佐賀県藤津郡太良町。食堂のかに釜飯。
大線と海岸が近く、道沿いに観光客目当ての飲食店がずらりと並んでいるような土地だった。
さて、どうしましょうか。
例によってタスッタさんは、入るべきお店を探している。
どうもこの辺は全般に海産物、特に牡蠣やかにを推しているようだった。
この近辺で獲れるかには「竹崎かに」と呼ばれ、どうやらワタリガニの一種であるらしいのだが、とにかくこの地元ではその竹崎かにを推している。
きっと、漁獲量が多いんでしょうね、と、タスッタさんは思った。
それと、地元産のブランド豚もあるらしい。
並んでいるお店の幟などから、そうした情報をタスッタさんは認めた。
どれを選んでも間違いはないように思えますけど。
と、タスッタさんは思う。
ただときおり、このような観光地にはとんでもないお店なんかも紛れ込んでいますからねえ。
最低限の慎重さは持たなくてはならない、と、タスッタさんは思う。
この日は時間に余裕があることもあり、タスッタさんは道沿いにしばらく歩いてみた。
基本、この手の観光地というのはどこでもあまり雰囲気が変わらないものなのだが、それでもそうしたお客さんが多い場所とまばらな場所の区別は存在し、タスッタさんはそのまま寂しい方へと進んで行く。
タスッタさんとしては、観光客目当てのお店よりも、地元の人に愛されているようなお店を利用したかった。
そうしたお店は、どちらかというと人気の少ない場所で営業している割合が多いような、そんな気がしたのだ。
「こんなところですかね」
しばらく歩いてから、人がまばらになった場所に出たタスッタさんは、心の中でそう呟く。
人が減ったとはいえ、まだまだお店の数は多い。
ただ、平日の昼間ということもあり、閑散とした雰囲気は確実に漂っている。
そんな中、ざっと見渡してタスッタさんはあるお店に目を止めた。
駐車場の奥にあるお店だった。
ごく普通のお店に見えたが、正面玄関の横にある赤い大きな看板と、入り口の上にあるやはり大きな蟹の模型がひどく目立つ。
駐車場は、二台分くらいの空きしかなく、ほぼ満杯状態だった。
つまりは、人気のお店なのでしょうね。
と、タスッタさんは想像する。
時刻はもうすぐ午後二時になる。
そんな食事時を外した時間帯にこれだけ盛況であるのというのは、おそらくはそれだけ熱心なお客さんが多いからだろう。
そう判断して、タスッタさんはそのままその食堂へと入っていく。
お店の中は、タスッタさんが予想した通りにほぼ満席状態だった。
しかし、帰り支度をしているお客さんもぼちぼち散見していて、これからの時間帯は客足が減るのだろうなと予想できる。
通りかかった店員さんに声をかけられ、一人客であることを告げるとそのままちょうどお客さんが去った直後のテーブル席へと案内された。
海が見える展望がいい席は団体客が占有していたが、タスッタさんとしてはそれでも別に構わなかった。
店員さんはそのテーブルの上に残っていた食器を片付けつつ、すぐにお冷やを持ってきますからとタスッタさんに告げる。
店員さんが去った後、タスッタさんはテーブルの上にあったメニューを手に取り、ざっと内容に目を通した。
やはり、海産物がメインなようですね。
たらふく丼、というのは、あんかけのカツ丼ですか。
それに、かに丼にかにちゃんぽん、かにのやわらか揚げ……。
どうやらここは、かに料理が得意なお店のようですね。
ただし、この日のタスッタさんは揚げ物など重い料理を食べる気分ではなかったので、このうちのたらふく丼ややわらか揚げは、意識の中で自動的に除外している。
せっかくだから、かにの料理を食べたいところですけど。
そう思いつつメニューに視線を走らせていたタスッタさんは、ある箇所で視線を止めた。
かに釜飯、ですか。
かには何度か頂いたことがありますが、釜飯ははじめて見ますね。
この瞬間、タスッタさんは頼むべき料理を心の中で決定している。
もう少し待たされるかと思ったが、頼んだかに釜飯は十分程度で出て来た。
