高知県高知市。藁焼き鰹のタタキ定食。
名物だけあって高知市内には鰹のタタキの藁焼きを体験させてくれた上でそれを料理して出すという店が何軒かあり、この日のタスッタさんはそのうちの一軒に来ていた。
おそらくは普通の車ならば百台以上は楽に駐車することができる、そんなかなり広々とした駐車場でタスッタさんは立ち尽くしている。
正面には、かなり大きな船の形をした建物(?)があった。
質感からしても、あれは本物の船ではないと思う。
よくみると基底部がアスファルトに埋まっているし、やはりあれは船の形を模した建物だった。
その左右には、こじんまりとした土産物屋やうどん屋、その他の飲食店が、駐車場を取り囲むような形で配置されていた。
それらはすべて、系列店なのだろうなとタスッタさんは想像をする。
連休の谷間にあたる今日は、人通りは思ったよりも少ない。
いや、こういう日でも、時間によっては観光客などがどっといるのかも知れないな、などと思い直す。
これだけ広い駐車場ならば一ダース以上の観光バスが一度に駐車できそうだし、それに、いかにも観光客が立ち寄りそうな場所でもある。
意図的に、そういう風に設計されているのだろうが。
経営者側の目論見はともかく、タスッタさん的にはおいしいご飯を食することさえできればそれでよかった。
一度船型の建物に近づいていって、関係者らしい人に声をかけてみると、こちらにはだいたい客と土産物屋しかないよといった意味のことをいわれた。
せっかく高知に来たのだから、鰹のタタキが食べたいとタスッタさんが告げると、横にある小さな建物を指して、藁焼きならばあそこでやっているから、と教えられる。
そちらのお店に移動して中に入る。
お客さんがほとんどいないせいもあって、お店の中は外見から想像する以上に広々としているように感じた。
すぐに店員が近寄ってきて、タスッタさんは席に案内される。
そこで座るのとほぼ同時に、タスッタさんは藁焼きの鰹のタタキを食べたいという希望をその店員さんに告げた。
一品料理にしますか、それとも定食にしますかと問われたので、まだ日も高いこともあり、タスッタさんは定食の方を希望する。
すると金属製のトレーに乗ったサクを提示され、この中のどれを調理するのかといった意味のことを訊ねられた。
どうやら、この中から自分で食べたいものを選べるシステムであるらしい。
しかしタスッタさんは魚の切り身を見てその良し悪しがわかるほどには、まだ魚食に慣れていなかったから、適当に大きそうなサクを選んで指差した。
店員さんはそのサクをトングで摘んで小さなトレーに乗せて一度奥に戻り、すぐに長い棒状の物体を持って帰ってきた。
よく見ると、その棒状の物体には先が三叉に別れ鉄の串が固定されており、その鉄の串にはかなり大きめの魚の切り身、サクが刺さっている。
タスッタさんにサクがささった棒状の物体を手渡したあと、その店員さんは、今からこちらで火を着けますからね、などといいつつタスッタを店の隅に誘導する。
そこには鉄製の箱が安置されており、その箱のなかには枯れた藁とおぼしき草の束が豪快に積まれていた。
店員さんは慣れた調子でその藁に火を着け、タスッタさんにむかって、それではその鰹をこの火の中に入れてください、焼き加減などはこちらで見て、その都度指示を致します、とかいった。
なるほどなあ。
こうしてはじめての人でも大きな失敗をすることがなく体験できるわけか。
感心しながら、タスッタさんは店員さんが指示する通りにサクを火に翳して、鰹のサクに焼き目をつけた。
表面に火を通すだけだから、その作業自体はすぐに完了した。
その作業が終わると、タスッタさんは鰹のサクがついたままの棒状の物体を店員に渡し、先に案内されたカウンター席へと戻る。
いくらもしないうちに、先ほどのをサクを切って盛りつけた皿とご飯や味噌汁、香の物などを載せた四角い盆をを手にして先ほどの店員さんがすぐに戻ってきた。
鰹は切り分けるだけだから、調理にもそんなに時間がかからないのだろうな、と、タスッタさんはそんなことを思う。
薬味は玉葱、わかめ、カイワレ、ニンニク、ミョウガ、青葱などの種類があり、タスッタさんはまずカイワレとニンニクを選んだ。
その二種の薬味を小さな切り身となったタタキの上に乗せて、箸で摘んで口の中に放り込む。
薬味の味の濃さとそれに負けない脂が乗った鰹、それに、焼きたての、どこか焦げ臭い焼けた藁の風味とが一体になってタスッタさんの口の中に広がる。
お魚というよりも肉に近い、食感と脂。
それに、旨味。
ああ。
鰹とは、本来、こういう味がするお魚だったのか。
タスッタさんはタタキを噛みしめながら、しみじみとそう思った。
おそらく、タタキという形で鰹を食したのは、タスッタさんがこれがはじめての体験である。
もとの鰹が新鮮だからということもあるのだろうが、タスッタさんがこれまでに食べてきたお魚の中でも一、二を争うほどにおいしく感じた。
肉厚で、とろとろ。
これは、薬味も味や匂いが強いものでないと負けてしまいますね。
などと、タスッタさんは思う。
そして、味噌汁を啜り、またタタキを食べて、ご飯をいただく。
味噌汁もご飯も、十分においしい。
これにタタキがいっしょになると、そのおいしさが倍増する気がする。
なんというか、これぞこの国のご飯!
という気がしますねえ。
などということを思いながら、タスッタさんは箸を動かし続ける。