滋賀県甲賀市甲賀町。松茸と近江牛すき焼きのあばれ食いコース。
この日、タスッタさんは山中にあるあるお店にいた。
珍しく、事前に予約をした上でお邪魔している。
というか、周辺の地域ではそれなりに有名なお店であるらしく、予約をしなければ入れないということであった。
一応和食のお店ということになるが、このお店のメインとなるのは、近江牛のすき焼きとそれに松茸である。
あばれ食いというコースでは、こうした高級食材が時間いっぱい食べ放題になるというのが、このお店の売りであった。
値段は相応に高めに設定されているものの、それでも一万円に届かない。
中身を考えると、割安感がある。
流行らないわけがない、と、タスッタさんは思った。
今、タスッタさんの前には熱々になったすき焼き鍋がおかれている。
その上に、ほどよく霜降りになっている、ピンクの薄切り肉をおいていく。
じゅわわっ、と、音をたてて薄切り肉の油脂が熱せられていく。
ほどよくお肉に火が通ったところで軽くわり下を回し入れ、おどろくほど大量の野菜と、それに松茸をどさりと入れてる。
鍋が煮えていくのを待つ間、タスッタさんは松茸の土瓶蒸しを飲んだ。
土瓶を傾けて中のエキスを湯のみの中に移し、口に含むと、それだけで松茸の香りがふわっと口の中に広がる。
松茸という食材に対して強い思い入れを持たないタスッタさんは、キノコの一種であるという認識しか持っていなかったが、それでもその強い香りにはそれなりの感慨を得てしまう。
これが、この国の、秋の香りなのか。
そんなことをしている間に、いい感じに鍋の中身が煮えてきたので、タスッタさんは取り皿に玉子を割り入れて軽くかき混ぜ、まずはお肉をお鍋の中から出して玉子に潜らせて、口の中に入れる。
熱かった。
はふはふいいながら噛みしめるたびに、お肉の旨みがじんわりと口の中に広がっていく。
いいお肉なのだろうな、脂が甘い。
次に松茸を玉子に潜らせて、口の中に運ぶ。
ああ、香りが。
熱せられたキノコ類の、頼りないような歯ごたえと、あの独特の香り。
うん、いい。
いいですね、これは。
とか、タスッタさんは思う。
松茸の方は、どうやら取れたてというわけではなく、どこからか持ってきて大量に冷凍保存されたもののようであったが。
それでも、風味は十分に堪能することができた。
第一、松茸もお肉も、どちらも煮汁を十分に吸っていて、おいしい。
これは。
と、タスッタさんは思う。
箸が、止まりませんね。
野菜も、おいしい。
これは地元で採れたものなのでしょうか?
そして鍋に残っていた火の通った野菜をかき集めて玉子の中に放り込み、まとめてから口の中に入れた。
ああ、秋。
それぞれの具材から染み出たエキスが混じり合う、お鍋特有の味。
タスッタさんはまた土瓶蒸しの汁を湯のみに移し、一気に煽った。
これは、食べ放題のあばれ食いコースにして正解。
いくらでもいただける気がします。
食べ放題といってもこのお店はお客の方が料理や食材を取りに行く、いわゆるビュッフェ方式ではなく、トレイを持った店員さんが店内を巡回して、
「お肉どうですか?」
あるいは、
「お野菜どうですか?」
とお客さんに聞いて回り、補充していく方式だった。
タスッタさんも早速声をかけてお肉と松茸、野菜などを新たに補充してもらい、すぐ鍋に入れる。
弱火にしていた火をほんの少しは強めて、具材が煮えるのを待つ。
お肉を入れるとじゅーっと音をたてて、お野菜を入れて少し待つとぐつぐつと音をたてはじめる。
煮詰まりすぎないように、ときおりわりしたを足していく。
ひとくちにすき焼きといっても関西風とか関東風とか、何種類かの作り方があるのであるが、異邦人であるタスッタさんはそうした調理法についての細かい拘りなどなく、具材に火さえ通っていればそれでいい、くらいの気分でいる。
いよいよまた具材が煮えてきたので、今度はお豆腐を、はふはふいいながら口にした。
これも、熱くて煮汁がよく染みていて、大変においしい。
そしてお肉と松茸を玉子の受け皿に取り、その上で松茸をお肉で包んで口の中にいれる。
うん、いい。
想像していた通りに、おいしかった。
食材の値段を考えると、普段なら絶対にできない食べ方でもある。
ああ、贅沢だな。
と、タスッタさんは思う。
材料の値段だけのことではなく、旬の食材をふんだんに、これでもかと大量に摂取することができるこの贅沢。
タスッタさんは松茸についてさして思い入れがあるわけでもなく、事実、実際に口にしたのはこれがはじめてのことであったが、実際に食べてみるとなかなかおいしい。
なにより、香りがよく、季節の味という感じがする。
ただ、どちらかというと、近江牛やお野菜の方がタスッタさんの口にはあったようだが。
いずれにせよ、この日、タスッタさんは秋の味覚を満喫していた。




