青森県弘前市。エスニックレストランのレッドカレー。
「予想してはいましたが」
この日のタスッタさんはジャンボ黒こんにゃくおでんを食べながら弘前公園を散策している。
「人出が多すぎますね」
この近辺では、GW中のこの頃が桜の開花時期になるそうで、連休中ということもあって周囲にはぎっしりと花見客が詰めかけてかなり賑やかなことになっている。
一種の祝祭的な空間というか、タスッタさんにしてもこうした賑わいは決して嫌いではないのだが、人が多すぎて歩きにくいことには変わりがない。
たとえばこうした催事の際に出店しているような屋台料理などもタスッタさんは、そのチープさも含めて意外に好きだったりするのだが、あまりにも移動がしにくくて買い食いも思うように進まなかった。
かろうじて通りかかった場所にあったジャンボ黒こんにゃくおでんを一串だけ購入し、それを食べながらぶらぶらと歩いている。
「桜は、見事なんですけどねえ」
タスッタさんは、そんな風に思う。
タスッタさんもこれまでに有名な景勝地を含め、いくつかの桜の名所を巡ってきた経験があるわけだが、ここ弘前公園の桜はそのどこにも引けを取らない見事なものだと感じている。
特にお堀沿いへ行くと見ることができる、いわゆる花筏は見事なもので、タスッタさんも最初に見た時はその場でしばらく言葉を失って見続けたほどだ。
「ただ」
人が多すぎるのが、問題だ。
と、タスッタさんは思う。
「時間帯をずらせば、もう少し人も少ないんですかね」
そうも思ったが、こちらは望み薄だろう。
日が落ちたら家族連れが減って、夜桜見物のお客さんが増えるだけにも思える。
わざわざ日の落ちた時間に桜を見に来るような人は、おおかた場所取りなどをして腰を据えて長居をする、本格的な花見客が多いのではないか。
ジャンボ黒こんにゃくおでんを囓りながら、タスッタさんはそんな風に思う。
この「ジャンボ黒こんにゃくおでん」というのも、どうやらこの辺の特産品であるようだ。
その名の通り、かなり大きめの黒こんにゃくおでんを串に刺して売っているわけだが、味はまあ普通のこんにゃくであり、大きさ以外に特筆するような特徴があるわけではない。
味や風味も特に濃厚だというわけではなく、外観の黒っぽさから想像するような濃い目の味付けを想像して食べると肩透かしを食らう。
大きいだけあって、食べ応えだけはあるんですけどね。
と、タスッタさんは思う。
しばらく弘前公園の中を散策した後、タスッタさんは一度公園の外に出ることにした。
じっくりと桜自体を鑑賞できるような雰囲気でもないように感じたし、それに、そろそろどこかで食事を摂りたかったからだ。
公園から出て少し歩いて行くと、だんだんと道行く人の密度が薄くなってきた。
そこまで来てからタスッタさんは、
「ああ。
ちょっと人出の多さに酔っていたのかな」
とか、思い当たる。
タスッタさんは少しほっとしている自分に気づいていた。
それはそれとして。
タスッタさんは周囲をさりげなく見渡しながら、考える。
この後、どうしましょうかね。
公園から離れるにつれて分散していく傾向があるとはいえ、まだちょっと、歩道の人口密度は濃い目だった。
それよりも、肝心のお店が。
「なんか、飲み屋さんが多い場所に出ちゃいましたね」
バーとか居酒屋とかの看板が、やけに目につく。
もちろん、連休中のこんな時間に空いているわけがなかった。
そんななか、どうやら開けているお店を遠目に見つけて、タスッタさんはそちらの方に歩いて行く。
「カレー……いや、エスニックのお店、なんでしょうかね」
窓の中を様子からしても、お店が開いていることは確かだった。
まあ、ここでいいかな。
と決意し、タスッタさんはそのお店の扉を潜る。
「いらっしゃいませ」
入るとほぼ同時に、店員さんに声をかけられた。
連休中のせいか半端な時間帯のせいか、お客さんはほとんど入っていなく、店内は閑散としている。
タスッタさんが一人客であることを告げると、女性の店員さんがカウンター席を勧めてくれた。
白を基調にした落ち着いた感じの内装で、まだ新しいような気がする。
「落ち着いた雰囲気なのは、いいことですね」
