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腹ぺこエルフさん放浪記  作者: (=`ω´=)


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千葉県船橋市。一人で豆乳鍋。

「意外に残っていますね」

 自宅にしているワンルームマンションの中、タスッタさんは単身者向けの小さな冷蔵庫を開いてそういった。

 もちろん、食材のことである。

 基本、この家を空けることが多いタスッタさんは、その反動か自宅にいるときは必ず自炊をするように心がけていた。

 一日に三度、毎日外食ばかりだと、流石に飽きるからだ。

 今回は、たまたま数日外に出る予定がなくて、一週間ばかりこのマンション内に引きこもっていた。

 しかし明日からはまた外に出る予定があるので、これら冷蔵庫に残っているこの食材も、できるだけ今日中に片付けておきたいところだった。

「ええっと。

 お豆腐と……」

 鮭の切り身、生しいたけとしめじ、ニンジンが何本か、白菜。

 それに、みかんもまだかなり残っている。

 量もさることながら、食材の組み合わせ的にも、すぐにはうまい調理法が思いつかかない。

「天候不順とかで、今はお野菜が高いんですよね」

 タスッタさんは所帯じみた独り言をいった。

 その反動なのか、一人暮らしだというのにスーパーにいくと妙に大量に食材を買ってしまっていた。

 しかし、どうするべきか。

「これ全部を一食で使い切るというのは」

 流石に、無理があるような気がする。

 どうしようかなと思案をしつつ、タスッタさんはスマホを取り出してレシピを集めたサイトを表示して、斜め読みをしはじめる。

 多種類の食材を一気に消費できるお料理は、っと……。

 そんなことを考えながらスマホの液晶画面を眺めていたタスッタさんの視線が、ある一点で止まった。

「お鍋、ですか」

 そうか。

 その手があった。


 鍋にする、と決めたら、あとは必要となる、しかし今はこのマンションの中にはない食材を買いに出るだけだった。

 一口に鍋料理といってもそのバリエーションは多種多様であり、それこそ目移りがするほどであったが、タスッタさんの中ではすでになんの鍋にするのか、決まっていた。

 豆乳鍋。

 なぜ豆乳鍋にするのかというと、まだタスッタさんが食べたことがなく、なおかつ、はじめてでも大きな失敗がなく作れそうだったからだ。

 タスッタさんは歩いていくらもかからない、マンションのすぐ近所にあるスーパーで豆乳と三つ葉を新たに買い求め、すぐにマンションに引き返す。

 そして土鍋の中に適当に切った具材を敷き詰め、麺つゆと豆乳を入れてから蓋をして、弱火で煮はじめた。

「ああ、寒」

 そういって、タスッタさんは土鍋の上に手をかざす。

 ここ数日の寒気は勢力が強くて、すぐ近所にあるスーパーまで往復をしただけでもタスッタさんの体は冷え切ってしまった。

 このマンションに付属していたIHヒーターの火力では、土鍋もすぐに暖まるわけではないのだが、なんとなく気分でタスッタさんはそこから暖を取ろうとしている。

 この室内は暖房も十分に効いているので、別に土鍋の熱量に頼るまでもなく、タスッタさんの体もすぐに暖まるはずなのだが。


 そんなことをしているうちに、土鍋の中身が煮えて来て、あたりにいい匂いが漂ってくる。

 なにかカセットコンロ的な物があればそのままテーブルの上で土鍋を煮ることができるわけだが、このマンションにはあまり帰って来ることがないタスッタさんは家具などの生活用品も必要最低限の物しか揃えてはおらず、従ってそういった「滅多に使用しない物」も持ってはいなかった。

