神奈川県横浜市神奈川区。中華料理店の冷面と焼売。
うだるような暑さの中、タスッタさんは例によって入りやすいお店を捜してさまよっていた。
入りやすいお店とそうではないお店を隔てる基準はタスッタさん自身にしかわからず、しかも第三者には説明不能であった。
いわゆる、勘だよりというやつである。
この周辺を歩いていると大盛りで有名な系列ラーメン店の看板がやけに目につくのだが、この暑い中あんなこってりとした脂分マシマシな代物を食べたくはなかった。
六角橋交差点というところをひょいと曲がるといい感じに古ぼけた感じの中華料理店が見つかったので、タスッタさんはとりあえず暑さから退避をするためにそのお店に入ることにする。
外から見た印象でも中に入ってからの印象でも、こじんまりとした、昔ながらの中華料理店といった感じだった。
お店に入るとすぐに年配の女性店員さんが、
「空いている席、どこでもどうぞ」
と声をかけてくれる。
タスッタさんがカウンター席に着くと、すぐにお冷を持ってきてくれた。
そのお冷に口をつけながら、タスッタさんはメニューを開く。
この暑さの中、ここまで歩いてきた身からすると、単なるお冷が非常にありがたく思えた。
メニューの内容は、だいたい普通の中華料理店のそれであった。
ただときおり、漢字の使い方などに違和感をおぼえる部分もあったが、内容が理解できないほどでもない。
「冷面、というのは冷やし中華のことですかね」
とか、タスッタさんは思う。
冷面とは冷麺ということなのだろうな、と推測をつける。
簡字体を使用する文化圏もあるわけだから、こういう書き方をする国もあるのだろう。
まずはこの冷面をメインに。
これだけでは寂しい気もするから、もうひとつ点心っぽいものを頼むことにしよう。
さて、なにがいいでしょうか。
餃子……は、ありがちだし少々食べ飽きているきらいもある。
ここは焼売でいきましょうかね。
どうやら、本場の人がやっているお店のようですし。
と決意し、タスッタさんは先程の店員さんを呼び止め、注文をした。
昼休みの時間をいくらか過ぎていることもあって、お客さんの入りはまばらだった。
半分以上の席が空いている感じだろうか。
頼んだものが出てくるまでの間に、タスッタさんはお冷をちびちちび消費しながら、さり気なく店内の様子を確認する。
すると、店員さんができた料理を運んでいる風景が目に入った。
その様子のある部分を見て、タスッタさんは思わず目を見開いて小さく声をあげてしまう。
「え?」
その店員さんが持っていたお盆の上には、特大といってもいいサイズの餃子がどでーんといった感じで鎮座していたのだ。
ひとつの餃子が、目測で十センチ以上は確実にある巨大サイズであり、一皿の中にその巨大餃子が五個も、こんがりと焼色のついた底面を上にして並んでいる。
十センチオーバーの巨大餃子が並んでいる姿は、遠目からみても壮観だった。
その餃子を頼んだのは年配の男性二人組であったが、まだ日も高いというのに二人して差し向かいでビールを飲みながら早速その餃子に箸をつけていた。
ああ、確かにあの餃子とビールは、相性がよさそうだな、とかタスッタさんも思ってしまう。
ではなく。
タスッタさんは慌ててメニューを手に取り内容を確認した。
メニューには、普通の餃子はあるが巨大とかジャンボという形容のついた餃子はない。
ということは、このお店では餃子を頼めば普通にあれば出てくるのだろう。
と、いうことは。
タスッタさんは疑問に思った。
焼売も、やはり大きいのでしょうか?
冷面と焼売は同時に配膳された。
そして焼売は、予想していた通りに大きい。
焼売は一個がタスッタさんのこぶしよりも一回り大きなくらいで、それが五つ揃って一人前。
これだけでも、お腹がいっぱいになりそうだな、と、タスッタさんは思う。
そしてなぜか頼んでいない杏仁豆腐の小鉢までついてきた。
どうやら、サービスということらしい。
メインの冷面は、餃子や焼売ほどには極端に大量に盛られているわけではなく、普通サイズだった。
山形に盛られているせいか、それでも普通よりは大盛りに見えてしまう。
お皿の上に中華麺が綺麗な山形に盛られ、その表面に錦糸玉子や千切りにされたキュウリ、焼豚、鶏肉、クラゲが乗せられ、山形の山頂に当たる部分にかなり大きなエビが丸まった姿で乗っている。
うん。
日本人が普通に想像をする、冷やし中華ですね。
と、タスッタさんは思う。
もう一方の焼売に関しては、餡が皮の中に収まりきらずに大きくはみ出しているところからみても、到底普通の焼売と呼ぶことはできなかったが。
いや、大きいだけで味は普通なんでしょうけど、とか、タスッタさんは予想をする。
冷面はとりあえず置いて、タスッタさんはまず気になる焼売の方に箸を着けてみることにした。
この大きさの焼売にそのまままるごとかぶりつくつもりもなく、タスッタさんは箸で切り分けて、焼売の一部を口の中に運ぶ。
箸を入れてみた感触は思いの外柔らかく、そして断面からは肉汁が溢れてきていた。
大きさはともかく、味の方は期待のできるのではないか。
そんな予断は裏切られることなく、口の中に挽肉と火が通った葱の甘い風味が広がる。
うん。
そうだ。
なんというか、普通の焼売だ。
焼売というのは、確かにこういう味だった。
とか、一人相槌をうってしまうような味だ。
奇をてらったような外見に反して、中身はかなりまっとうということかな。
いや、平均よりもかなり美味しい部類かもしれない。
ただ、これだけの量があると、全部食べ終わる頃には途中で飽きてしまいそうな気もするが。
続いて、冷面の方に箸をつける。
山を箸で崩して表面に配してあった具と軽く混ぜ、タレと麺をなじませた上で、啜ってみる。
麺は中華麺で、タレは醤油ベースでお酢が入っていて、という、何の変哲もない冷やし中華だった。
その平凡な冷やし中華が、この暑い中、歩いてきた身にしてみれば大変にありがたい。
冷たくて、具のひとつひとつが麺とうまくからみ合っていて。
それでいて、ちゃんと食欲を刺激する工夫がなされている。
こうした冷やし中華というのは、おそらくはきちんとした中華料理というよりは日本発祥の和製中華料理なのだろうが、少なくとも夏いの暑い盛りにいただく料理としては、とてもおいしいと思う。
タスッタさんは普通の冷面とボリュームがありすぎる焼売とに交互に箸をつけながら、食事をつづけていく。
焼売も、量が多いということを除けば決しておいしくないわけではない。
味に飽きないように、冷面と交互に食べていけばなんとか完食できそうだった。
「ふう」
なんとか冷面と焼売を完食したタスッタさんは、小さく息をついておもむろに杏仁豆腐の小鉢を手にした。
正直、お腹はいっぱいだったが、この小鉢の杏仁豆腐ならばまだ入りそうな気がする。
いや、杏仁豆腐だからこそ、か。
こうした食事のあとにはぴったりのデザートだな、と、タスッタさんは思った。
実際に食べてみると、その杏仁豆腐はどこかで、いや、今までに何度も食べたような味と風味がした。
おそらくは出来合いの、どこから買ってきたものをそのまま小鉢に分けて出しているだけなのだろう。
でも、その食べ慣れた味が今はちょうどいい。
満腹なはずのお腹の中に、するりとはいっていくのだった。
ここまで満腹になれば、これからの先も暑さに負けずに過ごせるはずだ、と、タスッタさんはそんなことを思う。