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戒縛の王と 森の妖精

1 幼き妖精の災難

作者: にくきぅ

束縛・一方的な(軽い)執着の表現を含みます。

不得手な方は、此処で引き返してください。かなりライトに書いたつもりですが、苦手に感じたら、すぐに引き返す事を推奨致します。

また『話なげーよ、メンドクセェ』と感じた方も、不快をもよおす前に戻る事を お薦めします。

常用漢字ではない漢字の使用が多々あります。 誤字・脱字と共に、広い心で お赦しください。




___視点:エスファニア王国-国王付き秘書官___


「ファニーナ」

エスファニア城の一郭で、秘書官は 魔法使リーゼロッテいを呼びめた。

「お時間 宜しいですか?」

振り返ったのは、12〜13歳くらいの少女だ。

渋皮色の髪は 毛先が くるくると巻いており、ふっくらとした頬の横で ふわふわと揺れている。

灰色の大きな瞳に 白い肌、薔薇色の 薄い唇をしている。

「はい」

小さな村でなら 10人中5〜6人が『可愛らしい』と答えるだろう少女だが、斗出して美少女と云う印象はない。

整った顔立ちはしているが、だからと云って 美少女ではない。

所謂いわゆる 平凡な、可愛い少女だった。

「少し、ご相談があるのですが」

丁寧な態度で、国王の秘書官は 少女を別室に招いた。

此処は、エスファニア王国の 中心地-エスファニア城である。

そのの通り『国王がおわす城』だ。

そんな場所にいるには、少女は 余りにも幼い様に見える。

しかし、秘書官は 何の違和感もなく相談を持ち掛けた。





数分ものはなしを、近場の部屋に入った所でする。

一頻ひとしきばなしを聴いた後、少女は 驚いた様に質問をした。

「それは 外交、ですか?」

「そうですね。結果的には、そう云う事になると思います」

この言葉に、少女は 表情を変えずに押し黙る。

国王-フェイトゥーダと 王妃-フローリェンは、つい この間、外交に出たばかりだった。

西の隣国とは云え、決して親密ではない ナルシェル王国に招かれ、かなり面倒な思いをしたばかりである。

戻って間もないと云うのに、またも 外交で他国へわたると云うのだ。

「 ……… 」

少女にしか見えない魔法使いは、押し黙っていた。

少し働きぎではないだろうか、とでも考えているのかもしれない。

しかし、少女の表情から それ等を推し量る事は 不可能に近かった。

其処で、秘書官は 更に説明を重ねる事にした。

「ラッケンガルドと云う国を、ご存知ですか?」

「確か、サマリアの東にある 小さな国だったと」

質問に対して、とても簡潔で 適切な答えが返ってきた。

「流石は、ファニーナ。博学でたすかります」

秘書官は、思わず にっこりと微笑む。

彼は、少女の有能さを理解していた。

この城に仕える様になって 半年に充たないが、どれ程 たすけられてきたか知れない。

幼い少女の姿をしているが、強力な魔法使いである事は 伝え聴いている。

「この国の南東にありますが、あの辺りは 貴女のテリトリーではないのですか?」

魔法使い達は、それぞれ々『支配領域テリトリー』を持っている。

範囲は 様々だが、平均的に 一市町村程度の広さらしい。

しかし、〔森之妖精イリフィ〕の支配領域テリトリーは、常識を覆す広さを誇っていた。

「わたしの支配領域テリトリーは、フォルモーサとの国境-辺りが 南端になります」

エスファニア王国は云うに及ばず、北に隣接する2っの国と 南に隣接するフォルモーサ王国の一部までもが、彼女-独りの支配領域テリトリーだ。

超大国-3っ分の領域は、他の魔法属を排斥する 特殊な結界で包まれており、魔法属の侵入は 不可能に近い。

つまり、限りなく安全な場所なのだ。

「そうですか」

魔法使いは、この世界に 何10万人といる。

ちからの強弱はあれど、かなりの人数が存在している。

実際に、エスファニア王国の東に隣接する森-1っが 或る魔人の支配領域テリトリーだったり、南東の国境付近にある崖下の湿林が 別の魔人の支配領域テリトリーだったりする。

