山形県山形市。地元商工会主催の芋煮会。
見あげるような大鍋の中身を、重機がゴツいアームを振りかざしてかき混ぜていた。
ちなみに、火力は盛大に燃えさかっている薪による。
いくら三万食からなる煮物を作るためとはいえ、ここまで大掛かりな形で料理をする必然性はどこにもない。
強いていえば、会場までわざわざ足を運んできた人たちと、それに報道を通してこの場を目撃する人たちにむけたパフォーマンスが目的ということになるのだろう。
少し前に都内で行われた野外イベントにも参加した経験があるタスッタさんであるが、あのときは少なくとも調理の過程自体は平凡なものであった。
でも煮物は、一度に作る量が多ければ多いほど味が染みておいしくなるというし、これはこれでアリなのか、とか、タスッタさんは思う。
半ば呆れながら、ではあったが。
あいにくの曇り空の下、広大な河川敷にかなりの人数が集まっていた。
日曜であることもあって、家族連れの姿が多いように思う。
メインである芋煮会の他に、いくつか屋台や出店なども出ていて、そちらも盛況であるようだ。
人が多いこともあって、周囲はどこか浮かれた、お祭りのような雰囲気を漂わせている。
いやこれは、一種のお祭りではあるのか。
と、タスッタさんは思い直す。
秋の豊穣を寿ぎ、おいしい食物を大勢で堪能してお互いの息災を祝う、おそらくはそんなお祭りなのだ。
具体的な神仏を崇めるようなお祭りでこそないものの、これはこれで真摯な祭事なのではないか、とか、タスッタさんは思う。
ともあれ、少々肌寒い中、しばらく並んでからタスッタさんもようやく芋の煮物にありついた。
里芋と牛肉、コンニャクとネギとかがたっぷりと入った、熱々の煮物だ。
どれも吟味された材料を使っているということだったが、そんなことよりもしばらく待たされたタスッタさんとしては、この暖かさがありがたかった。
まずはプラスチックの器に直接口をつけて、一口すする。
材料のエキスがたっぷりと染み込んだ熱々のスープを嚥下すると、喉元から胸にかけて熱がおりていく。
ほっとするような味つけであったが、 それと同時にその熱さ自体が最高のご馳走に思えた。
はふはふいいながら、箸をつけて具の方をいただいていく。
主役の里芋は当然のこととして、牛肉やネギ、コンニャクに至るまでがいちいちおいしく感じる。
シュチュエーションの影響、というのも、当然あるのだろう。
それでも、
「なんでこんなにシンプルな煮物を、ここまで美味しく感じるのでしょうか?」
と、疑問に思ってしまうほどに、美味しく感じられた。
おそらくは、どこかの屋内でまるで同じお料理をいただいたとしても、ここまでは美味しく感じないのだろうなと、そんなことも、思ってしまう。
でなければ、この芋煮会という行事そのものがここまで長く続いている訳がないのだ。
料理とは、その料理の中だけで完結しているものではなく、その料理が手元にくるまでの状況、あるいは実際にいただく時の周囲の雰囲気までを含めて味が完成するのだな、と、タスッタさんはそんな風にも思う。
だからどんな料理でも基本的には一期一会であり、しっかりと一食一食を大切に堪能しなければならない、とも。
たとえばこの芋煮会なども、一年に一度程度だからいいのであって、もっと頻繁に食べていたら、かえってありがた味というものがなくなってしまうのではないだろうか、とかも、思った。
ともあれ、タスッタさんははじめての芋煮会について、かなり満足している。