 しばらく様子を見て、

「そろそろ具材に火が通った頃かな」

 と判断をしたタスッタさんは小さなテーブルの上に鍋敷き代わりの冊子、どこかのお店で渡されたフリーペーパーを置き、さらにその上に土鍋を置く。

 そして箸を一膳用意してテーブルの前に座り、土鍋の蓋を取った。

「わぁ」

 その途端、湯気がむっと立ち昇り、室内に実に美味しそうな香りが充満し、タスッタさんは思わずと小さな声をあげてしまう。

 グツグツと煮えている鍋から、いい具合に食欲をそそる香りが放たれていた。

 これは、かなりいけそう。

 そう思ったタスッタさんは、用意をしていた小鉢にまずはおたまで鍋のスープをすくい取り、一口試しに味わってみる。

 そして、あ、と、目を見開いた。

 大した手間を掛けたわけでもないのに。

 と、タスッタさんはそう思う。

 熱いのはともかく、かなり深い味であるように、感じた。

 出来合いの麺つゆから出たうまみと豆乳のまろやかさ、それに、具材のエキスが混ざり合って、かなりいい感じに仕上がっている。

 手間いらずで、ここまで複雑な味わいになるとは。

 と、タスッタさんは感心しつつ、小鉢の中に煮えた具材を次々と入れていく。

 お豆腐。

 材料が同じ豆乳との相性が悪い訳がない。

 ただ、熱くなっていると、一気には食べづらいのが難点。

 鮭の切り身。

 豆乳の味が染みて、いかにもお鍋の具材らしい味わいに仕上がっていた。

 非常に、美味。

 ニンジン。

 柔らかく煮えていて、なおかつ、豆乳の影響か、甘味を強く感じる。

 ニンジンって、こんなに甘いものだったっけ?

 生しいたけとしめじ。

 この手のお鍋では欠かせないきのこ類。

 これもまた、本領を発揮。

 スープの旨みをたっぷりと吸い込んで、とてもおいしい。

 白菜。

 やはり、鍋物には欠かせないお野菜。

 これもまた、熱々で、鍋のエキスをたっぷりと吸い込んでいて、どうしようもないくらいにおいしい。

 はふはふと、タスッタさんは箸を止めずに食べ続ける。

 どの具材もおいしく、スープも、一口飲むたびにぐっと体の中から暖まっていくのが実感できる。

 なんか、食べているというよりは、お鍋から熱をそのまま貰っている気がしますね。

 途中、何度か汗を拭い、どうしても我慢ができなくなって冷蔵庫の中から買い置きの缶ビールを出して、それをグラスに注いで飲みはじめる。

 熱々のお鍋と、冷たいビールを交互に口にする、この快感。

 これは。

 と、額に汗を流しながら、タスッタさんは思った。

 食べるのが、止まりませんね。


 最初に煮た具材を大方食べ終えたあと、タスッタさんは軽い虚脱状態になった。

 満足感はそれなりにあるのだが、なんとなくまだ食べ足りないような気もする。

 第一、土鍋の中にはまだたっぷりとスープが残っている。

 これはやはり、しめにご飯でも中に入れるべきですかね。

 とか、タスッタさんはそんなことを思う。

 冷凍庫の中には、一食分ずつラップに包んで冷凍しているご飯がある。

 しかし、それでは、あまりにもありきたりすぎるような気も。

 この鍋で冷蔵庫内の食品はだいたい消化できたはずだが、なにかまだ忘れているような……と、思い返し、タスッタさんははっとする。

 そうだ。

 みかん。

 みかんが、まだ何個か残っていた。

 どこで聞いたのか忘れてしまったが、みかんは鍋に入れてもおいしいらしい。

 なんでも、そうすると、皮ごと食べられるようになるとか。

 その噂がどこまで本当なのか、タスッタさんには判断ができなかったが。

 これは、いい機会ですし、ここで試してみるのもいいかも知れませんね。

 煮えたみかんというのがどんな味になるのかなかなか想像できなかったが、みかんの甘味が完全に消えるということにはならないだろう。

 だとすれば、食後のしめにはぴったりなのではないか。

 そう思ったタスッタさんは立ち上がって冷蔵庫の中に残っていたみかんをすべて土鍋の中に入れて蓋をし、土鍋をIHコンロの方に運ぶ。



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