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腹ぺこエルフさん放浪記  作者: (=`ω´=)


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京都府京都市中京区。中華料理店の麻婆豆腐セット。

 大気中に含まれた湿気が、全身の肌に張り付いている気がする。

 その日は朝起きた時から、そんな感覚にとらわれていた。

 梅雨の時期だから、仕方がないことではあるんですけど。

 タスッタさんはそう思いつつ、若干憂鬱な気分に襲われている。

 低気圧とか湿気とか、年々敏感になっている気がしますね。

 降るようで降らない。

 一気にざっとくれば、かえって気が楽になるような気がするのだが、今年の梅雨はどうもそんなはっきりとしない天気が多いような気がする。

 そんなはっきりしない天気の中、タスッタさんは京都の街を歩いていた。

 京都に来るのも、いつぶりですかねえ。

 いい街だとは思うが、こと食事事情に関していえば、よさそうなお店ほど行列を作っているような印象もあり、タスッタさんの心証としては複雑だった。

 現在地は二条駅付近で、駅の近くだから飲食店に困ることはない。

 適当に、行列ができてて、でもあまり並んでいない場所を選んでいきましょうかね。

 などと、タスッタさんは考える。

 そんなことを考えつつ歩いているところに、開店前のお店に五、六名のお客さんが並んでいるのを見かける。

 開店前、というところが肝心で、この人数ならば開店すればすぐに消化されてしまうだろう。

 中華屋さん、か。

 タスッタさんはお店の看板を確認してから、そんな風に考える。

 直後、タスッタさんは素直にその短い列の最後に並んでいた。


 お昼の開店時間までに五分ほどしかなかったが、その五分の間にどんどんと列に並ぶお客さんが増えていく。

 大丈夫なのかな。

 と、比較的前に並んでいたタスッタさんの方が心配になってしまうほど、行列は伸びていた。

 外から観た印象では、そんなに大きなお店にも見えないのだが。

 開店時間になると、タスッタさんのうしろに並んでいた数名までが、すっと店内に吸い込まれた。

 お店の中はやはりそんなに広くはない。

 テーブル席が数えるほど、あまり大きくはないお店だった。

 そのテーブル席もすべて、すぐに埋まってしまう。

「予約席」

 と書かれたディスプレイが置かれた席以外は、ということだが。

 そうですよね。

 と、タスッタさんは内心で頷く。

 これだけ人気があるお店なら、予約に応じていてもおかしくはないですよね。

 その予約席もすぐに人が来て埋まり、お店は満員になった。

 タスッタさんは店内の壁面に貼ってあるお品書きや黒板など、それにメニューなどもざっとチェックした後、お冷やを持って来た店員さんに麻婆豆腐セットを注文する。

 実は、この注文はお店に入る前からほぼ決めていたようなものだった。

 こんなじめついた天気の時は、辛い料理を食べて発汗を促すのがいい。


 十分も待たずに注文した料理がやって来た。

 料理を待つ間にも、予約席だった場所に座ていたお客さんたちの料理がどんどん出て来ていて、これが実においしそうだった。

 見ためもだが、複雑な香辛料の香りがこっちにまで届いてくる。

 どやらこのお店は、中華の中でも四川系のお店であるらしい。

 うん。

 タスッタさんは、心の中で頷いた。

 麻婆豆腐にして、正解。

 今回の場合、タスッタさんが単純に食べたいものを注文しただけだったが、想定外に本格的な麻婆豆腐が食べられそうだ。

 そして、タスッタさんが頼んだ料理がやって来る。

 麻婆豆腐をメインに、ライスとスープ、小皿付き。

 まずはその辛そうな香りに、タスッタさんは大きく心引かれる。

 思っていたよりも、本格的な香りですね。

 これは期待できる。

 タスッタさんはレンゲを手に取り、麻婆豆腐を一口、直に味わってみる。

 あれ?

 そんなに辛くはない、ですよね。

 などどと疑問に思ううちに、じんわりと口の中が麻痺していく感覚。

 その後、ようやく熱さを感じた。

 辛い。

 というのを通り越して、熱い。

 タスッタさんは、もっと辛いものを食べた経験もある。

 でもあれは、かなり直接的な辛さであり、辛いというよりは痛いと感じた。

 この麻婆豆腐は、すぐにそうとわかる、わかりやすい辛さではない。

 そのかわり、複雑な風味と香り、後に引く痺れなど、複雑な要素で構成された、食べやすく、同時にすぐにもう一口を味わいたくなるような辛さだった。

 ああ、これは。

 と、タスッタさんは思う。

 やみつきになりますね。

 花椒とラー油はわかる。

 それ以外にも雑多な香辛料が使われているように感じるのだが、具体的にどんな調味料が使われているのか、詳細に分析できるほどの素養をタスッタさんは持っていない。

 ただ、凄く複雑で洗練された料理であるということは、理解できたが。

 薄味のスープを一口飲んで口の中を、若干、リセットし、その後、タスッタさんは麻婆豆腐をご飯の上にかけていっしょに食べた。

 こうするとご飯の甘味で若干辛さがマイルドになる、ような気がする。

 しかしそれはあくまで表面的な印象にすぎず、口の中が痺れるような感覚は健在だった。

 ああ、いい。

 と、タスッタさんは思う。

 一口の麻婆豆腐を食べるだけで、あまりにも多くの感覚が刺激される。

 味覚だけではなく、嗅覚や痛覚も含めて。

 複雑で、料理から受け取る情報があまりにも多い。

 それに。

 食べているだけで、じんわりと汗をかいてくる。

 体験だ。

 食べるということは、体全体すべての感覚器を総動員して受容する。

 そんな体験だった。


「低気圧は、逸れたのかな」

 食事を終えてお店から出たタスッタさんは、空を仰ぎながらそんな風に思う。

 全身を覆うような湿気は去り、代わりにむっとした熱気が周囲に満ちている。

「もうすっかり夏ですね」

 などと、タスッタさんは思う。

 辛いものを食べ、汗をかいた直後でもあり、暑さにも関わらず気分は悪くなかった。



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