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【第二夜】




 夜に、夏祭りがある日だった。

 村の役員をしているため、我が家には昼の時間からいろいろなひとたちが連絡事項やら物品やらを持ち込んでくる。その中にはもう既に浴衣に着替えている女性もちらほらいて、皆艶めいて似合っていた。彼女たちの中には役員の仕事をしているうえで時折言葉を交わす相手もいたのだが、気が利かないわたしは「似合ってますね」のひと言を思い浮かべることすらできなかった。夜の時間になってそのことに気付いたが、どうすることもできなくて自分の愚鈍さを呪わずにはいられない。

 祭りは、小高い丘を登った場所で行われる。

 ちょうどそこには市営バスの転回場があって、様子を見に行くと一台のバスが祭りの会場を邪魔するように停車してあった。運転席には誰も乗っていない。バスを移動させなければ、祭りに支障をきたすのは明らかだった。

 仕方ない。

 わたしは運転席に乗り込み、バスを移動させることにした。

 細く曲がりくねった道を曲がるには、バスは大きかった。バスなど運転したことがないから、よりいっそう気を遣うし、苦労をした。

 丘を下ってある程度広い場所に出たのでそこにバスを置いておこうとしたら、どうやらこのバスは必要があってあの転回場にいたのだと知らされた。

 わたしは慌ててそのまま運転を続け、市側にばれないよう大急ぎでバスを元の場所へと向かわせる。細い道。一回ではまわりきれない道。そしてなによりも、マニュアルでの坂道発進。

 ほうほうのていでなんとかわたしは転回場へとバスで戻り、元あった場所に停車させた。いまさら同じ場所に停めても、わたしがバスを下まで運転し、再び上まで戻しに行ったことは道沿いの皆が見ているから、きっと市側にはばれてしまっているのだろう。骨折り損のくたびれもうけだ。

 夏祭りが始まる時間になると、我が家は各所からやって来るお客人の控室のようなものとなった。いろんなひとが来ては挨拶をし、祭り会場へと消えてゆく。

 そんなお客人の中に、ひとりの外国人女性がいた。

 年齢は、七十代に入るくらいだろう。とはいえ、肌は白く透明で、豊かな金髪が緩やかに波打って肩にかかるその姿は凛としている。

 それも当然だ。

 彼女は現在、某国のトップを目指して選挙運動をしているのだから。

 世界が注目する選挙に出馬をし、なおかつ当選するだろうと目されている彼女は、けれどとても気さくで、人付き合いの能力が絶望的なわたしだったが、それほど気張ることもなく接することができていた。

 ああ、こういうひとだから世界から求められるのだろうな。

 彼女と話をしながら、わたしは憧憬の念を止めることができなかった。同じ人間なのに、どうしてこう天と地ほどの――もしくはそれ以上遥かな――差があるのだろう。

 そうこうしているうちに、彼女のご主人が遅れて到着した。

 彼は昔、現在彼女が目指している場所にいた人間だ。世界を見据えた場所にいて実際に世界を動かしていたと言っても過言ではない立場にいただけあって、彼もまたどっしりとした存在感を(たた)えていた。

「いつも妻がお世話になっております」

 某国だけではなく世界を背負っていた過去を持ちながらも、彼はお茶を出したわたしに向かってそう頭を下げてきた。

 びっくりした。

 わたしは世界に(うず)もれる一庶民だ。庶民の中にあっても通り過ぎて忘れ去られていくだけの、意味のない屑のような庶民。

 そんなわたしに向かってまっすぐなされた挨拶に、どう答えればいいのか頭の中が真っ白になる。

 彼の言葉がたんなる社交辞令ではないのには気付いていた。

 何故なら、直接会ったのは今日が初めてだったけれど、以前に彼の奥方と言葉を交わしたことがある。手紙を送って、返事をもらったことがあるのだ。

 そのことをご主人は知っていて、その相手が目の前にいるわたしだということも判っていたのだ。

 さすが世界を相手にしていたひとは違うのだなと、当時よりも白髪としわが増えた彼を見ながら、内心で感心をした。

 そうして、頭の片隅で、あのとき騒ぎになった不倫相手は元気にしているのだろうかと、どうでもいいことをふと考えてしまうのだった。




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