「あの国に、危険な魔法属はいるのでしょうか」

支配領域テリトリーとは、魔法使いの住処であり 魔法工房アトリエのある場所でもある。

その性質上、支配領域テリトリーを築いている魔法使い達は、自分の領地が他者に踏み荒らされる事を 酷く嫌う。

多くの支配領域テリトリーには、防犯・索敵の役目を負った魔獣達が 放されている。

一歩でも 支配領域テリトリーに踏み込めば、魔獣達に襲われる事になる。

上記-2人の魔人達も、その支配領域テリトリーに 夥しい数の魔獣を放っていた。

そうやって 安全を保っているのだ。

秘書官が気にしているのも、其処だった。

「そうですね…… 」

渋皮色の髪の少女は、小首を傾げる様にして 暫し考える。

魔法使いには、基本的なちからの差にって 魔力の感知能力に差異がある。

ちからつよい魔法使いは、自分よりも弱い魔法属を感知出来る。

数年間 支配領域テリトリーから出なかった彼女ではあるが、この能力にって 他の魔法属の動きは この場からでも判るのだ。

勿論、大まかな位置を把握していると云った程度だが、格上だからこそ 可能な事だった。

此処で重要なのが、ちからつよい者は、自分より弱い者達の位置を把握出来る と云う部分だ。

逆に、格下の者達は、おのれよりもつよい者が隣にいても 気付けない。

これは 隠遁系のじゅつを使われているのではなく、等しく『感じ取る事が出来ない』のだ。

当然、これは 魔法使いでもない秘書官の知るところではない。

「あの国の北に拡がる湿地と 荒地には、何人か……それと、南に拡がる砂漠には…… 」

ラッケンガルド王国の南にある広大な砂漠には〔炎之騎士〕と呼ばれる魔人がいる。

近付く者を選ばず、容赦なく、灰燼かいじんす魔人だ。

危険と云えば、何よりも危険だろう。

そのはなしを聴いて、秘書官は 眉を寄せた。

「困りましたね、陛下の外遊先には適さないと云う事でしょうか」

「『外遊』なのですか」

少し驚いたふうで、しかし、何処か納得した様に、魔法使いが 小さく呟いた。

エスファニアに隣接している国は、5っ。

その内、南の新生フォルモーサ王国とは、少女を介して 国交らしきものが結ばれたばかりだ。

つい最近まで サマリア王国に侵略された状態だったフォルモーサ王国は、国土の返還がなされたとは云え 未だ混乱状態だ。

外交にも 外遊にも適さない。

西のナルシェル王国にいては、以前からエスファニアへの一方的侵攻を目論み続けている 半-敵対国家だ。

つい この間、かの王に招かれた陛下に附いて 王城へ参じたが、その際も 少女への無理難題いやがらせ? を吹っ掛け続ける始末だ。

西の国境を跨ぐ事は 冗談でも薦められない。

一方、北にある2っの大国とは 些細な物流はあるものの、国家としては 親密と云う関係ではない。

幼い魔法使いとは 親交がある様だが、この少女が 詳しいはなしをしないので 秘書官にとっては『寒冷地の国家』と云う認識しかない。

残るは、南東にある ラッケンガルド王国である。

エスファニア王国の東を流れる大河をくだれば、かの国との国境へ辿り着く。

「このところの激務のねぎらいと 王妃-フローリェン様の気晴らしに、と思ったのですが」

ラッケンガルドは、扱いが難しい大国でもなく、つい最近 関わりがあった国でもない。

外遊には、距離も 丁度良い。

もし 安全な国ならば 是非とも外遊先に推薦したい。

そう考えての候補地だった。

しかし、一般的な人間-相手ではなく 魔法族の観点から見れば、少女の支配領域テリトリーから出る事は 決して良策ではない。

「まだ 私の一存にる計画ですし、ファニーナが危険と仰有おっしゃるなら 行き先を検討する必要がありますね」

そう言いながら、秘書官は 小さく溜息を零した。

サマリア王国とは、実に親密な関係にある。

若き王に嫁いできた王妃は サマリア王の姪に当たるし、サマリア王と 2人の息子達との仲も良い。

其処だけを見れば、サマリアへ行けば良いと思うだろう。

しかし、この国を選べない理由もあった。


《 サマリア王国へ行けば、下へは置かない程の歓待を受けてしまうでしょうし。》


理由は、先の『サマリア王妃の処刑』にあった。

そもそも、サマリア王国は 小さな王国だった。

その王の後妻に 或る美女が収まった時から、異変が始まる。

後妻の王妃は 大層な浪費家で、婚姻後 早々に、一部の貴族から 批判が挙がった。

それが 急速に高まった頃、或る貴族が頓死した。

彼は、王妃批判の急先鋒であり 資産のある貴族でもあったが、結果、彼の残した資産の全てが サマリア王家へ没収される事となった。

謎の死だった事もあり、貴族達の間に 波紋が拡がった。

誰もが王妃を疑ったのは、自然な流れだったのだろう。

その先頭に立ったのが、サマリア王の長男であり 第一王位継承者であった王子だ。

彼の指示にり、密かに 死因の調査が進められた。

そんな中、次なる死がもたらされる。

サマリア王が後妻を迎えた 半月後、サマリア王国の南にある国王が 急死したのだ。

国交もあり 親しき隣国だったブルネア王国を、サマリア王は侵略した。

ブルネア王国としては、自国の王の急死を嘆き 次代の王を擁立せんとしていた矢先の出来事であり、宣戦布告もない 一方的な侵略だった。

あっと云う間に、サマリア王国の領土は 3倍になり、内海に接する 肥沃な地を手に入れた事になる。

これに気を良くした サマリア王は、西にある大河の向うに隣接する フォルモーサ王国に目を付けた。

宣戦布告をした直後に攻め入ると云う反則に近い手法を用いて、フォルモーサをも陥落させた。

サマリア王国の領土は、元の6倍になっていた。

エスファニア王国と同等の領土を獲得した事で 気が大きくなったのか、当然の様に、かの王の野心は エスファニアへ向けられたのだ。

闘う事は 易かったが、若き王と その側近達は、別の方法を思い付いた。

サマリア王達を エスファニアへ招いて、大々的な歓待をしたのだ。

その場に、この魔法使いもいた。

彼女は、サマリア王家の3人に 妙なかげが纏わり付いている事と、後妻の王妃と その近しい者達がエスファニア王国に来なかった事から、王妃の正体が魔女である事を見抜いた。

