福岡県博多市。厳選黒毛和牛赤身ももレアステーキランチ。
よく晴れた暑いこの日、タスッタさんは博多に来ていた。
より正確にいうのならばJR博多駅の筑紫口を出た当たりでうろついている。
いうまでもなくタスッタさんが博多に来るのははじめてのことであり、どこになにがあるのかという土地勘も皆無に等しい。
タスッタさんによる初めての博多の印象は、
「首都圏とあまり変わらないなあ」
というものであった。
博多駅周辺は九州新幹線と在来線、それに福岡市地下鉄が乗り入れしており、 従ってそれだけ人の往来も激しい場所であるようだ。
ビルが林立する駅の周辺だけを観ていると、東京周辺のオフィス街とさして変わらないような風景だった。
賑やかでよく栄えている地方都市、というのが実態に近い評価だろうと、タスッタさんは思う。
さて、そんな博多に来たタスッタさんは、例によって食事をする場所を探していた。
有名な屋台料理やラーメンとかは夜にとっておいて、昼食はなにか別な料理をいただきたいところである。
例によってタスッタさんはあてもなく周囲をうろつきはじめた。
「ここ、かなあ」
あるビルの前で、タスッタさんは呟く。
何件かの飲食店テナントが入っていて、上層階はオフィスとして使われているビルのようだ。
かなり大きくて二棟に別れており、飲食店が入っているのはそのうち一棟の一階と二階部分らしい。
結構日差しがきつい日だったので、この時にはタスッタさんは、どこでもいいから屋内に入りたいという気分になっていた。
このビルに入っている飲食店、すべてが外れということもないだろう。
そう思いたって、タスッタさんはそのビルの中に入っていく。
そのビルの中をざっと見た結果、タスッタさんはそのビルの中でテナントとして入っているお飲食店のうち、二階にある鉄板焼きのお店を選んだ。
他のお店はカフェであったり飲みが主体であったりして、昼食にはむかないと判断したからだ。
それに、どうやらお肉が売りのお店であるらしく、特にランチタイムはかなり良質のお肉を比較的リーズナブルな値段で焼いてくれるようだった。
その分、量的には加減されるようだったが、お昼にあまり重い食事をしたくもないので、タスッタさんとしてはそれで文句はない。
お店の中に入ると店員さんにまず予約の有無を確認され、予約はしていないけど入れますかと尋ねると入れますと返されてカウンター席に案内された。
まだ昼前ということもあり、お客さんの入りはまだまばらだ。
タスッタさんは早速メニューを確認した上、ランチ限定の厳選黒毛和牛赤身ももレアステーキというセットを注文する。
お肉自体は120gとステーキにしてはボリュームが足りないくらいであったが、ご飯や焼き野菜、サラダ、お味噌汁にコーヒーまでがついた定食仕様としては、これでも十分だろう。
なにより、お肉自体のグレードが高そうだった。
鉄板焼きのお店だけあって、お肉と野菜はカウンターを挟んですぐそこの場所で焼いてくれる。
焼いているところを見ていたところ、赤身肉という割には白い脂身も入っている肉質だった。
お肉は表面にざっと火を通しただけの感じで、すぐに切り分けてこちらに出してくれる。
そのお肉や野菜などが焼きあがるとの前後して、ご飯やお味噌汁などもタイミングよく提供してくれた。
店員さんが手馴れているな、とタスッタさんは感じる。
もちろん、その逆であるよりはこちらの方が遥かにいい。
タスッタさんは箸を取り、お味噌汁を一口啜ってからまずはメインのお肉を食べてみることにした。
口の中に運んでみると、お肉は熱くて柔らかく、そして噛むたびにさらりとした甘い脂肪分がじんわりと口中に広がっていく。
うん。
これは、かなりいいお肉だ。
と、タスッタさんは内心で頷く。
これだけサシがはいっているのににもかかわらず、まるで重くない。
脂肪自体が、かなり良質なのだ。
おそらくは国産で、それもかなり気を入れて牛を育成している産地のものだろうと、タスッタさんは予想した。
意外に脂が強いので、下手なソースをつけるとよりも少し塩を振る程度でちょうどいいのかも知れないな、とタスッタさんは思う。
お味噌汁は赤味噌を使ったもので、これとご飯があるだけでぐっと和食っぽくなる。
異論はあるかもしれないが、良質のお肉とご飯は、意外に合うと思う。
おかずとしての、和牛。
贅沢かなあ。
贅沢なのかも、知れないなあ。
そんなことを思いつつ、タスッタさんはレアステーキとご飯、お味噌汁、サラダなどを順番に、無心に、テンポよく箸をつけていく。
決してがっついているわけではなかったが、見ていて気持ちの良くなる食べっぷりだった。
良質の素材をシンプルな方法で調理しただけのその料理は、それほどにタスッタさんの口に合った。
ステーキ単体でいただくときは、どちらかというと脂肪分がほとんどないような、あまり和牛っぽくはない肉質の方をタスッタさんは好むのだが、定食の中の一品としてならば、こうしたお肉もありかも知れないな、とか、タスッタさんは思う。
なにより、お肉の量自体が少ないからこそ、これだけの油脂分を含んでいても食べていて飽きが来ない。
ただひたすら無心に食べ続け、気づいたらタスッタさんは出された料理をすべて食べ尽くして食後のコーヒーをいただいていた。
タスッタさんは心地よい満腹感と、それに満足感に浸っている。
たまたまこのお店だけが当たりなのか。
それとも博多の飲食店は総じてレベルが高いのか。
その真偽については、今夜出入りするお店で確認することができるだろう。
タスッタさんはこの時間から「今夜はなにをいただこうか」などと思案している。




