かぼちゃの風味の方が濃くて、ポタージュほどには甘さを感じないと見るべきか。
とにかく、かぼちゃだった。
ああ、これは。
と、タスッタさんは思う。
かぼちゃばかりだとすぐに飽きるかと思っていましたが、これならば意外にいけそうですね、と。
なんというか、同じかぼちゃを全面に押したお料理であっても、攻めてくる角度が微妙に異なっているように思った。
三品目は、かぼちゃのドリア。
これがメインで、カレー、ピラフ、ドリアの中から一品を選べるのだが、タスッタさんはその中からドリアを選択した。
耐熱皿の上でいい感じに焦げ目をつけているチーズに、タスッタさんはスプーンを差し込む。
スプーンの上のトロリとしたホワイトソースの質感を目で楽しみつつ、タスッタさんはそれを口の中に入れる。
熱い、熱い。
味よりもまず、焦げたチーズと十分に熱せられたホワイトソースの熱量を口の中に感じる。
そのあとに、バターでソテーされたご飯の味と、それに、ふんわりと漂ってくるかぼちゃの香り。
はふはふ。
で、熱々。
確かにかぼちゃも十分に自己主張をしているのだが、それ以上に熱量と、それと、ソテーされたご飯、ホワイトソース、焦げたチーズの風味が絶妙に口の中で絡み合って。
口の中で冷ましつつ、ゆっくりと嚥下すると、まだ十分に熱いものがゆっくりと食道をくだっていくのが体感できた。
そこまで来て、ようやく、
「美味しい」
という実感が湧いてくる。
うん。
いいじゃないですか。
と、タスッタさんは思う。
熱い料理は、こうでなくてはいけない。
タスッタさんはお料理が冷めないように気をつけつつ、それでもできるだけゆっくりとドリアを完食する。
四品目は、デザートのババロアだった。
全体に甘みが強いお料理でもあり、特に三品目のドリアでかなりの満腹感をおぼえていたタスッタさんは完食できるのか不安になっていた。
だが、そのババロアを一口口にするなりその不安は払拭される。
デザートとしては甘みが強過ぎず、生クリームのボリュームもさほど気にならない。
もちろん、かぼちゃの風味を強く感じるのだが、後味としては決してしつこくはなく、むしろさっぱりとしている。
最後の一品として、これは十分にありだな、と、タスッタさんは思う。
強い満足感と余韻に浸っていると、最後に店員さんが挽きたての豆をサイフォンでいれたコーヒーを持ってきてくれる。
一杯一杯、その都度に手挽きの豆でコーヒーをいれてくれるのが、このお店の流儀であるらしい。
それだけでも、たいした手間だろうに、と、横目でその様子を見ていたタスッタさんは思う。
手間がかかっている分、そのコーヒーも確かに美味しかった。
コーヒーを喫しながら、いいお店だな、と、タスッタさんはぼんやりとそんなこと思う。
でも次の機会があれば、今度はあのハンバーグも食べてみたい。




