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腹ぺこエルフさん放浪記  作者: (=`ω´=)


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22/180

神奈川県鎌倉市。洋食屋のビーフシチューセット。

 昨夜の夜半から雨が続いていたせいか、行列は短っかった。

 たまたまそのお店の前を通りかかったタスッタさんが、

「あ。

 これならばひょっとして」

 案外スムースに中に入れそうかな、と、そんなことを思う。

 なにしろ観光地という場所柄でもあり、その上このお店は各種のガイドブックなどでも必ず取り上げられるような有名店である。

 おまけに予約も取らないそうであるから、確実に食べるためにはそれこそ開店前から行列に並ばなくてはならない。

 かくいうタスッタさん自身も、そうしたガイドブックによってそのお店の存在を知り、その上で、

「そこまでして食べたくはないかな」

 と一度は諦めたお店であった。

 だが、この行列の短さを目のあたりにすると、

「今ならばいけるのではないか」

 という邪心がむくむくと頭をもたげてくる。

 気づくと、タスッタさんはその行列の最後に並んでいた。


 傘をさしながらしばらく順番を待った末、ようやくタスッタさんの順番が来る。

 案内されるままに古ぼけた木の潜戸を通って石段を登り、昔風の民家をそのまま利用したお店の中に入る。

 鎌倉市の景観重要建築物にも指定されている昭和初期の建築物で、数寄屋造りというのだそうだ。

 適度に歴史を感じさせる建物の中に入り、タスッタさんは物珍しそうに周囲を見渡した。

 座敷席にある小さな座卓に案内され、靴を脱いでその席に着いてから、タスッタさんはメニューも開かずに店員さんに注文を告げる。

「ビーフシチューセットをお願いします」

 お店に入る前から、ガイドブックを見た時からいつかはいる機会があればこれを頼もうと決めていたものだった。

 この好機を逃すわけがない。

「セットですと、ご飯かトーストを選べますがどちらになさいますか?」

「トーストでお願いします」

「コーヒーか紅茶がつきますが、どちらになさいますか?」

「……紅茶でお願いします」

 少し考えてから、タスッタさんはこうした場所で出されるような紅茶がまずいわけがないだろうと結論した。

 お冷を置いた店員さんが去ってから、タスッタさんは店内を見渡す。

 少し昔風の日本の民家というだけでも、梁などの建物内の細かい造作がタスッタさんには興味深く感じられた。

 それ以外にも、テーブル席のむこうに池や石灯籠などがある緑に溢れた庭園が視界に入ってくる。

 流石は観光地、風情があるなあ、と、タスッタさんはそんな風に感心してみせた。


 メニューが限られているせいか、タスッタさんが注文した料理はすぐに出てきた。

 かなり大きな角切りのお肉と、それに野菜がごろごろ入ったビーフシチューとサラダ、それにトーストのセットだ。

 褐色のデミグラスソースの中に泳ぐお肉と野菜の大きさに内心でぎょっとしながらも、タスッタさんはさっそくスプーンを手に取る。

 そしてまず、角切りの大きなお肉をスプーンで掬おうとして、とてもではないがスプーンの上に乗せて持ちあげられる大きさではないことに気づいた。

 こういうときはフォークを使えばいいのかな、とか思いつつ、スプーンをフォークに持ち替えてお肉に刺すと、その感触の柔らかさに、いや、柔らかさを通り越して抵抗のなさに疑問を感じ、フォークを横にしてお肉を真ん中から切り分けてみる。

 ほとんど抵抗らしい抵抗も感じずに、フォークは四角く大きなお肉の塊をまっぷたつに分断した。

 あれ?

 と、拍子抜けするほどの手応えのなさだった。

 これはつまり、と、タスッタさんは考える。

 長時間煮込んだ末、やわらかーくなっているということなのか。


 ああ、これは、実際に味合うのが楽しみだなとか思いつつ、タスッタさんはスプーンに持ち替えて分断したお肉の塊をデミグラスソースとともに口の中に運ぶ。

 瞬間、口の中に肉のエッセンスが爆発したような気がした。

 お肉、柔らかい。

 舌先でほろほろと分解するほどに煮こまれている。

 それでいて、お肉の風味や味もしっかりと残っていた。

 デミグラスソースも、お肉の味がギュッと濃縮しているような、お肉の旨味がそのまま液状化したようなソースだった。

 これは。

 とタスッタさんは思った。

 至福、と。


 ゴロゴロとはいっていた香味野菜もやはり長時間煮こまれているのか、触ればとろけるほどの柔らかさであった。

 お肉と同じく、スプーンだけでも簡単にさっくりと好きな場所で切ることができる。

 それをスプーンの上に乗せて、熱々のデミグラスソースでいただく。

 ああ、おいしいな。

 タスッタさんは、素直にそう思う。


 忙しくスプーンを口に運ぶ合間に、サラダとトーストもいただく。

 こちらはビーフシチューほどには目立った特徴もなく、ごく普通の品だったが、こってりしたシチューの合間に口にするものとしてはこれくらいあっさりとしたもので丁度いい、のかも、知れない。

 特徴がないとはいってもけっしてまずいわけではなく、普通においしかった。


 タスッタさんは逸る心を抑えてゆっくりとシチューを口に運び、じっくり時間をかけてその味を堪能する。

 これは、がっついて早く終わらせるのにはもったいないお食事だ。

 じっくりと時間をかけて煮込んだお料理だ。

 ゆっくりと時間をかけなければ、もったいない。

 店内は満席に近い状態であったが、意外に話し声は聞こえない。

 タスッタさんのように目の前の食事に専念しているのか、それともこのシチューの味に感銘を受けて言葉を失っているのか。

 古都の一角で、時間だけがゆっくりと過ぎ去っていく。

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