群馬県館林市。うどん屋の鬼ひも川うどん。
お土産の店と併設されているパターン、かあ。
人づてに教えて貰ったそのお店に着いた時、タスッタさんはそんな風に思う。
なかなか有名なお店である、という。
うどんの全国大会で何度も優勝を果たしていて、なにを頼んでも失敗はないのだが、特に名物の鬼ひも川うどんは一度は、館林に来た際には一度は食べるべきだと、そう力説された。
その鬼ひも川うどんもだが、お店自体がすでに名物になっているようなパターンだった。
群馬をはじめとする北関東は、積極的に小麦を栽培してきた歴史があり、ここのをはじめとするうどんなんかも立派な名物になっているという。
「さて、どんなもんなんでしょうかね」
と、タスッタさんは考える。
そうした名物とは、残念なことに、放っておいてもお客さんが来てくれるので営業努力が疎かになって味が落ちるパターンもある。
無論そうではない、地道にいい味を追求しているお店も多数存在することも、タスッタさんは経験上知ってはいたが。
このお店がそのうちのどちらなのか。
「実食してみれば、わかりますか」
と、タスッタさんは結論する。
このお店が名物の鬼ひも川うどんを出すのは、午後一時から三時までの二時間に限られている。
一日につき二時間しか注文できないと、タスッタさんはこのお店の存在を知らされた時に注意されていた。
その知識を活かして、タスッタさんは午後一時半にお店に着くように、わざわざ予定を調整している。
遅すぎても駄目だが、早すぎても人が多くて順番待ちになるのではないかと、そう予想をしたからだった。
暦の上では春になり、ところどころ桜がほころびている場所もあるようだったが、ここ数日は空気と風が冷たかった。
そんな中、タスッタさんはお店の前に出来ていた行列の最後に並ぶ。
タスッタさんの前には二組しかお客さんが待っていなくて、その二組のお客さんも十分もかからずに店内に入っていった。
ちょうどランチタイムが終わった頃だからか、お客さんの回転はそれなりに早いようだ。
タスッタさんの順番もその後すぐに来て、タスッタさんは店内に招かれる。
「ごめんなさい」
お店に入った瞬間、タスッタさんは店員さんに謝られた。
何事かと身構えて聞くと、
「今日はもう、ふつうのうどんは終わっちゃったんです」
とのことだった。
タスッタさんとしては、最初から鬼ひも川うどんを目当てにここまで来たわけで、それでも一向に支障はなかった。
店員さんに誘導されるまま、タスッタさんは空いていたテーブル席に座る。
「後で相席になるかも知れませんが」
といわれたが、これもまた全然問題がなかった。
タスッタさんは早速メニューを開いて、その内容を確認する。
鬼ひも川うどんは、暖かいのと冷たいの、麦豚と椎茸から選べるシステムらしい。
さて、どうしましょうかね。
と、ほんの少しの間、タスッタさんは考える。
少し空気が冷たいから、暖かいうどんにしましょうか。
麦豚と椎茸は……そうですね。
豚は、他のところでも食べられますが、椎茸を主体の具にしたうどん、というのはなかなかない。
ここは、椎茸と暖かいうどんにしましょう。
注文する内容を決めたタスッタさんは、即座に店員さんに声をかけて注文を通す。
その際に、
「鬼ひも川うどんは、ゆでるのに少々時間がかかります」
と、店員さんに注意された。
この日はこの後、特に予定もなかったので、タスッタさんとしてもそれで不都合はなかった。
待たされる、といってもそんなに極端に長い時間でもなく、せいぜい十分ほどしか待たされなかった。
「ああ、器が」
出て来た料理を見て、タスッタさんはまずそのことに気づく。
「たぬきを模している」
たぬき、といっても動物そのままの写実的なものではなく、あくまで焼き物や絵画としてディフォルメされた、あの戯画化されたたぬきの形、ということだが。
そうか。
分福茶釜のあのお寺は、この近くなのか。
このうどんも名物、分福茶釜も名物。
こういう趣向は愛嬌があっていいですね。
などと思いつつ、タスッタさんは箸をとって肝心の料理に向き合う。
確かに、これは幅広だ。
と、タスッタさんは納得した。
この幅、確実に五センチ以上はありますね。
きしめんよりも、さらに幅があるように感じた。
そして、見た感じ、とても薄い。
これが、鬼ひも川うどんかあ。
と、タスッタさんは内心で感心しつつ、箸で手繰ってそのうどんを啜る。
つるりと口の中に入ってきたうどんの生地は、薄いながらもしっかりとした歯ごたえがあった。
うん。
タスッタさんはお心の中で大きく頷く。
これは、素直においしい。
鰹の香りが強い出汁も、特に珍しい味ではないのだが、それだけに王道だった。
後、椎茸がいい味を出している。
ここの椎茸は、大きくてかなり分厚かった。
たっぷりと出汁を吸った椎茸は、それだけで十分に食べ甲斐がある。
口の中に入れて噛んだだけで、出汁の風味と椎茸の旨味とが混じり合って口中に広がっていく。
うどん自体の食感やうまさと比較しても、決して引けを取らない存在感があった。
ああ、これ、いい。
タスッタさんは、そんな風に思う。
幅が広すぎるうどんも、噛んだ時の食感や嚥下した時の官能的ともいえる感触が、とても心地よかった。
普通のうどんとなにが違うのかと問われても、その形状以外には変わった部分がないように見えて、しかし実際に食べてみると全然別物のように思えてしまう。
これが、伝統の味かあ。
と、タスッタさんは、しみじみ思った。
これはこれで完成形であり、改良の余地がほとんどない。
だからこそ、名物として定着をしてこれまで受け継がれてきたわけで。
言葉本来の意味で、オーソドックス、ということですね。
鬼ひも川うどんを箸で手繰りながら、タスッタさんはそんな風に思う。
完食した時、タスッタさんは額にうっすらと汗をかいていた。
いいお食事でした。
内心でそんなことを思っているタスッタさんは、ほとんど恍惚としている。
食べることに一生懸命で、ほとんど無心の状態だった。
こういう満足感を与えてくれる食事というのは、なかなか体験できるものではない。
満足感に包まれつつ、タスッタさんは勘定を済ませてお店の外へと出て行く。
お店の外はどんよりとした曇り空が広がっており、風も冷たかったが、この時のタスッタさんはそんな気候が少しも気にならなかった。




