第4話 遠く、辺境にある村 4
第3話の予約日を間違っていたようです。不覚、、、
二人が森を出たのは、だいぶ夜の闇が深くなった頃だった。遠くの方で村の明かりが灯っているのがわかる。
句動二輪を起動させ、村へと急ごうとした二人の耳に、何かを引きずるような音が聞こえる。後ろを振り返ってみれば、森が近づいてきていた。
「森が広がり始める前に出られて良かったわね」
「......まったくですね。暗くなった森をこれ以上歩くのは御免でしたから」
見れば、メイクの服にはあちこち泥がついている。足元が暗いため、木の根にでも躓いて転んだのだろう。反対に、エレナは森へ入った時となんら変わりない。日頃の運動の差がよく分かる。
「もう少し運動した方がいいんじゃない?」
「......気が向くことがあれば」
呆れた口調のエレナに気の無い返事をするメイク。その返事がどこか強張っているのを感じたエレナがメイクを見れば、顎に手をやり、考え事をしている姿が目に入る。
「どうしたの?」
「いえ、これから面倒臭いことになりそうだと思いまして、それを何とか回避できないものかと」
「......そうね」
言われて気づいたのだろう。エレナも肩を落とすように返す。
「とにかく村に戻りましょう。皆さんに報告しなくては」
「このまま次の村に向かっちゃわない?」
「出来ることならそうしたいです......」
二人は顔を見合わせ、溜め息を吐いたあと、句動二輪を発進させ村へと向かった。
***
村に入ると、村人たちが二人の元へ集まってきた。皆、どこか晴ればれとした表情だ。
代表して村長であるトゥルーデが話しかけてくる。その顔はとてもにこやかだった。
「ご無事で何よりです」
「ご心配、痛み入ります」
メイクは社交辞令を社交辞令で返す。もしかしたら本当に二人の心配をしていたかもしれないが、それを知る由は無いのだ。
「それで、原因は分かりましたでしょうか」
「ええ、勿論です」
「それは良かった!」
トゥルーデと村人たちは手に手を取り合って喜んでいる。何人かは涙まで流して。それほどまでに、あの森は村にとって脅威なのだろう。
「本当にありがとうございます。これで村は救われました!」
トゥルーデの感謝の言葉を引き金に、村人が次々に礼を言ってくる。
「それで、原因はなんだったのでしょうか」
「......メジュナという花です」
「花?」
「はい。短時間で森を作り上げる特殊な力を持った花です」
トゥルーデは首を傾げていたが、難しいことを考えるのはよそうとばかりに頭を振り、メイクに向き直る。
「でも、それはお二人が何とかしてくれたのでしょう?」
まるでそれが当然だと言わんばかりの口調で尋ねてくるトゥルーデの言葉に、今度はメイクが頭を振った。
「いえ、我々は何もしていません」
「......え?」
その言葉に村人たちも固まった。何を言っているのか分からないという表情でメイクを見つめている。
「我々<歴史の語り部>の仕事は、あくまでも観測です。そこに介入することは一切ありません」
「で、でも調査してくれるって......」
「それだけです。本来であれば、この報告すらする義務はありませんし、ましてや原因を排除するなどもってのほかです」
そこまで言うと、村人は剣呑な目でメイクを睨み始める。その内の一人が叫ぶように口を開く。
「ふざけるなよ。この村がどれだけあの森に困ってると思ってる」
「私には全く関係の無い話ですし、そもそも部外者に頼るのはお門違いなのでは?」
メイクは冷静に言葉を返すが、それで彼らが納得するはずも無かった。一人が口を開いた事で勢いを得たのか、次々と非難の言葉を浴びせてくる。
「あんたらが任せろと言ったんだろうが!」
「それは調査の話です。解決まで請け負ったとは言ってないはずですが?」
「常識で考えればそこまで請け負うのが当たり前だろう!」
「貴方がたの都合の良い常識を押し付けないでください。私の言葉を過剰解釈しただけでしょう」
「だったらもう一度森に行って、その花とやらを消してきてくれよ!」
「先ほども言いましたが、我々が調査、観測以上の事をすることはありません」
「元はと言えばお前ら<歴史の語り部>が起こした事じゃないか!」
「あくまでも推測でしょう、それは。証拠は何一つとして無い」
「あの男は任せろと言っていたんだ!」
「それも言葉だけで、その男性が何かをしたという証拠にはなりません」
冷静に、かつ丁寧に村人の暴論とも言える言葉をメイクは捌いていく。そこに謝罪の色は無く、冷ややかな侮蔑の色だけがあった。そうしている間に、メイクの背後に一人の男性の影があった。恐らく言葉で自身を抑えられなくなったのだろう、心の内にある怒りを暴力という形で訴えようとする村人が跳びかかる。
だが、それはエレナによって阻まれる。具体的には、その長い足を男の顔面へとぶち込み、吹っ飛ばしたのだ。男は地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
「この人を傷つけようとするなら容赦しない」
そう言ってエレナはメイクを守るように立ち、村人を睨みつける。
「お、俺たちは観測対象じゃないのか!」
「もちろん、貴方がたは貴重な観測対象ですが?」
怯えからか、どもりながらの村人の問いにメイクは溜め息を吐きながら答える。
「それじゃあ俺たちに暴力を振るうのは介入じゃないのか!」
「先に仕掛けてきたのはそちらなのですが......」
「黙れぇぇぇ!」
自らの発言を的外れだと指摘されたと思ったのか、男が殴りかかってくるが、まっすぐ伸ばした腕をエレナにより叩き折られ、悲鳴を上げながら地面をのたうつはめになった。
