【第一夜】
バーベキューの片付けをしていた。
高校備え付けの広くて深い流しには、使用済みの調理器具や食器などが目一杯入っている。
洗いがいがある。
ふたつの流しをいっぱいにしているそれらを、わたしはひとりで洗って片付けていかなければならない。その量の凄まじさにうんざりする気持ちとともに、汚れるそれらを切り崩し征服してゆく高揚した思いもまた湧き起こってもいた。
わたしがいる流しは、果てが見えない廊下のど真ん中に位置している。廊下の幅は広くて、ちょうど背中側には二階へと昇る大階段があり、その踊り場の天井から真っ白い陽光が降り注いでいて、階段やまるでホールのような廊下を眩しく照らしている。
しんとした静けさの中、わたしはその静寂を壊さないように調理器具を洗っていた。
ひとりの世界に入り込んで黙々と作業をしていたから、どれくらいの時間が経ったのかは判らない。あたりを満たす陽光の明るさは変わってはいないから、まだ授業をやっている時間帯なのかもしれない。
「これ、もらってもいい?」
突然背後からかけられた声に、わたしははっと後ろを振り返った。
そこにいたのは、わたしよりも頭ひとつぶんは背の高い、ハーフの男子だった。いきなり声をかけるにしては一歩ぶん近い距離に、わたしはちょっと怯んでしまう。
彼が「もらっていいか」と訊いてきたのは、流しの上に置いてあったみたらし団子だった。出来たてではないにしろ、まだ熱いはず。
「いいんじゃないの? もう誰も食べないだろうし」
そう答えると、彼はそのままわたしの背中越しに手を伸ばしてきて、みたらし団子を一本摑んだ。ぐっと更に近付いた距離に、わたしは身を固くしてしまう。
「うまい。瑞原さんもどう?」
眩しい笑顔があった。思わず見惚れてしまう。
いけないいけない。わたしは洗い物を終わらせなければならないのだ。
「一本残しておいて。これを片付けたら食べるから」
わたしの手は洗剤の泡でまみれている。彼を押しのけたくても、どうすることもできない。
そうこうするうちに、ハーフ男子の両手が流しの縁を摑み、わたしは彼の腕の中に閉じ込められてしまった。
「あの。ちょっと」
「ねえ、瑞原さん」
「ちょっと、あのさ。って」
彼はわたしが抵抗らしい抵抗ができないと見ると、腕を狭めて抱き締めてきた。そのときふと足元を見ると、彼の履いているスリッパの色が見えた。
この高校では、校内はスリッパを履くことになっている。学年によって色が違うので、色を見ればどの学年にいるのかが判る。
彼の履いているスリッパの色は、緑色だった。
わたしは赤色だ。
つまり、彼は一学年下ということになる。
「わたし、先輩になるんだけど」
こういう恋愛めいたことは同学年同士でやってもらいたい。胸がどきどきしながらも、どこか冷静になっているわたしがいる。
だが、彼にはどこ吹く風だった。
「判ってるよ。一年二年くらいどうってことないだろう?」
「なに言ってるの。その一年二年の差ってのはものすごく大きいんだから!」
抱き締めてくる腕や体温、彼からほんのり香る香りを心地よいと感じながらも、わたしはそう力説した。
彼はわたしの言葉に、急にしゅんとなって腕の力を緩めた。
寂しそうな彼の顔はなんだか見ていられなくなって、わたしはみたらし団子を急いで食べると、再び洗い物に精を出したのだった。