更に、その王妃にって 王と2人の王子達のからだや持ち物に 毒が仕込まれている事に気付いたのである。

彼女リーゼロッテの適切な処置で一命を取り留め、魔女の毒牙から解放されたサマリア王は いたく感謝し、旧フォルモーサ王国の全土を無条件で返還する決断をした程だ。

王子達に至っては、12歳の平凡な少女の姿をしている魔法使リーゼロッテいに 求婚しそうな勢いだった。


《 あの国へ行けば、何ヶ月も解放してはもらえないでしょう。》


主に、供に附いて行く〔森之妖精イリフィ〕が大変な思いをする事になるだろう。

そう思って、サマリア王国は 候補から外していたのだ。

こうなると、北の大国へ足を向けるしかない。

だが、この2国については、肝心要の魔法使リーゼロッテいが 余り良い顔をしない印象がある。

時々 北の大国がはなしに出るのだが、少女は この2国についてはなしたがらない。

かつて 数ヶ月も滞在していたとも聴いているが、何故か 言い濁す様に返答を渋らせる事が多かった。

故に、秘書官としては 初めから除外していた国だった。


《どうしたものでしょうか……。》


虚空を見詰めて、考え込む。

そんな秘書官に、声が掛けられた。

「お時間は、ありますか?」

「え?ーーーーええ、まだ 当分は先の事ですから」

「今後、出掛ける時に……近くを通るついでに、視察して参りましょうか?」

「私は、たすかりますが…… 」

彼女が外出をするとなれば、国王をはじめ 安否を気に掛ける者達は多い。

強力な支配領域テリトリーに包まれるが為に 魔法使いと縁遠いエスファニア王国だが、〔森之妖精イリフィ〕を欲する者が多い事は おぼろげに理解している。

魔法属にとって、彼女は『蜂蜜』なのだ。

時間をみては 支配領域テリトリーの外へ出ているし、決して 珍しい事ではないのだが、それでも 彼女の身を案じ 行き先を気にする者もいる。

「勿論、陛下達には 内密に致します」

飽く迄も『ついで』として ラッケンガルド王国の様子を見てくる。

そう 体裁を整えるつもりなのだろう。

「では、お願いします」

軽い気持ちで、秘書官は 頷いた。




▽ ▽ ▽ ▽ ▽




___視点:〔森之妖精イリフィ〕-リーゼロッテ=サフィール___


白い 大きな鳥に変身をして エスファニア王国を出たリーゼロッテは、広場をみおろして 拍子抜けをしていた。

彼女がいるのは、ラッケンガルド王国の西の国境に近い 小さな街だ。

その中心地に建つ 教会らしき建物の屋根にまり、眼下へを向けている。


《 そう云えば、この国へ来るのは 何年ぶり? 》

《 7年……いいえ、8年? 》


彼女が知るのは 前王の時代、国政が 大臣達の手に渡っており、政治は 混迷を極めていた頃だ。

権力を失い 飾りと化した国王は蔑ろにされ、大臣に因る悪政と 賄賂わいろ蔓延はびこり、治安は悪化の一途を辿っていた。


杞憂きゆうだったかしら。》


数年前に、前王は 急死した。

当然の様に内乱が起き、故王の子息達が 次期国王に担ぎ上げられた。

大臣や高位官僚などにる 権力争いに巻き込まれるのは面倒、と判断し、彼女は ラッケンガルドへは立ち寄っていなかった。

その後、末子の王子が 新たな王に即位したと聴いていた。

新しい王の呼称あだなを知って、その後も 避けてきた土地でもあった。

国内の混乱も 国政の混迷も、今は すっかり落ち着いている様だ。


《 今度の王様は、いい方の様ね。》


内乱後の治世の安定が、賑わう街から看てとれた。

活気のある市場も う人々も、充足している様子だ。


《 新王は『冷徹で非情な王』と聴いていたけれど、この分なら 大丈夫そう。》


活気のある市場を駆け廻る 元気な子供達をみおろして、そう判断する。

エスファニア王と王妃の外遊先に推薦しても 問題はない、と思う一方、気懸りもあった。

この国の領土へ入った時の事を思い出して、わずかだが 首を傾げた。

当然のごとく、関所など通らず 空域から侵入した訳だが、領空内へ入った途端 妙な感覚に襲われたのだ。

感じた事のない違和感だった。

彼女は、戸惑いながら 国境を越えたのである。


《 何だったのかしら。》


考えるも、答えは出ない。

溜息をついて、一先ひとまず 思案する事を放棄した。


《 王都も見て、王宮も見て、それから……。》


やるべき事を 1っ1っ確認しながら、南東へ顔を向ける。

むかうべき方角を見据えた 大きな白い鳥は、両の翼を拡げて 空へと羽摶はばたいた。




▽ ▽ ▽ ▽ ▽




___視点:〔森之妖精イリフィ〕-リーゼロッテ=サフィール___


ラッケンガルド王国の北西から侵入して 国境に近い街を視察し、国土を斜めに横断する様に翔ぶと、ものの10数分で 王都へ着く。

白い鳥に変身した彼女は、王都に入って すぐにに入った 北西の市場へ来ていた。


《 王都も、賑やか。》


平和を絵に描いた様な光景に、安堵の息が零れる。

建築物や 人々の衣装などは違っても、活気は エスファニアの城下と変わらない。

不穏な気配を纏っている者もいるが、そう 多くはない。

このくらいなら、何処の国にもいるだろう。

早いはなしが、彼女の想定を上回る結果だった。


《 数年で、これ程 変わるモノなの? 》


人々の心までが荒廃しつつあった 故王の頃を知っている為か、信じられない光景だった。

剣呑な雰囲気で溢れていた王都を思い出し、余りの違いに戸惑っている程だ。


《 あれを数年で 此処までにするなんて、今度の王様は どんな方なのかしら。》


気になって、市場で それとなくはなしを振ってみる。

「王様?」

「ああ……そうだね。いい王様だよ、おれ等にはね」

含みを持たせた言葉に、魔法使リーゼロッテいは 小首を傾げた。

「どう云う意味でしょう?」

とんでもなく 怖い王様だってはなしだからさ」

