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腹ぺこエルフさん放浪記  作者: (=`ω´=)


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秋田県横手市。温泉施設の期間限定松茸コース料理。

「ふう」

 今、タスッタさんは秋田県にある温泉施設に来ていた。

「いいお湯でした」

 温泉宿、という五感から類推をされるようなひなびた風情ではなく、建物がまだ新しい上日帰りの入浴客も受けている。

 リゾートスパと温泉旅館をいいところを合わせた、そんな施設になる。

 無論、タスッタさんも単純に温泉に浸かるために来たわけではない。

「それでは、いよいよ」

 この日、タスッタさんはわざわざ事前に予約を入れた上でここまで来ていた。

 ただし、ここで宿泊をする予定ではなく、もうひとつの、温泉以外の用事を済ませたらその足で船橋市のマンションへと帰る予定だった。

 この施設ではもちろん宿泊も出来るのだが、日帰りで、部屋と温泉と食事を堪能するようなコースも用意されている。

 もちろん、タスッタさんがわざわざ予約をしてまでここに足を運んだのは、その食事のためであった。

 浴衣姿のタスッタさんは、そのまま自分の部屋へと帰っていく。

 タスッタさんが借りている部屋は、あまり広くはないももの畳敷きの和室であり、ひとりでくつろぐ分には不自由をすることがない。

 そこで汗を拭いながら寛いでいると、予定の時刻通りに、タスッタさんの目的である料理が運ばれてきた。

「ほう」

 テーブルの上に広げられた料理の数々を見て、タスッタさんは小さく歓声をあげる。

 松茸の素焼き、松茸のお吸い物、松茸入り萬来蒸し鍋、松茸ご飯、その他の何品かの小鉢がついた、かなり豪勢な食事になる。

 これだけ松茸づくしの食事が、温泉と部屋代も込みでわずかに数千円、一万円以内に収まる価格に設定をされていた。

 十分に、予約までして足を運ぶ価値があるように思えた。

 なんというか。

 タスッタさんは、料理を目の前にして、言葉を探す。

 とても、贅沢な気分になりますね。

 それはさておき、肝心の料理である。

 箸を手にしたタスッタさんは、まずは汁物であるお吸い物に口をつける。

 椀の二を取った瞬間に、ふわっと例の香りが周囲に広がった。

 あ。

 と、タスッタさんは思った。

 松茸だ、と。

 タスッタさんはこれまで、松茸を数えるほどしか味わっていない。

 しかしこの特徴的な香りは、間違えようもなく記憶をしている。

 普段、「松茸風」の香料になれているせいもあるのだろうが。

 味はともかく、この香りは間違えようがない。

 いい、香り。

 とか思いつつ、タスッタさんはお吸い物を少し、啜る。

 味も、すっきりとシンプルで。

 うん、おいしい。

 引き算の、余分な要素を削ぎ取ったおいしさですね。

 と、タスッタさんは思う。

 味は和風の、少しきのこっぽいエキスが混入した吸い物でしかないのだが、そのシンプルさがかえってこの香りを引き立てている、ような気がした。

 次に、松茸の素焼き。

 この産地が近いこともあって、かなり大きな松茸がこんがりと炭火で焼かれていた。

 かなり大きなそれを箸で摘まみ、そのまま丸かじりにしてみる。

 じゅわ、っと中から熱い汁がしみ出して、口の中をやけどしそうになる。

 はふはふいいながらそれを口の中で冷まし、ようやく嚥下する。

 ああ、口の中いっぱいに、松茸の味と香りが充満して。

 いや、味は、正直たいしたことはない。

 旨味でいえば、へたをすると上質な椎茸かしめじの方が上なのではないか。

 ただこの香りは、うん。

 と、タスッタさんは思う。

 なんか、中毒性のある香りですね。

 松茸にあまり親しんでいない文化圏の人たちは、「かび臭い」とも感じるそうだから、やはり慣れの問題だとは思いますけど。

 二口目、タスッタさんは少し素焼きの身を冷ましてからゆっくりと口の中で咀嚼してみる。

 噛むたびにじんわりと香りが口の中に広がり、なんとも幸福な気分になる。

 続いて、土瓶蒸し。

 お吸い物は「エキスが滲み出ていた」という感じだが、こちらの土瓶蒸しは「摘出されたエキスが濃縮された」くらいに、味も香りも濃かった。

 一口、口に含んだ瞬間にガンと殴られたような気分になる。

 なんに、といえば、松茸のエッセンスに、だ。

 わあ。

 と、タスッタさんは心の中で感嘆をした。

 これは、濃い。

 松茸だ。

 ああ松茸だ松茸だ。

 意味もなく、タスッタさんの脳裏にそんな言葉が浮かぶ。

 汁物、焼き物に続いて、今度は蒸し物、萬来蒸し鍋をいただくことにする。

 これまた、鍋の蓋を取るとふわっと例の、もはやお馴染みとなった香りが広がった。

 通常の鍋と違うのは、この萬来蒸し鍋は二重構造になっていて、外側の大きな鍋に水を入れて火にかけることによって、その内側の中に入っている鍋の中身が蒸し焼きにされる点である。

 萬来蒸し鍋、というのがどこまで一般的な物なのか知らなかったが、少なくともタスッタさんはこのお鍋で料理された物には、ここではじめてお目にかかった。

 蒸し物、か。

 と、タスッタさんは思う。

 直火で焼くのとは、違うのですかね。

 鍋の中の松茸を箸で摘まみあげ、タスッタさんは口に近づけた。

 見た目からすると、水気が多いような気はしますけど。

 そのまま、口に入れる。

 あ。

 と、タスッタさんは思った。

 なんか食感が、焼き物とは違いますね。

 しっとりとしているというか。

 加熱されていて、味には問題がないような気もしますが。

 うん。

 でも正直、焼いた物の方が、味としては上のような。

 それに、蒸されていると、なんか香りも少なくなってしまうような。

 途中、松茸ご飯なども食べつつ、タスッタさんは一品一品吟味をするように、食事を続けていく。

 お肉とか違って、あまりお腹に溜まらないので、品数が多い割にはすんなりと食べ進めていくことができた。

 松茸ばかりをこんなに食べる機会も、もうそんなにないだろうなあ。

 ゆっくりと食事を進めながら、タスッタさんはそんな風に思う。

 この内容と比較して、値段はかなりリーズナブルに感じたが、その値段以上に贅沢をしているという実感を持っていた。

 食べるだけ食べたら、また温泉に入って。

 この部屋で一休みをして。

 それからゆっくりと、帰路に着きましょう。


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