東京都港区。専門店の汁なし担々麺。
新橋には以前も来たことがあり、そのときは居酒屋で期せずして大盛りであった刺身定食をおいしくいただいたわけだが、さて今日はどこに行きましょうか、と、タスッタさんは思う。
タスッタさんは今、駅前SL広場に来ていた。
この辺はいわゆるオフィス街であり、人出も飲食店も多い。
午後一時を少し回ったこの時間でも、かなりの人たちが駅前をうろついていた。
少なくとも、場所柄的に入るお店に困るということだけはないかな、とタスッタさんは思い、周辺を見渡す。
飲食店らしい看板はいくらでも見つかるのだが、多すぎてかえって目移りする。
しばらく周囲を歩き回った後、もうどこでもいいやという気分になり、とりあえず目についた看板を目指して歩いて行く。
「汁なし担々麺の専門店、ですか」
タスッタさんはまだ担々麺を経験したことがなかった。
幸いなことに、今日は梅雨の合間の夏日。
辛いものを食べて汗をかくのには絶好の日和でもあった。
ここにしますか、と思い、タスッタさんはそのお店の扉をくぐる。
お店に入るとすぐに券売機があった。
そうか、ここは最初に食券を購入するシステムかと思い、券売機の前に立ってざっと眺める。
どうやら、担々麺とサイドメニュー、それに飲み物しかないらしい、シンプルな構成のようだった。
辛さは選べるようだけど、このお店に入るのは最初だし、激辛でも大辛でもなく辛口を選択。
他に山椒味というのがあってこれにも興味を惹かれたが、まずはこのお店のスタンダードを知るためにあえて一番基本になりそうな物をチョイスする。
同様の理由で、ネギ増しや肉増し、温泉玉子もつけず、お腹もさして減っていなかったのでライスもつけなかった。
空いていたカウンター席に座り、食券を店員さんに手渡し、カウンターに表示されている「おいしい食べ方」などというプレートになにげなく目を通していると、五分もしないうちに注文したものが出てくる。
予想していたよりも、早い。
メニュー数が限定されていることと、それに立ち食いなどと同じく作業が定型化しているからだろうなと、そんなことを思った。
割り箸を取ってカウンターに出ていた「おいしい食べ方」に記載されていたとおり、まずは麺をよくかき混ぜる。
二十回、三十回とかき混ぜていくと、いかにもそれっぽい辛そうな香りが鼻腔の中に入って来る。
同時に、肉味噌と糸辛子、それに大盛りに乗っていた刻んだ万能ネギとタレが麺によく絡み、どんぶりの中からタレがほとんど見えなくなった。
うん。
これで、名前の通りに汁なしになった。
ここまで混ぜればもう十分かな、と思ったタスッタさんは、まずは一口麺を啜ってみる。
想像していたよりも辛くはない。
いや、辛いといえば辛いのだが、どこかで経験をしたことがある、シンプルな辛さ。
ええっと。
と、タスッタさんはこれまでに経験した辛味の中から、この辛さに一番似ているものを思い出そうとする。
ああ、これはラー油だ。
と、すぐに思い当たった。
少しラー油的な辛さに続いて、ピリピリと舌が痺れてくるような感覚がようやく襲ってきた。
これが、山椒なのかな。
でも、これも、想像していたようなインパクトはない。
カウンターの上には調味料がいくつか出ていたので、味の調整は各自でやってくださいということなのか。
ほんの少しの失望を感じながら、タスッタさんは卓上から山椒の小瓶を手に取ってざっとどんぶりの中身にふりかけ、再度食べてみる。
今度は、さっきよりもよほど強い痺れる感覚が襲ってきた。
麺はあまり縮れていない細麺で、つるつるしている。
そのままだと、辛味とかよりはお肉の旨味の方が強いくらいかな、とか思いながら、タスッタさんは麺を啜る。
その辛味もあまり深みがなく、ラー油的な辛さと山椒の痺れがあまり絡み合っていないような印象をうけていた。
決してまずいわけではないけど、このお店の担々麺は一度食べれば十分かな、と、タスッタさんは思う。
正直なところ、もう一度食べたいと思えるほどの味ではなかった。
深みはないにせよ辛いこと確かであり、その証拠にタスッタさんの顔にはいつの間にか玉の汗が浮かんでいる。
ハンカチを取り出してその汗を拭いながら、タスッタさんはいくらも時間を掛けることなく汁無し坦々麺を完食した。
完食後、一気に水を飲み干してからタスッタさんは席を立つ。
一言でいえば、微妙な出来だと思った。
おそらく、このお店で出すものよりもおいしい汁なし担々麺は、捜せばいくらでもあるはずである。
値段相応の味というか、一見客には困らないこういう場所ならば、十分にやっていけるレベルなのだろう。
しかしタスッタさんは、なんとなく割り切れない気持ちを抱きながらそのお店を後にする。
今回は、ハズレ。
と、タスッタさんは思う。
毎回、当たりというわけにはいかないし、たまにはこういう日もあるさ、とタスッタさんは心中で自分自身を慰めた。