「確かに<歴史の語り部>は何事にも介入しません。それは相手が人間であっても変わりませんし、暴力を振りかざすこともありません。ですが――」
メイクはエレナを見やると言葉を続けた。
「<歴史の語り部>でない者がそれをするのなら、話は別です」
「......そ、そんな」
足元で腕を抱えて倒れている男が、呻きとも取れる声を漏らす。
「仕事仲間だと言っていただろうがっ」
「......おかしいとは思わなかったのですか? 貴重な品々を持つ<歴史の語り部>が、自らを守る術を持たず旅をするなんてありえないでしょう」
呆れかえったように話すメイクに別の村人が叫ぶ。
「騙したのか!」
「本当に自分の都合の良いようにしか考えないのですね。誰も彼女が<歴史の語り部>だとは言っていません」
だが、そんな言葉も自分こそが被害者であると信じて疑わない者には、ただの言い訳、屁理屈にしか聞こえないものだ。現に、村人たちは二人を睨みつけるのを止めない。それどころか憎悪を増した目は、まるで切っ掛けさえあれば爆発してしまいそうでもあった。
しかし、それはメイク達にとって嬉しくない。そして、同じく暴力に訴えること是としない者が声を上げた。トゥルーデだ。
「皆さん、落ち着いてください」
「村長! あいつらの肩を持つのか! 俺の兄貴を殺したんだぞ!」
村長に食ってかかったのは、最初にエレナが蹴り飛ばした男の弟らしい。言われてみれば何となく似ている気がしないでもない。
「貴方のお兄さんは死んでいないでしょうし、肩を持つわけでもありません。ですが、彼らを痛めつけても何ら状況は変わらないでしょう?」
「変わるとも。女を人質にヤツを脅せばいいのさ!」
男は下卑た目で、エレナにねちっこい視線を送りながら続ける。
「そうさ。俺たちは、俺は何も悪くないんだ。元はと言えばあの男が森なんか作り出したのが悪いし、仲間の失態を何とかしようとしないコイツらも悪い。俺はただ村が豊かになればと思っただけなんだからな!」
ご都合解釈を始め、自らに責任は無いと言っているこの男がどうやら今回の元凶のようだ。それを咎めるようにトゥルーデは話しかける。
「そんな事をすれば、貴方は罪人になってしまいます。とにかく――」
「うるせええええぇぇあああああ!」
「きゃっ」
突如、男は叫びだしトゥルーデを突き飛ばす。そしてメイクたちを指さす。
「罪人だぁ? 俺なんかよりコイツらのほうがよっぽど屑じゃねぇか! わかったらとっととコイツら......を......?」
唾を飛ばしながら、叫ぶように訴えてた男の声が尻すぼみに消えていく。気づいたのだ、他の村人たちが自分を咎めるような目つきで睨んでいることを。
「な、なんだよ......」
後ずさりながら発する声は、先程よりも力が無い。そんな男にトゥルーデが冷たい表情で話しかける。
「私に暴力を振るった罪は軽くないですよ」
「......あ」
男は青ざめた顔で短い声を発する。この村の掟を思い出したのだ。
「ま、待ってくれ。ほら、何というか――」
「言い訳は聞きません。彼らを害そうとした二人と共に、貴方は明朝、追放処分とします」
男は項垂れて、座り込んでしまった。放心しているのか、そのまま動かなくなってしまった。
そんな男を横目にトゥルーデは、完全に置いて行かれてしまっているメイクとセレナに頭を下げる。
「村の者が失礼しました」
「え? ああ、いえ......ずいぶん厳しいですね」
「ええ、小さな村ですから、厳しい掟が無ければやっていけないですから......貴女も彼に説明していた時に聞いていたのでは?」
「特に興味も無いので聞き流してました......すみません」
今度は、今まで呆然として見ていたエレナが頭を下げた。
「助かりました。トゥルーデさん」
そこにメイクがにこやかに握手のつもりで手を出す。だが、それをトゥルーデが握ることはなかった。
「村の掟に従ったまでです。それに貴方がたの言葉に、納得も理解もしていません」
そう言って睨みつけてくるトゥルーデに、メイクは手を引っこめ、肩を竦めた。
「構いません。私にはどうしようもないのですから」
「......本当に、手伝ってはくれないのですね?」
「ええ。これ以上私たちが何かをすることはありません」
「そう、ですか」
トゥルーデは一度俯くと、顔を上げ、そして言った。
「この村に利益をもたらさない者は客人ではありません。即刻出ていってください」
「なっ......」
あまりにも身勝手な言葉に反論しようとしたエレナを、メイクが抑える。
「わかりました。行きましょう、エレナ」
「メイク!」
句動二輪に跨ろうと歩きだしたメイクを、エレナは叫ぶようにして呼びかけながらその背を追いかけた。
そして、メイクの背にもう一人、大きな声で話掛ける者がいた。
「"聖紋"を使わないでいただいたことには感謝しています!」
その声に反応することなく、二人を乗せた句動二輪は土煙を上げながらあっという間に次の村へと走っていくのだった。
それを見つめていたトゥルーデに、一人の老いた村人が話しかけた。
「村長、"聖紋"って何ですかい」
「......聖句に反応し、力を授ける刺青の事です。使われれば、常人では軽く殺されてしまうと言います。<歴史の語り部>を守る方々には、それが施されていると聞きました。ですが、その代償に――」
***
「――命を削るからね、"聖紋"は。使わないですんで良かった」
「......私はいつでも死ぬ覚悟は出来てるわ」
「それはいけない。まだまだ君には生きてもらわないといけないからね」
「それは、仕事仲間として? それとも......」
「さて、どっちだろうね?」
不満顔の少女は、その色をさらに濃くする。代わりに青年はニヤリと意味有りげな笑みを作った。