65話
真っ暗な闇の中、私はただ怯えていた。
目を閉じ耳を塞ぎ蹲って時間を消費する。
でも、それでも見たくないモノが見える。
だから、私は剣で振り払い呪文を支配し、ただ全てを殺した。最期に残るのは無と始まりだった。
気がついたら私は何カ月も時間が過ぎていた。目の前の敵だけじゃ物足りなく、ただ殺す事に飢えていた。
なのに、あれだけ孤独で寂しかった日々がレオンに拾われてから変わった。
暖かい場所だった。
村の人達は優しかった。
リリィは苦笑いをしながら村人達に紹介してくれた。
私が避けていても彼等は優しく接してくれた。
私は私を知らない場所でいつの間にか戦う術を無くしていた。でもそれも構わないと思った。心地よくて戦う事を忘れられた日々に溺れるのは早かった。
私は私である事を忘れたかった。でも夜になると私は私に戻る。それでも夜は怖いけど安心でき、次の日になると私は私を忘れられる。
私は自分から逃げていた。認めよう。私は私が怖かった。でも、この穏やかな場所で私は私を取り戻した。
きっかけはレオンだった。
レオンは何故か私にばかり構って余計な事をしてくる。だけど、私はその余計な事が心の中では嬉しかった。兄妹ってこんな感じ何だろう。それに守られるのも悪くないと思った。
このまま、私は穏やかに生きていきたいと願った。だけど、運命は許してくれない。
気がついたら私はまた失っていた。
ねぇ、どうして私なの?
ねぇ、私は悪い事をしたの?
ねぇ、誰が教えてよ!
誰に聞いたらいいか分からない。答えなんて見つからない。
だから、私は失ったモノを取り戻す為に私を頼る。
「それでワシに用なのはブルジェオン家が襲われたから王国騎士への復讐を手伝えって事か?」
冷めた目でハンデルン卿はレオンを見つめる。レオンはそれを真正面から受け止め、首を横に振る。
「母リリィはハンデルン卿を頼れと言いました。騎士団長の言葉が本当ならば国の一大事ではありませんか?」
ハンデルン卿は獰猛な笑みを浮かべ笑った。
「ハッハッハ、何を言う!平和な時に飽きていた所だ。大いに結構!漢ならば戦いに生き戦いに死ぬ。ワシはただ生きている実感を得に戦い、ワシの死に場を探すだけじゃ。故にワシはどの様に転ぼうとも構わぬぞ?」
ハンデルン卿は確かに戦いの中で生まれた英雄だ。しかし、ここまで横暴な言葉を並べるだろうか?
あれから夜が明け、ひたすら走って辿り着いたハンデルン卿の屋敷でレオンが家名を名乗り会う事を取り付けてからハンデルン卿はずっとこの調子だ。何かを試されている様な話し方。まるで貴族と対面しているかのようだ。
何を考えているか分からないうちは私もフードを被って正体を隠していた。ハンデルン卿も私を少し警戒していたのを見ると私にも試されているのかもしれない。ならば仕掛けてみるか。
「ハンデルン卿、何故その様な言葉を並べるのですか?貴方は貴族ではなく騎士ではありませんか?それに貴方が戦いに生き甲斐を感じているのならば私達の話に頷かない理由が無いと思います。何故ならば正統な理由で争いに参加できるのですから」
私がそう言うとハンデルン卿は笑いを辞め、私を見定めるかの様に視線を向ける。
「……ほぅ、お主は中々口が回るようじゃ。この手の話は勝った方が正義じゃ。王国騎士が勝利を収めて正当さを語ればいい。そうであろう?ならばワシが王国騎士についても構わないとは思わぬか?」
……そう来ましたか。だけど、私が知っているハンデルン卿は強さの中に智があり、負けない戦はしない。だから、最強の騎士と呼ばれ、常に勝利を収めた。ならばー
「それはあり得ません」
私はぷいっとそっぽを向く。ハンデルン卿は私の言葉に目を細める。
「何故そう言い切れるのじゃ?」
私は口元をニヤリとさせて、なるべく嘲笑うかの様に言う。
「だって貴方は戦うならば勝ちたいでしょう?」
ハンデルン卿も獰猛な笑みを貼り付けた。
「……ほぅ、お主が敵に回れば勝てぬと申すか?ならば面白い?敵同士で楽しもうではないか!」
私はこのタイミングでフードを取る。
「そうですね、クレア・レイナスを敵に回したければ構いませんわ。私は敵には容赦しませんの」