「巷でも〔獅子王〕なんて言われてるくらいだ」

「それは……とても、怖そうな お名前ですね」

「即位する時の内乱を治めた姿が『全てをほふる獣の王の様だ』ってんで 付いた渾名あだななんだと」

「他にも 戦場の鬼神だとか、銀断の夜叉だとか」

「まあ、他にも いろいろいわれがあって、今も そうばれてんだ」

此処へ来て ようやく、自分が耳にしていた『二ッ』が出てきた事に、彼女は 複雑な思いになっていた。

街の賑わいは 喜ばしい事だ。

これだけならば、王が どうばれていようとも 関係はない。

しかし、此処へ来るのは エスファニアの王と その妃だ。

国家の代表者が 身分を偽って入国する事は、後の禍根になりかねない。

正式に申請して、観光する事になる。

そうなれば、当然、国家の代表として ラッケンガルド王とも謁見する事になる。

「現に、何人もの大臣や官吏達が 辞めさせられたり殺されたりしてるらしいし」

「近付くと背筋が凍るだとか、を合わせると 声が出なくなるだとか」

次から次へと出てくる ラッケンガルド王の評価に、不安は募る。


《 噂通りなら、フェイトゥーダ様とは正反対の方だわ。》


噂は噂として、真偽の程を確かめてから 報告する事になるが、現段階の印象としては 外遊先に適さない国だと云える。

「でも、おれ達にとっちゃ いい王様だぜ」

「悪政と悪税を課してた連中を一掃してくれた、神様みたいな王様さ」

「治安は 劇的に良くなったし、税金は 安くなったし、荒れ放題だった街道の整備も 順次してくれてるし」

「お陰で おれ達の商売は遣り易くなったし、生活も成り立つって訳だ」

先程の様に、次から次へと ラッケンガルド王の評価が語られる。

「威張ってる役人は まだいるけど、あの王様なら、その内 何とかしてくれるさ」

「違いねえ!」

市場にいた者達は、そう言いながら 豪快に嗤った。


《 基本、市井しせい的には いい王様……。》


ほっとしつつ、王宮を見上げる。

彼女がいるのは、城下でも 王宮から離れた 下町にあたる場所だ。

遠くに見える 高い土台を列ねた上に造られた王宮は、天を数多あまたの剣の様にそびえている。


《 一応、会っておくべきかしら。》


何となく 進まない気分だったが『これも役目』と思ったのだろう。

彼女は、王宮へも行ってみる事にした。




▽ ▽ ▽ ▽ ▽




___視点:〔森之妖精イリフィ〕-リーゼロッテ=サフィール___


リーゼロッテは、何処にでもいる 小さな鳥の姿になって、王宮の門にまった。

深い堀をまとった王宮の門は、長い架け橋の両端にある。

堅牢な城砦を思わせる造りだ。

その先に、更に長い 表の庭がある。

此処は、戦ともなれば 兵が揃い踏みをする場所なのだろう。

門から王宮の入口までは 石畳が敷き詰められ、がらんと広い。

様式からして、エスファニア王国とは違う。

隣国-サマリア王国とも異なる建築様式を、小鳥リーゼロッテは 端から見て廻る。


《 敷地だけなら、王城と同じくらい? 》


エスファニア城は、広い。

慣れない侍従官達は 必ず迷子になる程、歴代の王にり 増築を繰り返された城内は 複雑だ。

それとは違い、この王宮は 空間が広いのだ。

西の庭には 大きな池があり、様々な草木が植えられている。

手入れの行き届いた、景観を重視する庭だった。

次にむかったのは、王宮の中心だ。

一際 大きな楼閣は、東側に建っていた。

小鳥リーゼロッテは、下から上へと見て廻る。

勿論、中には入らない。

窓際や 手摺てすりまり、何気なく 観察をする。

そうして 最上階へ達した時、男の声が聴こえた。


「陛下にらせられましては…… 」


どうやら、其処には この国の王と 臣下がいるらしい。

そう感じて、小鳥リーゼロッテは 上層階を目指した。

声は、大きな窓から零れてくる様だ。

その窓にむかって翔ぶ間も、途切れ途切れに 声が聴こえる。


「どうか、お考え直しを…… 」


懇願している様な科白だが、声は き分けのない子供を諌めるモノだ。

語弊を恐れずに表現するならば『良いから こちらの言う事をいておけ』と云った雰囲気のある声だった。

最も近い窓の手摺てすりへ翔んでいたが、直感的に 其処は避けようと思った。

小鳥の 小さな羽根がせわしなく動き、ホバリングをしながら 部屋の中を見る。

さっと見回した視界に、小さな天窓が見えた。


「くだらぬ!」


一際 厳しい声がした。

若い男の声だ。

抑えられているが、有無を言わせない強さがある声だった。


「陛下……っ」


困惑した声は、大臣か 官吏の者達なのだろう。

先程までとは違い、短い言葉に 震えとおびえを含んでいる。

小鳥リーゼロッテは、この部屋の真上にある天窓へ翔ぶ。


「このはなしは終わりにしろ」

「しかし、陛下…… 」

くどいぞ」


冷徹な声は、殺気の様なモノを孕んでいた。

さっ と、室内の者達の顔色が青褪める。


成程なるほど、あれが〔獅子王〕……。》


天窓から 室内の様子をみおろして、彼女は ラッケンガルドの王を観察する。

声の印象の通り、若い王だ。

歳は、恐らく、エスファニア王国の若き男爵-セレディンと そう変わらないだろう。

そして、対する臣下達は、顔を伏せる様にし 恐々としている。


《 恐怖政策?威圧政策? 》


あきらかに威嚇している雰囲気に、天窓の小鳥リーゼロッテは 小首を傾げた。

幾つもの革新的な改革をしてきた様だが、未だに 臣下との溝はあるのかもしれない。

飾りの王と云う訳ではない様だが、これは これで、良い状態ではない。


《 どうやら、まだ 完全統治は されていない? 》


国王と 臣下達の様子を見て、再度 首を傾げる。

内乱から数年では この程度と云ってしまえば それまでだが、これは 外遊先には適さない気がする、とおもう。

