鳥取県米子市。ビジネスホテルの朝食バイキング。
タスッタさんはその朝、起床してからまず顔を洗い、身支度を整えてから狭い客室をあとにした。
なんだかんだあり、昨夜、寝入ったのがかなり遅い時間になってしまったので、意識はまだ薄ぼんやりとしている。
それでも、まっすぐにそのホテルの一階にあるレストランを目指す。
そこで朝食バイキングをいただけるはずなのである。
そのバイキングの分も宿泊料金に含まれている以上、利用しない手はなかった。
ビジネスホテルというものは、どこへいっても代わり映えしない雰囲気の場所だなあ、とホテルの廊下を歩きながらタスッタさんは思う。
適度に清潔で、しかし雰囲気や客室の調度などのは画一的。
タスッタさんの場合、できるだけ安い部屋を取るようにする習慣があるからなのかも知れないが、清潔で狭くて安っぽい内装は、どこに泊まっても共通していた。
観光客向けのリゾートホテルなどとは違って、コストを追求した結果、そうなってしまうのだろうが。
しかしタスッタさんは、そうした素っ気なさと機能性とが肉薄している、安っぽい簡素さというのが決して嫌いではない。
バイキングをやっているレストランというのは、結構広いお店であった。
朝食の時間帯以外には、普通に営業をしているお店だという。
タスッタさんと同じような宿泊客と、それに地元の人たちらしいお客さんたちが、すでに店内で食事をしていた。
宿泊客以外のお客さんは、自然とよりラフな服装になっているので、なんとなくそうと察することができる。
お客さんの入りは、全席のだいたい半分といったところか。
場所柄を考えると、これでもいい方なのかもな、とタスッタさんは考える。
お店の入り口でチェックインのときに渡された朝食券を提示すると、そのまま通された。
タスッタさんは入り口付近に置いてあったトレーを手にして、食品を取る列に並ぶ。
適当な大きさの皿をトレーに幾つか並べながら、その上に料理を盛りつけていく。
当初こそまだ朝だから軽めに済まそうと思っていたのだが、いざ料理を取っていく段になると、ついついあれもこれもと目移りして盛りすぎてしまう。
チーズオムレツにサラダ、ロールパン、コーンスープくらいまではいいにせよ、その上に小籠包と餃子、アジの開きまで取ってしまい、さらに飲み物ととしてオレンジジュースがつく。
まあ、このくらいならば十分に食べることができますか、と、タスッタさんは思う。
和洋中全部入りのバイキングというのは、これだから怖い。
流石に種類が多い分、一品あたりの量は少なめにしておいた。
まずはオレンジジュースを一口、口に含み、チーズオムレツをフォークで切り分けて口に運ぶ。
まだ十分に暖かく、噛むとじわりと半熟の玉子とチーズの風味が口の中に広がる。
あまり期待していなかっただけに、タスッタさんはそのおいしさに軽い衝撃を受けた。
ロールパンもちぎって食べてみるが、出来合いのものを買って並べただけではなく、どうやら近くで焼いてからまだ時間が経っていないものだったらしい。
最初はそのままで食べてみて、その次にジャムをつけて食べてみる。
うん。
おいしい。
甘いコーンスープで口をすすいでから、タスッタさんは箸で小籠包をつまんで口に運ぶ。
軽く噛むと薄い皮が弾けて熱々の汁がばっと口の中に広がる。
熱い。
そして、うまい。
これも、意外なほど本格的な点心だった。
餃子は、水餃子でも焼き餃子でもなく、蒸したもので、噛んでみると予想外の歯ごたえであり、じんわりと肉汁が染み出してくる。
中身がぎっしりと詰まっている歯ごたえだった。
これならば、何個でもいただけるかも知れない、と、タスッタさんは思う。
洋食と中華がこれだと、和食の方も期待できるのかも知れませんね。
タスッタさんはそう思い、再度列に並ぶ。
新たに、ご飯と味噌汁、味つけ海苔を持ってきた。
これくらい用意しておかないと、あじの開きと釣り合いが取れないような気がしたのだ。
すでに空になっていた皿を脇にのけて、まずは味噌汁を一口。
なんの変哲もない豆腐とわかめの味噌汁であったが、ふんわりと出汁の風味を感じて、そのあとに味噌の香りが追ってくる。
その出汁が、どうもタスッタさんがこれまでに経験したことがないような風味だった。
鰹節でも煮干しでもないような、でも煮干しに近いような。
なんだろう、これは。
疑問に思いながらタスッタさんは次に、あじの開きに箸をつけた。
身をほぐして一口、口の中に入れる。
若干冷めかけてはいたものの、それでもまだまだ十分においしい。
なんだろうな、これは。
材料が新鮮だからか。
そんなことを考えつつ、タスッタさんは味つけ海苔を一枚、ご飯の上に乗せ、海苔でご飯をくるんで口の中に入れた。
食べている最中、空いた皿を下げに来てくれた店員さんがさり気なくほうじ茶の入った湯のみを置いていってくれる。
「あの」
タスッタさんは、その店員さんに声をかけてみる。
「お聞きしてもよろしいでしょか?」
「なにかありましたか?」
「この味噌汁の出汁は、なんで取っているんでしょうか?」
「ああ。
よく聞かれます」
店員さんは大きく頷いてから教えてくれる。
「それはアゴですね」
「アゴ?」
タスッタさんの表情を見て、さらに詳しく教えてくれた。
「トビウオのことです。
干物とかにして、こちらでは普通に使うんですよ」
「ああ」
タスッタさんはようやく腑に落ちた。
「トビウオの干物、ですか」
タスッタさんも、トビウオを食したことはなかった。
はずだ。
知らずに食べてきたことがなければ。
地域性とかもあるんですかねえ、とか、そんなことも思う。
「アゴでしたら、あちらに練り物にしたものが出ていますよ。
アゴのちくわとか」
さらに詳しい情報を教えてくれる。
「小骨が多い魚なんで、特に最近の人はそのままで食べることがほとんどなくなっているようですが」
加工食品はその限りではない、ということらしい。
もちろん、タスッタさんは早速アゴのちくわも取りに行く。