などと思いつつ、タスッタさんはカウンターの上に置いてあるメニューを手に取って開いた。
うん、やっぱりエスニック料理のお店だ。
タイ風のカレーとかガパオライスがメインかあ。
特にどこの国の料理、という拘りはないようで、ざっくりとその辺の料理が網羅されている感じで。
「さて、なにを頼みましょうかね」
早速、タスッタさんは考えはじめる。
ガパオライス、という気分ではないような。
あ、フォーもある。
でも、やはりカレー系ですかね。
などと悩みつつメニューを眺めていたタスッタさんの視界に、見慣れない単語が飛び込んできた。
「清水森ナンバ?」
タスッタさんの知らない単語になる。
少なくともこれまでに聞いたおぼえはない。
「それ、唐辛子のことですよ。
品種名です」
声に出ていたのか、お冷やを持って来た店員さんがそう教えてくれた。
「唐辛子の種類、ですか?」
「古くから栽培されていて、今ではこの近くでしか造っていないそうです」
おそらく、何度も繰り返して説明してきた内容なのだろう。
店員さんの口調は淀みなく滑らかなものだった。
「その唐辛子を使っているのですか?」
「カレーには入ってますね。
特にレッドカレーには多めに使われています」
「では、そのレッドカレーをお願いします」
タスッタさんはその場で即決した。
「辛いのは大丈夫ですか?」
カウンターの中にいた店員さんが、タスッタさんに確認してきた。
「辛さ、調節できますけど」
「それでは、平均よりほんの少し辛めくらいで」
タスッタさんは、そう指定した。
カウンターの中で調理をしている店員さんが男性で、ホールにいてお客さんの相手をしているのが女性の店員さん。
年格好から見ても、夫婦でこのお店を経営している感じなんだろうな。
などと、タスッタさんは想像する。
お客さんが少ないこともあって、レッドカレーはほとんど待つ間もなく出てくる。
あまりとろみがないタイプのルゥが別の皿に盛ってあるタイプのカレーだった。
スープカレーに近いかな、と、タスッタさんは思う。
具は、ナスとお肉は視認できたが、見た目だけではそれ以外に確認できるものはない。
おそらく、ほとんどの具材が煮込まれている過程で溶けて原形を失っている感じなのだろう。
そんな風に思いつつ、タスッタさんは水っぽいルゥをスプーンで掬って、ライスの上にかけてみた。
その、ルゥが染みこんだライスを口の近くに運ぶと、それだけで香辛料の複雑な香りが鼻孔を刺激する。
結構本格的な。
とか、タスッタさんは思う。
口の中に運ぶと、最初はさして感じなかった辛みがじんわりと存在感を増してくる。
あ、来た。
とか、タスッタさんは思った。
後で来るタイプの辛さ、かあ。
こういう遅効性で辛さが来るタイプのカレーは、食べたばかりの時点では旨味の方の印象が強かったりするのだが。
なんか、汗が出て来た。
タスッタさんはバッグからハンカチを出し、顔の汗を拭う。
いい辛さですね、これは。
さっきいっていた、清水森ナンバ、とかいう唐辛子のせいでしょうか。
タスッタさんには、品種による違いがわかるほど唐辛子について詳しいわけではなかった。
ただこのカレーが、ちゃんと手をかけて味や風味を調整された料理であることは、素直に実感できる。
ちゃんとしたカレーですね、これは。
そんな風に思いながら、タスッタさんはカレーを食べ進める。
辛いけど、おいしい。
それも、食べ進めるにつれ、後を引くタイプの辛さだ。
そんなことを思いつつ、タスッタさんレッドカレーを黙々と食べ続け、さほど時間もかけずに完食する。
いい辛さでした。
食べ終わったタスッタさんは、そんな風に思う。
今日みたいによく晴れた、暖かい日には、こういう汗をかく料理がいいのかも知れない。
最後にお冷やで口の中を濯いでから、タスッタさんは立ちあがり、レジがある場所へと進む。
今日はこれから、どうしましょうかね。
幸い、予定らしい予定はない。
日が落ちてからまた弘前公園に戻って、今度は夜景の中での花筏をこの目で確認してみましょうか。
せっかくこの時期にここ場所に来たのだから、という思いが強かった。
そんなことを考えつつ会計を済ませ、タスッタさんは初夏らしい気候になった外へと出て行く。