これまで魔法使リーゼロッテいが見てきた様々な国には、様々な事情があった。

その中でも、内政の混乱や 王と臣下の確執がある国は、余り 良い事が起きない。

最悪の場合、王権転覆をはかる者達の悪意に エスファニア王家の者達が巻き込まれる可能性もある。

休暇に訪れた先で 生命いのちの危機に晒されるなど、ってはならない。

勿論、護り切る覚悟はある。

だが、ナルシェル王との事があった後だ。

なるべく、いやな思いはさせたくない。

特に、今回の目的は 王と王妃の『息抜き』だ。

安全で 安心な場所でなければ、意味はない。


《 陛下の息抜きは、他の国にして頂かなくては。》


そう考えれば、この国への訪問は回避する事が適切だろう。

視察から戻る前に 他の国へも出向くべきかを考えていると、視線を感じた。


《 ん? 》


改めて 室内をみおろすと、若き王とが合った。

いつの間にか、室内に 臣下達の姿はない。


「これは、珍しい」


言うなり、若き王は 壁際の紐を引いた。

がこん、と 天窓が内側へひらく。


《 きゃ⁉︎ 》


天窓のガラス板の上に乗っていた魔法使リーゼロッテいは、そのまま 室内に転げちた。

勿論、床へ激突する事はない。

くるくると回転しても、翼を拡げる。

床まで 1メートルの所で羽摶はばたき、宙にとどまる。

そして、天窓を目指して舞い上がった時だ。

「逃がさぬぞ」

大きな手が 小鳥のからだを包んだ。

強引に、だが 優しく、王の手が 小鳥リーゼロッテとらえた。


《 不覚……。》


もがいたところで、逃げる事は叶わないだろう。

そう見極めて、魔法使リーゼロッテいは 抵抗せずに手の中に収まった。

「珍しい小鳥、そなたの名は?」

指の間から覗き込む様に尋ねられて、彼女は 瞠目した。

リーゼロッテは 今、有触ありふれた 白い小鳥に変身している。

同じ様な小鳥は、この王宮の庭に 幾らでもいる。

何処の国でも、決して珍しい種類の鳥ではない。

それに向かって、この王は はっきりと『珍しい』と言ったのだ。

われ知らずに、からだが硬直する。

名告なのらぬか?」

好奇のを向けられている事も 名を問われている事も、1っの可能性を示唆していた。


《 !ーーーーーー失策しまった。》


この国に入った瞬間に感じた違和感の正体が、今になって判った。

幼い魔法使リーゼロッテいは、とらえている手から のがれる事にした。

まずは 嘴での攻撃だ。

「つっ⁉︎」

突付つつかれて、ラッケンガルド王は 手を緩めた。

その隙に、リーゼロッテは 指の間を擦り抜け、天窓へと翔びった。

しかし、今は 小さな小鳥の姿だ。

すばやくは翔べない姿である。

一瞬 遅かった。

「っ!」

先程の紐にって、天窓は ざされた。

「逃がさぬぞ?」

南側にある大きな窓は 閉まっている。

北側にある部屋の入口は、じられている。

行き場を失って、白い小鳥は 部屋の隅にあったランプの上に停まった。

「 ーーーーーーどうやら、その様子では 違う様だな」

王が、小さく独白した。

そして、ふぅ と溜息を零す。

この間にも、小鳥リーゼロッテは 周囲の様子をうかがっていた。

蒼いが、右の大窓を見た。

ちらり と向けたが、すぐに ラッケンガルド王を見る。


《 逃げ道は、ある。》


この姿でも 魔法は使える。

施錠はされているが、開ける事は 容易い。

一瞬の隙を衝けば、窓を開け 此処からのがれられる。

しかし、その『一瞬』を捉えるのが難しい。

先読みをされれば 容易に停める能力スキルがある事を、魔法使リーゼロッテいは理解していた。

そのタイミングを図っていると、声を掛けられた。

「君は 誰?」

冷やかだった声が、一変していた。

「何処から来たの?」

柔かいものへ急変した声と 表情に、魔法使リーゼロッテいは 再び瞠目した。

勿論、小鳥の姿をしているので 大した変化は見られなかったが、喫驚と同時に 混乱もしていた。

穏やかな声と 好奇心に溢れたを向けてくる男は、先程 臣下達を震え上がらせた〔獅子王〕とは 別人に見える。

「教えてよ」

しらばっくれるべきか 正直に答えるべきかを悩みながらも、彼女は 小さく答えを零した。

「北と 西の間より、参りました」

まだ混乱はしていたが、今は 目先の問題を解決する事が先決 と判断したのか、半ば 自棄やけになったのか。

或る意味、正直な答えを返した。

「魔女?」

「そのたぐいの者、と お考えくださって構いません」

「つまり、厳密には 違うの?」

きょとんとしているラッケンガルド王を見て、彼女の戸惑いは 深まっていた。

最初に見た姿は、冷徹で 非情な王の顔だった。

先程の 臣下達のおびえた様子を見ても、恐怖の対象である事は 明白だった。

しかし、今の姿は 無害な猫の様である。

警戒心もなく 威圧感もなく、子供の様に 小鳥リーゼロッテを見詰めている。


《 な……? 》


今の彼には、自国の民から〔獅子王〕とばれる威厳や 威圧感は、欠片もない。

臣下達におののかれていた人物とは、とても思えない。

「どう違うの?」

エスファニアの王妃の 幼い弟君の様な無邪気な問いに、戸惑いは増すばかりだ。

「教えてよ」

軽く混乱していたせいか、魔法使リーゼロッテいは うっかりと答えてしまった。

「彼等から、妖精とばれる者の1人です」

この答えに、ラッケンガルド王は 表情を変えた。

すい と、冷徹な王の顔になる。

だが、その視線は つめたいのではない。

何かを企んだ 含みのある微笑を浮かべたのだ。

「そうか。エスファニアの妖精か」

「っ⁈」

小鳥は、びくりとからだを強張らせた。

われかえった、と云っても良い。

森之妖精イリフィ〕は、有名だ。

魔法属で、そのを知らぬ者はない。

彼女の存在は 全ての魔人・魔女の 垂涎の的であり、存在するだけで その地に豊かな実りと繁栄を与える。

