第2話 遠く、辺境にある村 2
二日おきって結構大変ですね
「――と、これでこの村に伝わる話は終わりです」
「ありがとうございました。貴重なお話を聞かせていただきました」
トゥルーデの話を聞きながら、本に指を走らせていたメイクは一先ず笑顔で感謝する。
そして、本をポーチに入れながら、ふと思い出したかのように装って問いかけた。
「あ、そういえばセムジンの都市からここに来るまでの間、森林が広がっていました。地図にも書かれていませんでしたが、あれは前からあるものなのでしょうか」
するとトゥルーデは忌々しげに顔を歪める。
「あれはつい最近出来た森です」
「最近? あれほどの森が出来るには相応の時が必要だと思うのですが?」
「そんなことはわかっています。ですが、本当に突然に現れたのです」
その言葉にメイクとエレナは顔を見合わせた。エレナは視線でメイクに心当たりが無いか尋ねるが、メイクは見当もつかないとばかりに肩を竦める。それを見たエレナは眉を顰めると、トゥルーデに向き直って口を開いた。
「現れたのはいつ?」
「前任の<歴史の語り部>の方が出ていったあたりです。どうも村の者が変なことを口走ったようで......」
「変なこと?」
「ええ、"この村で林業が出来ればもっと発展するのに"と......」
「それが? 発展を望むなら別段おかしなことでもないじゃない」
「それはそうなのですが、前の<歴史の語り部>の方は"任せろ"と言ったらしいのです」
エレナは首を傾げる。<歴史の語り部>は世界に関して不干渉であることが絶対条件だ。どんな人間の頼みであっても、それを聞き入れること、ましてや環境を変えるようなことは絶対にしない。なまじ、知識があるがゆえに、それを無闇に使うことは重要な歴史や伝説、文化を変えてしまうことに繋がるからだ。そのため、<歴史の語り部>を名乗る人物が偽物であったことを殊更に強調する。
「もちろん、ただの森であれば私達も諸手を上げて喜んでいたでしょう。ですが、あの森は――」
「――土地を浸食している、ですね?」
言葉を先読みしたかのように言葉を繋げるメイクを、トゥルーデは驚いたかのように見つめ、頷く。
「はい。あの森は徐々に村へと向かって広がっているのです」
そう言って俯いてしまった。
「もちろん私達も最初は木を伐り、その浸食を止めようとしたのですが、一晩もすると失った分を取り戻そうとするかのようにさらに深く木々が生えているのです。――今では村人達は皆、怖がって自分たちが育てた麦畑にも出ようとしなくなってしまいました」
俯きながら話すトゥルーデには疲れが浮かんでいた。恐らく何とかしようと、日夜奔走しているのだろう。
その愚痴とも、同じ<歴史の語り部>に対する遠回しな非難とも取れる話を聞きながら、何かを考えているように顎に手をやって瞑目していたメイクは、目を開きトゥルーデに話しかける。
「私にいくつか心当たりがあります」
「本当ですか!」
パッと顔を輝かせるトゥルーデに「ええ」と頷き、メイクは言葉を続けた。
「ですが、その調査は明日にしましょう。今日はもう日が暮れますし、一晩泊まる宿を教えていただけますか?」
言われて外に目をやれば、西の空が真っ赤に染まっている。トゥルーデは慌てて立ち上がり頭を下げた。
「も、申し訳ありません。お茶の一つもお出しせず!」
「いえいえ。どうやら前任の<歴史の語り部>が厄介事を引き入れてしまったようで、こちらこそ申し訳ない」
「い、いえ、そんなことは――とにかく、今二部屋ご用意しますのでお待ちください」
「ああ、部屋は一つで結構ですよ」
「は?」
バタバタと二階の部屋を整えようとしていたところに、メイクの衝撃の言葉が耳に入り、ポカンとしてしまうトゥルーデ。そして二人を交互に見やり、やがて何かに思い立ったのか耳まで顔を赤くすると、「し、仕事仲間とはいえ男女だものね......そ、そういうことも......」と呟き、ドタバタと上に上がって行ってしまった。
それを見ていたエレナは半眼でメイクを睨む。
「......あの人、絶対何か勘違いしてるわよ」
「例えそうだとしても、我々の業務に何も支障はありません」
拗ねたようなエレナの言葉に、何の事は無いとばかりに肩を竦めたメイクが答える。
「それに、部屋を別々にしてしまっては貴女の"仕事"がやり辛いでしょう?」
「それはそうなんだけど......」
飄々とした態度のメイクの言葉に、エレナは長い溜め息を吐いた。
――二人は前々から"そういう風"に見られることは多々あったのだが、その度にメイクは否定も肯定もせず、ただ流れるままにしているため<歴史の語り部>たちの間では、「大事な業務の旅に、自分の女を連れまわす阿呆がいる」という噂が流れていた。その事を知っているエレナは「また噂に現実味が増してしまう」と額に手をやった。
「――で? 何でメイクは森が"浸食"してるってわかったの?」
「森を出たとき、木々が麦畑の内部にまで生えていました。畑事態も中途半端なところで途切れてましたし、変だな、とは思っていたのです」
やがて諦めたかのように姿勢を正したエレナが発した問いに、メイクは淡々と答える。
「なんでその時点で教えてくれなかったの?」
「そういう文化、風習があるのかもしれませんでしたし、それに――」
「――<歴史の語り部>は感情を捨てて行動すべし。でしょ」
「よくわかっているじゃありませんか。その通りです」
<歴史の語り部>は、様々な土地の文化、風習、歴史を客観的な角度から観察する必要がある。それらを記す際に、個人的な感情に流されて間違った文を書かないようにするためである。郷に入っては郷に従うのが<歴史の語り部>であり、どのような事情があれど、不干渉を貫く。――どこかの青年のように、一人残された少女を憐れみ、助けるようなことがあってはならないのだ。
過去に一時の感情に身を任せ、<歴史の語り部>としての本分を逸脱した行動をとった青年の言葉に、少女は小さな声で「......バカ」と呟くと、二階から降りてきたトゥルーデに詰め寄る。
「――お風呂、ありますか?」