茨城県水戸市。イタリアンファミレスチェーン店のトマト味ボンゴレと冷たいパンプキンスープ、小エビのサラダ。
埃っぽい国道に沿って歩きながら、タスッタさんはポケットから取り出したスマホを取り出して、時刻を確認した。
「もう、四時を過ぎている」
ぼつりと、呟く。
それにしては、日が傾いていない。
そして、意外に日差しがきつい。
もうかなり日が長くなったことは体感していたのだが、今日などは気温もかなり高かった。
初夏の陽気であるといってもいい。
このまま夏になるのですかね、とか、内心でそんなことを思う。
まだ日本の夏を体験したことがないタスッタさんは、梅雨の長雨や湿気と熱とが蔓延する本格的な暑気についての予備知識も、この時点では持っていなかった。
夕食にはまだ早いけど、そろそろどこかで休憩しましょうか、と、そんなことを思いながらタスッタさんは周囲を見渡す。
とはいえ、ここは繁華街でもない国道沿いであり、気軽に入れそうな飲食店は視界の中に入ってこなかった。
しょうがない。
もう少し、お店がありそうな場所まで歩いて探してみましょう。
そんなことを思いつつ、タスッタさんはまた歩き出す。
しばらく歩いて、人通りが少し増えてきたように思えた。
車道に出ている表示によると、まっすぐいくと水戸球場、左手に曲がると茨城県庁があるらしい。
車と徒歩では距離感がかなり違ってくるはずだったが、徐々に賑やかな場所に差し掛かっているらしかった。
この調子ならば、このまま進めばなにかしらのお店がありそうですね。
そう思いつつ、タスッタさんはさらに先へと進む。
さらにしばらく進むと、緑色の看板が目に入ってきた。
それが全国展開をしているファミレスの看板であるということはタスッタさんも知っていたが、これまで実際にその系列のお店に入ったことはなかった。
いい機会だから、試してみましょうか。
即座にそう決意をし、タスッタさんは看板を目指して歩いて行く。
店に入り、席に案内される。
この半端な時間でも意外に混んでいて、ほぼ満席の状態であった。
学生らしき集団から家族連れ、サラリーマン風の風体まで、客層はかなりバラバラだ。
案内された席に座り、タスッタさんはまずメニューを手に取る。
この席まで案内してくれた店員さんがお冷を置いて、
「ご注文が決まりましたら、このボタンを押してお呼びください」
と言い残して去っていった。
全般に安いな、というのが、メニューを見たタスッタさんの感想だった。
なんともお酒が進みそうなサイドメニューが多いような気もした。
さて、ここでは素直に誘惑に乗ってしまう方がいいのか、それとも、ソフトドリンクでいく方がいいのか。
メニューを眺めながら、タスッタさんはそんなことを考える。
ドリンクバーが二百円、クラスビールが二百九十九円、か。
あ。
ワインが安い。
グラスワインが百円、デカンダも、二百円からある。
ここは、デカンダ行くしかないないでしょう、と、タスッタさんは決意をした。
それも、おそらく小さな方では物足りなくなるので、大きな方のデカンダを注文しよう。
大きなデカンダでも三百九十九円。
安い。
それから。
タスッタさんはパラパラとメニューを捲りながら考える。
メインは、この季節限定のトマト味のボンゴレでいくとして、それになにかサラダがいいかな。
あと、スープも。
この、冷たいパンプキンスープというのがいいかも知れない。
さて、サラダもいろいろ種類があるようですが。
しばらくして、タスッタさんはテーブルに備えつけのボタンを押して店員さんを呼ぶ。
「トマト味ボンゴレと冷たいパンプキンスープ、それに、小エビのサラダと、この大きな方のデカンダをください」
「ワインの方は赤と白がございますが、どちらになさいますか?」
「ええと」
数秒、タスッタさんは考える。
「白で」
店員さんはタスッタさんの注文を復唱してから一度立ち去り、そしてすぐにトレーの上にデカンダとグラスを乗せて帰ってきた。
良い反応ですね、と、テーブルの上にワインとグラスを置く店員さんの様子を見ながら、タスッタさんは思う。
頼んだものがすぐに来ると小気味よさというのは、飲食店では意外に大きなポイントなのかもしれない。
自分でデカンダからワインをグラスに移し終えないうちに、今度は冷たいパンプキンスープと小エビのサラダがやってきた。
これも、早い。
出てくるのが早い分には文句はないので、タスッタさんは白ワインを一口啜ってから早速スープとサラダに手をつける。
パンプキンスープの方は甘みが強く、なんといったらいいのか、自販機で売っているような缶入り飲料をそのままお皿に移して出してきたようにな味だった。
おそらく、厨房で作ったものではなく、どこか別な場所で作ったものをそのまま出している感じだろう。
決しておいしくないわけではないのだが、なんというか、無難すぎて、拍子抜けするような味だった。
それでも、よく冷えていることもあって、なかなかうまく感じる。
次にタスッタさんは、フォークで小エビのサラダを食べてみた。
こちらも、驚くほどうまい!
というわけではないけど、その逆にまずいというわけでもなく。
まあ、ほぼ想像する通りの味というか、それなりに納得できる味ではあった。
値段を考えれば、こんなものかなあ、とか、タスッタさんは思う。
その逆に、値段の割りにおいしいと感じたのは、デカンダで注文したワインで。
なによりも四百円そこそこで、これほど状態がいいワインを飲めるとは思わなかったから、なおさらおしく感じられる。
スープとサラダをあてにちびちびと白ワインを舐めていると、いくらもしないうちにトマト味のボンゴレが来た。
「ご注文は以上になりますね」
とか確認してから、店員さんが去っていく。
さて、いよいよメインが来ましたか。
そんなことを思いつつ、タスッタさんはフォークを手にしてその切っ先をパスタの中に突っ込んだ。
軽くパスタをフォークに巻きつけて、口の中に入れる。
あ。
予想外にボンゴレ、つまり貝の味がする。
それに、トマトの風味と酸味がいい具体に調和して。
うん。
これは、おいしいかも知れない。
いや、確実においしい。
なにより、白ワインとよく合う。
ワインを飲む合間にスープとサラダ、それにボンゴレをいただきながら、タスッタさんは妙に満足した気持ちになった。
周囲は相変わらず満席に近く、従って他人のはなし声なども少なからず雑音として耳に入ってくるのであるが、ワインのおかげかそうした雑音もあまり気にならない。
なにより、出先で気まぐれに入ったお店が予想外にいい感じであったので、タスッタさんはご機嫌だった。
客層から見てもおそらくは大衆的な、いいかえれば低価格帯のお店であり、そういう意味では一流店ではないのかもしれないが、こうしたお店も案外重要なのではないか。
二千円以下で満足できる食事とお酒をいただけるというだけでも、十分に価値があるお店だな、と、タスッタさんは自分の中で勝手にそう結論する。
こういうお店が全国的にチェーン展開しているというのは、この国の食文化にとっても、とてもいいことなのではないか。
ワインと食事をおいしくいただきながら、こんな半端な時間に飲食してしまったから、今晩は飲みに出るのはやめましょう、とか、タスッタさんは思っている。