それも、釜飯だけではなく、味噌汁に小鉢がいくつか、茶碗蒸しまでトレーの上に乗っている。
思っていたよりも、豪勢ですね。
と、タスッタさんは心の中で頷く。
肝心の釜飯はというと、ちょうど釜の下に置かれた固形燃料が燃え尽きようとしているところだった。
店員さんに、
「火が消えたら五分ほど蒸らして、それから中をかき混ぜてお召しあがりください」
といわれる。
炊きたてを食べられるのはいいですけど、ここで改めて待たされるのは。
と、タスッタさんは心の中で呟く。
その間に、小鉢などを頂いて間を持たせますか。
小鉢は、香の物、酢の物、茶碗蒸し、果物が着いていた。
これと、味噌汁もあるから、千円台前半の値段設定の食事としてはかなり豪華な内容に感じる。
かにを使っていることも考えると、かなり割安なのではないでしょうか。
タスッタさんは、果物は食後のデザートとして残しておき、まずは味噌汁に口をつける。
出汁がよく利いた、いい味噌汁だった。
このお出汁も、海の近くらしく、いろいろ入れているのでしょうね。
味わいが複雑で、奥行きを感じた。
それから酢の物や香の物を摘まみつつ味噌汁を啜って間を持たせ、頃合いを見て、
「そろそろいいですかね」
と思い立って、釜の蓋を開ける。
わっと湯気あがって、その湯気が晴れるとまず釜の中にどーんとかにの甲羅が乗っているのが見えた。
お。
と、タスッタさんは思う。
演出、ですね。
こういうのを目の当たりにすると、立ちのぼる湯気もかにの香りがしているような気がする。
いや、気のせいだけではなく、実際にかにの香りはあるのだろうけど。
タスッタさんはまずそのかにの甲羅をどかし、その下にある炊きたてのご飯を着いて来たしゃもじで軽くかき混ぜる。
驚いたことに、甲羅の下にはかにの挟みの部分も左右一対ふたつ分、入っており、さらにご飯の中にもほぐしたかにの身が割とたくさん入っていた。
ご飯の方はというと、いい感じにお焦げができて、おいしそうに炊きあがっていた。
その、かにのエキスをたっぷりと吸ったご飯をしゃもじで茶碗によそい、タスッタさんは箸を取る。
そのまま口の中にご飯を入れ、ゆっくりと咀嚼する。
あ、これは。
と、タスッタさんは思う。
予想以上に、かに。
かにの味と香りがたっぷりと染みていて、うん。
余計なおかずは、ない方がかえっていいかも知れない。
まず、ご飯自体がおいしい。
その上さらに、かにの風味がこれでもかと口の中に広がる。
殻の中の身をほじくり出しながら頂くかにもいいですが、こうしてただ無心に味わうかにもいいですね。
ときおり水や味噌汁を啜って喉を潤しながら、タスッタさんはそんなことを思いつつ食べ続ける。
お釜の中身を半分ほど消化したところで、中に入っていた挟みを持ち、中をほじくって身を食べた。
挟みの大きさの割には、ぎっしりと身が詰まっている気がする。
なんか、お得感がありますねえ、こういうの。
タスッタさんはそんなことを思いつつ、時間をかけてほじくり出したかにの身を食べる。
うん、これはこれで。
ワタリガニって、こういう味だったんですね。
これまでタスッタさんは何度か蟹を食べた経験があったが、かにの種類まで味で断定できるほどかにに詳しいわけでもない。
ただ素直に、
「おいしい」
と、そう思った。
ああ、かにでした。
食後、添えられていた果物を頂きながら、タスッタさんはそんな感慨に耽る。
かにそのものを食べるのもいいが、かにのエキスをたっぷりと含んだご飯もかなりいける。
派手さはないものの、ご飯のうまみとかにのおいしさが相乗効果で増幅された感があり、特にこのお店のは値段以上の価値があるように感じた。
かには、しばらくいいかな。
とも、タスッタさんは思う。
これから寒い時期が旬のはずだったが、なんとなくこの食事でかにについては満足してしまっている。
とにかく、いいお食事でした。
そんなことを考えつつ、タスッタさんは席を立った。




