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腹ぺこエルフさん放浪記  作者: (=`ω´=)


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東京都品川区。イベント会場のサンマ。

 日曜の朝早くから、タスッタさんはその行列の最後尾に加わった。

 タスッタさんが目黒駅東口にできたその行列に加わったのは午前八時少し前であったが、そのときにはすでにかなり長い行列ができていた。

 なぜその日、タスッタさんが目黒駅にまで出てその行列に加わったのかといえば、すべては極上のサンマのためである。


 おそらくは秋が旬の魚かなにかについて調べていたときかなにかだと思うのだが、とにかくタスッタさんは目黒の周辺で極上のサンマの炭火焼きを配布するイベントがあることを知った。

 そしてそのイベントの存在を知って以来、タスッタさんは行きたくて行きたくて仕方がなかった。

 各地の漁港から、かなり上物の新鮮なサンマが送られてくるらしい。

 そんな新鮮なサンマの炭火焼きともなれば、たとえ無料でなかったとしても、食べたくなるに決まっているではないか。


 タスッタさんがその列に加わったのは午前八時前くらいであったが、そんなに早い時間であるのにも関わらず、すでにかなり長い行列ができていた。

 サンマの配布が始まるのが午前十時だというのに、かなり早くから大勢の人たちが行列を作っている勘定になる。

 なんなんでしょうか、この食に対する情熱は。

 と、タスッタさんは自分のことを棚にあげてそんなことを思う。


「十時から元ネタになった落語もやるっていうことだけど」

 行列の、タスッタさんの位置よりも少し前に陣取っている若者たちがそんな会話をしている。

「すぐにその目黒のサンマがかかるわけではなくて、その前に前座とか漫談があるみたいだけど、それもAMラジオで中継されるって」

「どういう内容なのでありますか?

 その、目黒のサンマとは」

「知らない?」

 小柄な、可愛らしい顔立ちの子が連れ合いらしい大柄な青年にむけて首を傾げる。

「意外に有名な噺だと思うんだけど」

「あいにく、落語にはあまり詳しくはないもので」

 身長二メートルくらいはありそうな、上背も厚みもある体つきの青年が丁寧な口調でいう。

「お笑いといえば、落語よりは漫才の方がまだしも身近でありますし」

「そうかも知れないね」

 小柄な方が、外見に似合わないハスキーな声で応じた。

「テレビでも、落語家よりも芸人さんばかり見るし。

 改まって落語を聞くような機会も、普通はそんなにないか。

 その点ぼくなんかは、日本語に外から接していたからなあ。

 詳しくは内容はこれからやる落語を聞いた方が早いと思うけど……」


 行列に並んでいる人たちの年齢と性別は雑多だった。

 強いていえば、タスッタさんが並んだ前後から家族連れが多くなってきたように感じる。

 タスッタさんのように単身でこの列に加わった人はあまりいないようで、大抵の人たちは周囲の人たちとおしゃべりに興じていた。

 そうした周囲のおしゃべりを聞くともなしに聞くことによって、タスッタさんは同種のイベントが目黒周辺で年に二回行われること、ひとつは商店街の主催で、もう一方は目黒区の主催であること、今回タスッタさんが並んでいる方は商店街主催の方であること、JR目黒駅は実は品川区内にあることなどの情報を入手する。

 そのどれもが、知ったからといって得をするというわけでもない、他愛のない内容であった。


 そんなことをしながら待ち続けるうちに午前十時に近づき、行列が少しずつ前の方にずれ出していく。

 どうやらイベントの主催側が、列を捌くために予定よりも少し早めてサンマの配布を開始したらしい。

 タスッタさんにしてみれば、早くサンマにありつけるのであれば、それに越したことはなかった。

 行列は順調に消化されていくように見えたが、それでもタスッタさんが実際にサンマにありついたのは正午少し前だった。


 炭火によってこんがりと焼かれたサンマが、串に刺さった状態でタスッタさんの手元にある。

 小さなものだったが、スダチを切ったものまで手渡された。

 串に刺さったサンマの身にスダチを絞り、そのままかぶりつく。

 スダチの風味と脂がよく乗ったサンマの身とが、口の中で混合した。

 パリッとした皮とふわふわな身に、じわっとあふれる脂とスダチの酸味。

 タスッタさんもこれまでに様々な焼き魚をいただいて来たわけだが、その中でもこれは一、二を争う美味しさなのではないか。

 一口食べて嚥下したタスッタさんは、その美味しさに驚いてしばらくその場で棒立ちになってしまった。

 同じサンマでも、物が上質で新鮮で、調理法がちゃんとしていれば、ここまで美味しくなるのか。

 ほとんど恍惚とした様子で、タスッタさんはそんなことを思う。

 行列で長く待たされたおかげで空腹になっていたということもあるのだろうが、その分を差し引いても、かなり美味しい。

 なんでお魚を炭火で焼いただけのものが、ここまで美味しいのでしょうか。

 とか思いながら、タスッタさんは残りのサンマをごく短時間のうちに平らげた。


「おーい。

 おおい、ひでちー。

 ここにいたのか」

 そんなことをいいながら、茶髪の若者がタスッタさんの少し前に並んでいた大型な青年と可愛い子に近づいて行く。

「お前らは無事にありつけたのか」

「あっきーも寝坊さえしなければ食べられたのに」

 可愛らしい顔つきの子は、静かな口調でそう応じた。

「これ、かなり美味しいよ。

 サンマの概念が書き換わるくらいに」

「そんなにか」

 茶髪の若者はそういって頭を掻いた。

「じゃあ、目黒区がやるやつは寝坊しないようにしないとな」

 年恰好から推測して、学生さんたちだろうか。

 若者たちはそんな会話をしながら、遠ざかって行く。

 そのうしろ姿を眺めながら、長く待たされたけど、実に有意義なイベントでしたとタスッタさんはそう結論した。



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