人間でも、これを知る者は 彼女を欲してまない。

それだけに、魔法使リーゼロッテいは 普段から変幻を使って姿を変え、必要-以上に 素性を隠す。

習慣化していたと云うのに、何故か 正直に答えてしまったのだ。


失錯しくじった っ。》


あの『仔猫の様』な態度に気が緩んだのか、身分を明かしてしまったのである。

相手が危険な人物だと理解していたにも拘らず 本当の事を答えるなど、これまでになかった事だ。

成程なるほど。そのうつくしさも、妖精ならばうなずける」

ラッケンガルド王の言葉に、魔法使リーゼロッテいは おのれの予測が正しい事を確信した。


《 何て事……まさか、この人が。》


後悔の渦の中にいる 魔法使リーゼロッテいの、あかさまな動揺を面白がっているのか。

ラッケンガルド王は、ふっと笑う。

少し前の 少年の様な表情ではない。

いろいろな意味で、ぞくりとする笑みだった。


《 逃げなくては……。》


そう思うが、もう それが叶わない事も察していた。

「諦めよ、私からは逃げられぬぞ?」

念を押す様に述べられ、彼女は せた。

「っーーーー不覚でした」

未だに後悔しつつ、幼い魔法使リーゼロッテいは 呟いた。

「まさか、此処にも 戒縛の天賚てんらいそなえる方が いらっしゃるとは…… 」

「ほう、他にもいるか」

「はい」

「そなたがエスファニアにいるのは、この力にるのか?」

「いいえ」

きっぱりと否定して、小鳥リーゼロッテは ラッケンガルド王を見た。

「あの国の方々は、そう云った事をなさいません」

「 ………… 」

ラッケンガルド王の表情が、一瞬で変わった。

若いが威厳のある〔獅子王〕の顔から、人畜無害な猫の様になる。

「そうかーーー 」

少し哀しそうなになった事に、彼女は 再び面食らっていた。

「平和な国だもんね〜」

ぽつりと呟いてから、淋しげな笑みを浮かべている。

おのれの国と比較しての事なのか、自分が辿ってきた境遇との違いに対するモノなのか。

ラッケンガルド王は、ふっ と自嘲する様な息をついた。

「あそこの王様は 僕より若いって聴いたけど、どんな人? やっぱり、穏やかで優しい?」

「は、ぃ」

「どんな人なの?」

「ぇ、と…… 」

一瞬前まで 複雑な表情を覗かせていたと云うのに、魔法使リーゼロッテいに向かい合った途端 笑みを浮かべる。

それも 如何にも無邪気な笑みを、だ。

「優しい?」

「好奇心が旺盛で 狩りなどを好む、壮健で 勇敢な……でも、朗らかで にこやかな方です」

「ふぅん」

何処までも正直に答える小鳥リーゼロッテに、若き王は 相変わらず笑みを向けている。

しかし、その興味津々な顔の中で 瞳だけが淋しさをうかがわせている様に見えた。

「君は、お城に仕えてるの?」

「はい」

「どうして?」

「以前、お約束を…… 」

何と答えて良いか迷いながら、実に簡素に そう返した。

「誰と? エスファニアの王様?」

「いいえ。当時、エスファニア王の執政官をなさっていた方と」

「ああ、ヘリオス=リンザー=クェンティン殿だね。彼と 契約を結んだの?」

生命いのちを、救われました……わたしは、その時の ご恩を返さなければなりません」

それは、8年前の事だ。

「ふぅん」

当時 前エスファニア王に仕えていた執政官-ヘリオス=リンザー=クェンティンとの出会いは、偶然のモノだった。

血塗れの少女と 休暇を郊外の私邸で過ごしていたヘリオスとの、最初の出会いである。

この出会いの御蔭で、消えかけていた 1っの生命いのちが救われた。

同時に、消えてしまった 2っの生命いのちむくわれた。

魔法使リーゼロッテいは、そう確信している。

故に、後日、恩を返したい と申し出た。

これに対して リンザーは『いつか 自分に何かあった時に、自分が仕えている人をたすけてほしい』とだけ 願った。

そして、魔法使リーゼロッテいは これを受け入れた。

勿論、彼が仕えている人物など 知るよしもなかった。

「じゃあ、本当に このちからで縛られてるんじゃないんだ」

「はい」

半年前、リンザーが没した事で 契約の条件が揃い、魔法使リーゼロッテいは、リンザーの若き主人-フェイトゥーダに仕える事になる。

国土の守護者でもあり 周辺国への人脈もある彼女は、国王の〔盾にして劔なる者〕として 申し分なかった。

リンザーの『先見の明』の成せるわざだった。

「でも、その契約って このちからより厄介だよねぇ」

ふと、ラッケンガルド王が呟いた。

「いつが終わりか判らないんだから」

リンザーは、もう亡くなっている。

彼女を 役目から解放する者は 存在しないに等しいのだ。

「 ………… 」

魔法使リーゼロッテいは、沈黙だけを返した。

おのれの進退については 語る必要はない、との判断だろう。

そんな彼女の様子を見て、ラッケンガルドの若き王は 何故か嬉しそうな微笑を浮かべた。

ところで、何で この国に来たの?」

話題を変えた王に、小鳥リーゼロッテは 違った意味での沈黙を返した。

正直に言って良いものか悩んだ後、誤魔化しても意味はないと悟ったらしい。

「今回は 視察に…… 」

言い濁してはいるが、真実を言葉にした。

「エスファニアなら『宣戦布告』じゃないでしょ? 外遊か何か?」

「はい」

「誰かに、しらべて来いって 命令されて?」

彼女は、エスファニア王国に仕える魔法使いだ。

王の為にしらべて来い と言われれば、断るすべはないだろう。

そう思ったラッケンガルド王の思惑は、あっさりと否定された。

「いいえ、自発的に参りました」

「 ……そうなの?」

意外だと言いたげな声に、魔法使リーゼロッテいは 小さく頷いた。

「私は、此処-数年間 支配領域テリトリーから出ずにおりましたので、周辺国の近況には疎く、お時間を戴いては 諸方を巡る事にしておりました。今回、こちらへ参りましたのも その一環です」

