滋賀県長浜市。ビストロの牛ステーキ丼。
バイパスから少し脇にそれた道沿いに、そのお店はあった。
よくある郊外型の店舗になるのだが、なんでもありの食堂ではなく、看板に横文字しか書かれていないこと、それに駐車場が小さく、せいぜい二台くらいしか停められるスペースがないことなどが、強いていえば特徴になるのか。
全般に、小さくまとまっているお店に見えた。
「開いている、ますよね?」
そのお店を見かけたタスッタさんは、小さく呟く。
駐車場に車もなく、お店の方も気のせいかひっそりとしている。
なんというか、活気というものが感じられなかったのだ。
あくまで、外から見た印象では、ということだが。
今日は雲ひとつない晴天であり、お店の周辺はかなり閑散としている。
「とりあえず、入ってみましょうか」
タスッタさんはそう思い、お店の入口へと向かう。
ここまで来る途中、他によさそうなお店が見当たらなかったので、このお店が使えないとなるとまたしばらく歩くことになるからだ。
タスッタさんの不安をよそに、お店の入口はあっさりと開いた。
タスッタさんは店内の様子を伺うと、店員さんが愛想よく声をかけてくる。
どうやら普通に営業はしているらしい。
まだ時間が早いせいか他にお客さんの姿は見えず、内装についていえば、特別凝ったことをしているわけではないが、よく手入れをされているらしく、普通に清潔に見えた。
建物などにお金をかけず、味とかサービスで勝負をする方針のお店なのかな。
などと思いつつ、タスッタさんは勧められるままにテーブル席につく。
「ランチとかはありますか?」
椅子に座るなり、タスッタさんは店員さんにそう声をかける。
今日はもともと、なにか食べたいものがあって入ったわけではない。
お店のお勧めなどがあれば、素直にそれを注文するつもりだった。
店員さんはメニューを開いてタスッタさんの前に置き、ランチセットについて簡単に説明をはじめる。
ランチはAとB、二種類を用意しています。
それ以外に、一日五食限定のステーキ丼があります。
などなど。
AとBのセットは、主菜を肉か魚、副菜をパスタかオムライスか選択でき、それ以外にサラダやスープ、ドリンクなどがついてくる。
つまりは、普通のコース料理らしかった。
その分、値段もランチとしては少し高めに設定されるようだったが。
一日五食限定のステーキ丼は、「丼」とついてはいるものの、メニューに添えられた写真で見る限り、皿の上に盛りつけた上、線状のソースなどがかかっている、ちょっとおしゃれな一品。
丼というよりは、プレートですね。
と、タスッタさんは思う。
こういう洋食屋さんならではの料理、ともいえた。
「このステーキ丼をください」
少しも迷うことなく、タスッタさんはその場で店員さんに注文を通す。
少し時間が経過し、タスッタさん以外にも何組かのお客さんが入って来てから、注文したステーキ丼が出てくる。
小分けされた肉片が二層に積まれて、その上に刻みネギと濃い茶色のソースがかかっている。
そして、ステーキとは別に、カボチャ、サツマイモ、ナス、シシトウなど揚げ野菜が何種類か添えられていて、いい彩りになっていた。
メニューにあった写真の通りの外観だ。
タスッタさんからは見えにくかったが、ご飯はこの二層のステーキの下にあるらしい。
洋食っぽいステーキ丼、ですかね。
などと感じながら、タスッタさんは箸を取る。
お肉の量が意外に多く感じたので、まずは二層に乗っているステーキから食べはじめることにした。
口の中に運んでみると、予想していたよりもずっと柔らかい肉質で、軽く噛むだけですっと千切れる。
脂分はそんなに多くないらしく、しかし、噛むたびにじんわりとお肉の味が口の中に広がっていく。
予想していたよりも、いいお肉を使っているのかな。
などと、タスッタさんは思う。
個人的な好みとして、タスッタさんは霜降りとかの脂肪分が多いお肉よりも赤身の方を好む。
その意味でも、ここのステーキはかなりタスッタさんの好みに合致していた。
そんなに高価なお肉ではないんでしょうけど。
と、タスッタさんは思う。
癖というか、牛肉特有の匂いが強いから、おそらくはオージービーフだろうとタスッタさんは見当をつけた。
これはこれで、十分においしい。
ほんのちょっと添えられたソースは、ほんのりと苦みが効いてお肉の旨味にいいアクセントを添えていた。
なんのソースでしょうね、これ。
醤油ベースで、他になにかいろいろ入っている気がする。
つけすぎると主張が強すぎるが、ほんの少量ついているだけだと、お肉の風味がよく引き立つ。
かなり考え抜かれたソースに思えた。
なるほどなるほど。
などと、感心をしながらタスッタさんは食べ進める。
添えられた揚げ野菜も、特に工夫があるわけではないがおいしかった。
素揚げしただけのものだったが、揚げたてだとなんでもおいしい。
ステーキばかりだと舌が飽きるので、目先を変えるのにちょうどよかった。
少しステーキを食べ進めたところで、タスッタさんはその下に敷かれていたご飯にも箸を伸ばす。
ソースと、それにお肉の汁がしみているご飯は、それだけでも十分なご馳走に思えた。
ステーキ丼ステーキ丼。
タスッタさんは、心の中でそう繰り返す。
このご飯があるからこそ、丼。
うん。
なんか。
などと、タスッタさんは思う。
こういう、他の素材の味がいい具合に移ったご飯というのは、どうしてこうもおいしいのでしょうか。
ステーキ単体で食べただけでは、このご飯の満足感には及ばない。
これをステーキ丼として出しているお店の判断は、順当なものに思えた。
ステーキ丼を完食したタスッタさんは、満ち足りた気分になった。
ちょうどそばを通りかかった店員さんに声をかけて、食後のコーヒーを注文する。
お肉というのは、食後の満足感がなんか違う気がする。
タスッタさんは、そんな風に思った。
その頃にはお店の席も八割方埋まっていて、かなりの盛況になっている。
来た時にお客さんの姿が見えなかったのは、時間帯の問題だったんですね。
とか、タスッタさんは思った。
地味なお店だから、固定客がついていないと長続きしないような気もしますし。
単価的には決して安くはないお店だったから、その分、味がわかるお客さんがついているのだろう。
タスッタさんはそんなとりとめのないことを考えながら、食後のコーヒーが出てくるのを待った。




