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東京都品川区。洋食屋のメンチカツ定食。

 大井町の駅前付近をあてもなくぶらついていると、大きく横に張り出した看板がふと目に入った。

 おそらくは屋号であろう名称が大書きされており、店先に例の蝋細工の食品サンプルが置かれている。

 店構えから、典型的な街場の洋食屋さんであることが伺えた。

 適度に歴史がありそうだし、長く続いているお店にはそれなりの理由があるというのがタスッタさんの持論である。

 この日は、ふらりとこのお店に入って見ることにした。


 お店の中に足を踏み入れてみると、平日の午後一時をいくらか過ぎた時間であるのにもかかわらず、ほとんどの座席が埋まっていた。

 昼休みの時間が過ぎてもまだまだ客足は落ちていないということは、評判がいいお店なのだろうなとタスッタさんは思う。

 店員さんに案内をされて、タスッタさんはカウンター席に落ち着く。

 案内をしてくれた店員さんがすぐにお冷とメニューを持ってくるのだが、の途中で別の店員さんが運んで行く途中のトレーの上にある物体を目撃して、タスッタさんは目を丸くする。

「あれは、なんですか?」

「ハンバーグ定食になります」

 思わずタスッタさんがそう訊ねてしまうと、お冷とメニューを持ってきた店員さんはタスッタさんの視線の先をちらりと確認してから、平静な態度で説明してくれた。

 しばらく待ってみたが、追加情報はない。

 つまりこのお店は、あのこんもりとお皿の上に山なりになった物体のことを普通のハンバーグと認識されているらしかった。

 テーブル席に給仕されたそのハンバーグ定食を、二人組の白髪頭の紳士たちはなんでもないことのように受け入れて、さっそく箸をいれている。

 ああ、と、タスッタさんは思う。

 どうやらこのお店は、大盛りを売りにするお店であるらしい。

 いや、実際に売りにしているかどうかまではわからないのだが、あれがこのお店の標準サイズであるらしかった。

 そう思って周囲を見渡してみると、そのテーブル以外にも、やけに料理の盛りがいい席が散見される。

 ふむ。

 ならば、そのつもりで料理を選ぶことにしましょう。

 と、タスッタさんは決意を新たにしてメニューを開いた。

 丼からはみだすような唐揚げを乗せたおそばとか、拳大の焼売とか、タスッタさんにしてもたまたま二人とも立ち寄ったお店でそうした巨大メニューに当たった経験を持っている。

 そうした経験に照らしあわせてみれば、多少料理の量が多いといっても必要以上に怯む必要はなかった。

 実際に食べはじめてみると、意外に完食できるものである。

 ……ずっと同じ味が続くため、食べている途中で飽きてくるのが難点であるが。


 パラパラとメニューをめくりながら、タスッタさんはさりげなく視線をカウンターの内部で作業している人たちにむける。

 三人ほどが実際の調理作業にあたっているのだが、その誰もがテキパキと動いていて、躊躇する場面や動きが滞る場面が少しもない。

 見ていて気持ちのいい、いかにも専門家らしい働きぶりだった。

 キッチンまわりはところどころに油汚れが残っていたが、それを除けばおおむね清潔でもある。

 これならば、味の方は期待できそうだな、と、タスッタさんは考える。


 しばらく検討した結果、タスッタさんはメニューの中で一番勧されているメンチカツを頼むことにした。

 ホール担当の店員さんを呼び止めて注文を伝えると、

「単品ですか、定食ですか?」

 と確認をされる。

 定食にするとメンチカツに豚汁とライスがついてくるということだったので、定食の方にしてもらった。

 洋食屋さんなのに、豚汁かあ。

 と、タスッタさんは思う。

 似合わないような気もするが、そのミスマッチさがかえってよさそうな気もする。

 きっと地元の常連客に愛されている、いいお店なのだろう。


 カウンターの中の作業をぼんやりと眺めているうちに、タスッタさんが注文した料理がやって来た。

 注文を通してから五分程度は経っただろうか。

 一からこのキッチンで調理している様子なのに、想像していた以上に早かった。

 カウンターの上に載せられたお皿の上には、漠然と想像していたようにメンチカツがこんもりと山型に盛りつけされており、その上には茶色いドミグラスソースがたっぷりとかかっている。

 ああ、このお店はソースではなく、ドミグラスソースでいくのか、と、タスッタさんは思う。

 なんとなくメンチカツのような揚げ物にはソースをかけるものと思い込んでいたのだが、これはこれで美味しそうだ。

 メンチカツは何片かに切り分けられた状態で盛りつけをされているため、ナイフを使わずにそのまま箸だけで食べることができる。

 それと、ライスと豚汁。

 タスッタさんは早速箸を取り、豚汁の入ったお椀に口をつけた。

 そして一口口をつけただけで、

「あ。

 おいし」

 と思ってしまう。

 出汁がよく効いていて、一口だけでもその美味しさが実感できてしまう。

 そんな豚汁というものを、タスッタさんは初めて口にしたような気がする。

 これは。

 と、タスッタさんは思う。

 メンチカツの方も期待できるかもしれません。

 すぐ目前に実物が置いているのだから、その味を想像するよりも先に、タスッタさんは箸をのばす。

 ドミグラスソースがたっぷりとかかった一片を箸で掴み、口の中に運ぶ。

 噛んでみると、じわっと獣脂が、それもかなり上品な、さらりとした重くない獣脂が口の中に広がって、濃い味つけのドミグラスソースと混ざって、ちょうどいい感じになる。

 衣の部分も、サクッとしていて、揚げ物なのにまるで重くない。

 素材がいいのか、それとも調理法の問題か。

 噛むほどに挽肉とタマネギの風味が広がり。

 うん、これはかなり美味しい。

 ライスを一口頬張り、豚汁を啜って口の中をすすいでからタスッタさんはまた一片のメンチカツを取った。

 今度は、メンチカツの下に敷いてあった、大量の千切りキャベツと一緒に箸で摘む。

 いくら重くはないといっても、やはり揚げ物である。

 キャベツのようなつけ合わせがあると、やはりありがたい。

 今度は千切りキャベツと一緒にメンチカツを頬張ってみる。

 うん、いい。

 先ほどとは目先がかわって、ちょうどいい感じなっていた。

 次に、ライス、豚汁。

 あ、このローテーションはいいな。

 と、タスッタさんは思う。

 濃い味のドミグラスソースとメンチカツの次にライスが来て、その次にしっかりとした豚汁が来る。

 実際に食べる前は、あんまり大盛りだと、いくら美味しくても途中で味に飽きてしまうのではないかと危惧していたのだが、それはどうやら杞憂であったようだ。

 それぞれが別方向の美味しさを主張しているので、ローテーションしながら食べていくと、ちょうどいい。

 いや、ちょうどいいを通り越して、箸の動きが止まらない。

 うん、いい定食だ。

 と、タスッタさんは思う。

 一品ずつ出てくるコース料理とはまた別の美味しさが、こうした定食には存在する。

 これこそ、日本の洋食屋さんの醍醐味なのではないでしょうか。


 そんなことを考えつつ箸を進めるうちに、いつしかタスッタさんはメンチカツ定食を完食していた。

 すっかり食べ終わったあと、

「いいお食事でした」

 と、タスッタさんは思う。

 こういう出会いがあるから、出先で見知らぬお店にふらりと入るのがやめられないのである。

 流石に量が量だから、今はよくてももうしばらくすると物凄い満腹感に襲われそうな気がするのだが、あとのことはまたそのときに考えることにしよう。

 タスッタさんは幸福な気分でそのお店をあとにする。



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