勿論、必要最小限には 出歩いていた。

しかし、諸国漫遊と云う訳ではなく、訪ねるべき場所へ直行し 他には寄らず真っ直ぐ帰る と云った味気ない外出だ。

尤も、その事をはなす必要はない と判断していたし、事実 語る事はなかった。

「妖精って、支配領域テリトリーから出歩くの 危険なんじゃない? 狙われるんでしょ?」

これは、事実だ。

魔法属にとって 妖精と云う存在は、その属性のまま『光り』である。

ラッケンガルドの王は その事を知っているのだと察して、小鳥は 小さく笑った。

小鳥の姿になっているが、眼の前の青年には 視えているだろう。

「見付からなければ 大丈夫です」

「それで、こんな姿なの?」

小鳥に変幻している理由を指摘されて、魔法使リーゼロッテいは 軽く狼狽えた。

「そっ……こ、れは」

「『これは』?」

確かに、姿を変える事は 日常的にやっている。

これは、彼女だけではなく 魔法使いならば誰しもが行える技能と云って良い。

中には 変幻出来ない者も、出来るのに面倒がってやらない者もいる。

彼女は、エスファニア城にいる時も 外出する時も、本来の姿でいる事はない。

しかし、この王には その魔法は無意味だと悟っている。

小鳥の姿でいる魔法使リーゼロッテいの 本来の姿が視えたからこそ、こうして 部屋にじ込めた筈だからだ。

「視えて おいでなのでしょう?」

「綺麗な銀髪だね」

まさしく 本来の姿が視えているのだと判り、察していたとは云え 溜息が零れる。

「 ーーーーーーわ たし…… 」

言いづらそうな様子に、ラッケンガルド王は 優しいになった。

「綺麗だね」

「 ………… 」

すっかり俯いた小鳥に、ラッケンガルド王は そろりと近付いていた。

「とても綺麗だよ」

優しく声を掛けながら、小鳥が停まっている ランプに歩み寄った。

「ぁ、りがとう ございます」

彼女は、項垂れていて気付いていない。

にたり と、若き王の頬が 笑みを象った。




▽ ▽ ▽ ▽ ▽




___〔森之妖精イリフィ〕-リーゼロッテ=サフィール___


「は、はな し て、くださ ぃ…… 」

執務室のソファに、銀髪の女が座っていた。

3人が悠々と座れる大きなソファの右端に、彼女は 浅く掛けている。

その両手は、左隣に座った青年が しっかりと握って放さない。

腰まで伸びた白銀の髪は 何の癖もなく滝の様に流れ、彼女の肩や背のラインをおおっている。

小さな顔は 驚く程 整っており、精巧なビスクドールでさえ霞む程のうつくしさだ。

蒼穹を写したかのごとき双眸は、今にも 長い睫毛に隠れそうになっている。

白い肌を限りなく包んでいる衣服は、エスファニア城の侍女官のモノなのだろう。

濃紺のメイド服は 質の良い生地で作られているが、彼女がまとうには いささか質素すぎる印象だった。

ところで、名前は?」

そんな美女の手を握ったまま、ラッケンガルド王は そう尋ね、すぐに『あぁ』と息を零した。

「って、名告れないか」

当然だ、と口調が語っていた。

その事からも、魔法属について 一般人-以上の知識がある事がうかがえた。

「 ………… 」

魔法使リーゼロッテいは、魔力量や素質から 魔法使い-以下である青年に この知識を与えた人物を割り出していた。

基本的に、魔人や 魔女は、魔法属こちらがわについての情報を語らない。

その必要はないからだ。

しかし、ラッケンガルド王は 一般そとがわの者-以上の知識を有している。

「そっか、まず 僕が名告らないとね」

そうであるのに、みずか名告なのろうとした事に 彼女は驚いた。

「僕は…… 」

何の躊躇いもなく、青年は名告なのろうとした。

反射的に、魔法使リーゼロッテいは これを制した。

「判っておいででしょう? 魔法使いに みずから名告ると云う事は…… 」

個人に付けられた『名』とは、その生命体をかたどる一部だ。

肉体と魂をつなぐ為の 重要なモノである。

産まれて付けられた名前-眞名まなは、特別なのだ。

魔法属ならば、知られるだけで 相手に魂魄を握られるくらいのリスクを負う事になる。

魂魄は、魔法を生む 重要なモノだ。

それを握られると云う事は、服従を意味する。

一般の者にとって、名前は それ程 重要なモノではない。

魔法を使う事のない一般人には『名告なのる』と云う行為は、日常的な事だ。

いつわる必要もないし、躊躇う必要もない。

しかし、何の影響もないか と云えば、否と答えざるを得ない。