睨み合い沈黙が続く。互いに目を逸らさずに視線と視線をぶつけ合う。するとハンデルン卿はガハハと急に大笑いする。
「これは一本取られたわい!リリィもシリウスも貴方に肩入れするわけじゃな!まさか、あの公爵家令嬢が間逆の領地に居ると誰が思おうか!確かにクレア様の敵に回るのは得策ではない。民にも今では信頼を得ておる。騎士とは民に好かれて初めて英雄になる。ワシは騎士であるがただの辺境騎士じゃ。王国騎士団には入っておらん。王国騎士は国を守るがワシら古の騎士は人を守る。確かに貴方の言う通りだ。しかしだ。話は変わるがシリウスの息子よ、其方はそれで良いのか?ワシはあのシリウスの息子として対峙していたのじゃが女に守られた戦いじゃった。其方の戦いは既に王国騎士から始まっているのじゃろ?対面した時から其方とワシの戦いは始まり、其方は結局ワシに其方の利点を見せなかった。ならば其方はこの戦いに参加する資格はない。事を終わるのをただ指を咥えて待ってるが良い」
レオンは言われて悔しそうな表情になる。
「ハンデルン卿の言葉の通りです。クーを守ると言っておきながら確かに俺は貴方に何一つ示せませんでした。足手まといになると思います。だけど、クーの盾代わり位には必ずなります。覚悟だけはあります!」
ハンデルン卿は深く溜息をつく。そして、レオンを視線で射抜く。
「やはり、不合格じゃ」
レオンはたじろぎながら何故ですと叫ぶ。
「其方は何も分かっておらん。盾代わりになると言ったが死ぬのか?守ると言ったのにか?其方がただの人であれば良い台詞じゃ。命を懸け守る。素晴らしいな。じゃがな、シリウスの息子よ、其方は騎士の息子じゃ。ならば守り続けるのが騎士じゃろ?その様な半端な言葉は要らぬ。だから其方は戦いに赴くな。生死を賭けるならば生きる勝算を考えて部隊を作る。これは戦争ではない。ただの鎮圧じゃ。そこに特攻隊は要らぬ。クレア様の存在だけでも利を得るし、先程の対話で自身の価値を証明した。其方に知恵が回るとも思えぬ、ならば剣技は?シリウスはただ守れと伝えリリィはワシを頼れと言った。ならば其方の役目は終わった。そうであろう?だから、ワシは其方を試した。王国騎士の行動はワシも把握しておる。シリウスの件は予想外ではあったがな。だから、其方にいま一度戦いに参加出来るか否か試した。じゃが其方の言葉を聞く限りでは無理じゃな。故に其方の覚悟は無駄じゃ」
レオン何か言いたそうだか言葉に出来ない。
「其方はクレア様に其方の命の責任をおしつけて満足か?」
レオンは言葉は悔しそうにただ言葉を聞く。
「シリウスの息子よ、絶体絶命の時、長年連れ添った冒険者は1人残り仲間を逃す。そうする事で仲間を守り通す。それは魔物相手に考えた生きる知恵でもある。じゃがな、騎士であるならば自分を守り通さずして誰が残ったクレア様を守るのじゃ?結局其方の覚悟はクレア様の重みにしかならぬ。そうであろう?」
レオンはハンデルン卿の言葉を聞き考える。そして、口にする。
「その通りです。俺は勘違いをしていました。クーを命に懸け守ると思っていました。だけど自分も守れない奴がクーを守れる訳がない。ハンデルン卿、俺は自分の剣技に懸け、クーと共に貴方の戦に参加したいです。俺にはお父さんから受け継いこの剣技位しかないです。ならば俺は俺の出来る事をやりたい。ハンデルン卿、俺はクーと共にこの戦を生き抜きます」
レオンの強い意志にハンデルン卿はやっとニヤリとする。
「まぁまぁじゃ。ワシの部下達が情報を得ておる。それまでここの屋敷を自由に使うがよい。ワシが居るのだから死ぬ事は許さぬぞ、レオンよ」
レオンはハイと頷く。これで終わりかと思った瞬間だった。
ーバタンッ!
ドアが開く。そこに居たのは見覚えのある顔だった。いや、見覚えのある顔だが幼い。
「なぁ、じぃちゃん。其奴強いの?強いなら俺と勝負しようぜ!強かったら俺もそのくだらない戦に参加してやるよ!」
彼はニヤッと笑う。最強に近いと将来言われる男が仁王立ちしていた。
いつもお読み頂きありがとうございます!




