愛知県犬山市。喫茶店の黒唐揚げランチ。
富岡前駅を降りて新池方面に少し歩いた場所に、そのお店はあった。
といっても、タスッタさんにしてもそのお店の存在を知った上でそこを目指して歩いたわけではなく、例によって少し空いた時間にぶらりと散歩していたら、ばったりと遭遇したお店になる。
薄曇りというのか、晴れてはいたが雲が多めのお天気で、風が少し強い。
ただ、その風も乾いていて心地よく感じたため、散歩日和ではあった。
そのお店は、なんというか可愛かった。
茶色い瓦屋根の小さな一軒家風で、小さい上にあまりお店という印象がない。
入口近くに貼ってあった料理写真のポスターと道に面した場所に立っていた大きな立て看板がなかったら、民家のうちの一軒としか認識せず、そのまま見過ごしていたかも知れない。
そんな、さりげない風情だった。
立看板によると、喫茶店のようだ。
この辺は、なぜか喫茶店が盛んな地方になる。
今日はここでいいかな。
などとタスッタさんは思い、そのままそのお店に入ることにする。
午後二時を過ぎた半端な時間だったが、お客さんの入りはかなりよいようだ。
八割近くの席が埋まっている。
まあ、喫茶店ですからね。
と、タスッタさんは思う。
食事の時間帯だけ混雑する、ということもないでしょう。
タスッタさんの姿に気づいた店員さんから、
「空いている席、どこでもどうぞ」
といわれたので、タスッタさんは空いていたカウンター席へ向かう。
なぜだかわからないが、店内にはあちこちに扇風機が何台か置かれていた。
この時は稼働していなかったが。
もう少し熱くなると、活躍するんでしょうね。
などと、タスッタさんも思う。
今時、まともな空調設備がないとも思えないのだが、このお店なりの事情があるのだろう。
カウンター上に置いてあったメニューを開き、即座に飛び込んできた文字列を見てタスッタさんは、
「ああ」
と即座に納得する。
「モーニングは一日中注文できる」
といった意味合いの文章があちこちに書かれていたからだ。
そのモーニングの種類が、なぜだか異様に多い。
ざっと見で、数十以上、下手をすると百種類くらいはあるのではないか。
なんか。
と、タスッタさんは思う。
この地方の人は、こういうのが好きらしいですね。
タスッタさんはそのモーニングのうちのどれかを注文するつもりはなく、もう少しボリュームがあるものを注文したいと思っていた。
幸いなことに、このお店はランチや定食類のメニューもそれなりに豊富であるらしい。
丼物やカレーなども、当然のようにメニューに記載されている。
つまりは、なんでもありってことなんでしょうね。
と、タスッタさんは納得をする。
さて、どれを食べましょうかね。
いつものようにそんな思案をしながら、タスッタさんはメニューの内容を確認していく。
「ん」
そして、ある箇所で、タスッタさんの目線が動きを止めた。
「黒唐揚げ?」
唐揚げ、はわかる。
黒い唐揚げ、ってなんだろうか?
他ではちょっと、聞いたことがない料理だった。
「ちょっと、注文してみますかね」
軽くそう考えて、タスッタさんは手を上げて店員さんを呼ぶ。
お店はそれなりに盛況で、大勢のお客さんたちが思い思いに飲食を楽しんでいる。
なんだか、ゆったりしているなあ。
とか、タスッタさんは思う。
東京や大阪などの都市部と比べると、お客さんの周囲がのんびりしているような気がした。
飲食も、だが、いっしょにいる人たちとの会話を楽しんでいる、というか。
空気が違うなあ、と、タスッタさんは感じる。
外から観た印象でもあまり大きなお店には思えなかったが、中から見てもやはりあまり大きくはないお店といえた。
テーブル席がいくつかとカウンター席があり、内装なども特に趣向を凝らしているわけではなく、ありたいにいえば個性がない。
ただ、そのあまり広くはない空間で生き生きとしているお客さんたちの様子を見ると、
「こういうお店というのは、必要なんだろうな」
とも思ってしまう。
そんなことを考えているうちに、注文していた料理がやって来た。
「これが黒唐揚げランチ」
タスッタさんは小声で呟き、まじまじとその料理を観察する。
「普通の唐揚げに、見えますねえ」
強いていえば、その名の通り、唐揚げの衣が黒っぽい色をしているところが特徴か。
お皿の上にその唐揚げと千切りキャベツが盛られていて、それ以外にご飯と味噌汁がついてくる。
一般的な唐揚げランチに見えた。
まあ、見ただけではわからないこともありますからね。
そう思い、タスッタさんは箸を取って味噌汁をまず一口。
赤味噌の味噌汁で、若干、出汁が効いていないような気もする。
でもここは、あくまで喫茶店ですから。
そんな風に思いながら、タスッタさんは次に唐揚げをひとつ箸で摘まみ、口の中に入れて咀嚼した。
あれ?
と、タスッタさんは違和感をおぼえる。
唐揚げ。
唐揚げは、唐揚げだけど。
なんか、それ以外に。
辛い。
いや、舌が痺れるような感覚。
ああ、ああ。
そうか。
黒唐揚げの黒は、胡椒の色だったのか。
かなり、辛い。
それも、辛子系の辛さではなく、しかし口の中全体が熱くなり、痺れるような感覚があった。
なるほどなあ。
と、タスッタさんは思う。
こっち系かあ。
かなり辛いのだが、その辛味と唐揚げの油分とは、相性がいいような気がした。
後を引く辛さで、それこそビールが合う味だ。
と、タスッタさんは思う。
ゆっくりと最初の一片を咀嚼、嚥下したあと、タスッタさんはご飯を一口口の中に入れて、ゆっくりと噛みしめる。
ご飯の甘さが、今はありがたい。
そうかあ。
こんなに胡椒を使いますかあ。
予想外だったので、タスッタさんは内心で感心していた。
辛いが、うまい。
それも、後を引くタイプの辛さだ。
想定外だったので驚きはしたものの、こういう辛さもタスッタさんは嫌いではない。
ご飯をのみ込んでから今度は千切りキャベツを箸先で摘まんで口の中に入れ、さらにその後味噌汁をまた少し。
そしてまた、黒唐揚げの一片を口の中に入れる。
合いますねえ。
と、タスッタさんは思う。
揚げ物と、胡椒。
そうかあ、こういう組み合わせかあ。
心の中でしきりに感心をしながら、タスッタさんは黙々と、少しも箸を休めることなく、食事を続ける。
こういうサプライズは、嬉しいなあ。
と、タスッタさんは思う。
ほんの少し、ちょいとした工夫で料理の印象や目先が変わる。
そういう工夫をしているお店を、タスッタさんは好んだ。
ああ、いい時間だ。
と、食べながら、タスッタさんは思う。
ゆっくりと、無心に。
食べ続けた。