一般人-同士であれば、何の問題もない。

制約もからず 影響も出ない。

しかし、高位の魔法使いに名告なのった場合は 違う。

たとえ 魔法を使えない魂魄であろうとも、高位の魔法使いならば 相手を隷属するには充分である。

そして、魔法使リーゼロッテいは その高位者に当たる。

「うん、知ってるよ」

にこり と、ラッケンガルド王は 少年の様な笑顔を向けてくる。


《 な、何で こんなに無邪気なの。》


知っているなら、まず 名告なのる事の危険性は理解しているだろう。

そう頭の悪い人物とは思えないだけに、彼女は 戸惑っていた。

「でも、自分から名告るのって 礼儀でしょ?」

何とも単純な理屈である。

魔法属に対してならば、名告なのらなくとも 不敬には当たらない。

魔法属-同士ならば、名告なのらないのは 当たり前の事なのだ。

そのくらいの事は、初心者の段階で しっかりと知識を得ている筈だった。

彼に知恵を植え付けた者は 魔法使いに間違いなく、初段階で 必ず忠告している筈なのだ。

そう推測していたからこそ、魔法使リーゼロッテいは 混乱していた。

「わたしは、魔法使いの中でも そこそこつよいほうですよ?」

「うん、そんなはなしも 知ってるよ」

万が一だが、彼女を『低位の魔法使い』と誤認しているのでは、と云う可能性は 簡単にくずされた。

「御伽噺には、まだ なってないみたいだけどね」

こちらの想像を上回る知識があると察するに足る言葉だった。

確かに、魔法使リーゼロッテいの戦闘は 物語になってはいない。

同年代の〔戦慄之魔人ヴァルスーン〕が御伽噺として 一般人に知れ渡っているのに対し、彼女の情報は 秘匿されている。

これは、魔人達や魔女達が 率先して秘匿している為だ。

だからこそ〔森之妖精イリフィ〕については、一部の者達しか知り得ない。

情報通なのだと云う事は判っていたが、理解が深い事に疑いようもなくなった。

だとすると、その上で みずか名告なのろうとする行為は、ラッケンガルド王の誠意でしかない。

戯れでやる人物ではない と読んで、彼女は そう結論付けた。

つまり『自分は〔森之妖精イリフィ〕を悪用するつもりはない』と示したかったのだろう。

それに気付いて、彼女は 溜息をいた。

「 ーーーーーーラッケンガルドの王……ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド様」

外遊国の候補に この国が上がった後、大まかな事はしらべていた。

王の名前くらい、名告なのられなくとも知っていたのだ。

勿論、本人が名告なのった訳ではないので 魂魄を どうこうなど出来ないが。

「ラノイ、で いいからね」

にっこりと笑んで、ラッケンガルド王-ラノイは 美女の蒼い瞳を覗き込んだ。

「君は?」

「エスファニアでは〔幼き妖精ファニーナ〕と」

「それって、他では 別の名前でばれてるって事?」

そもそも 眞名まなであるとは思ってないだろうが、偽名は 統一されているとおもっていた様だ。

「以前のフォルモーサでは フェイリーン、西の国では エーミル、南の国では ソシアとか…… 」

「そんなに?」

驚いた様な声に、魔法使リーゼロッテいは 控えめに笑む。

「まだ 他にもあるの?」

「北の国では、アシュリー、と」

「僕の名前と同じだね」

どうやら その事が決め手になったらしい。

「じゃあ、アシュリーってんでいい?」

「ご随意に」

何とばれようと、特にこだわる部分ではない。

これまでのばれようとも 新たにを付けられようとも、彼女は 構わないのだ。

「アシュリーは、いろんな国にってるんだね」

「はい」

「それも 仕事?」

「いいえ、ほとんど わたしのエゴです」

「 ……どう云う事?」

「兄弟の未来の為に、勝手に 根回しをしているのです」

何かの弾みに 兄弟達の未来を知り、その有るべき未来の為に……または、有るべき未来を変える為に、何年も前から飛び廻っている様だ。

「 ーーーーーー……… 」

そうと察して、ラノイが 押し黙った。

何かを考え込んでいるらしく、視線は しっかりと握った白い手にちている。

「ラノイ様?」

「いいな、アシュリーの家族は」

思わず と云ったふうで、ラノイが羨望を込めた言葉を漏らした。

「こんなに想ってもらえて、倖せだね」

これに、今度は 魔法使リーゼロッテいが沈黙する。

「 ………… 」

困惑したり 困殆していたが、途端に 表情がなくなったのだ。

「 ーーーーどうしたの?」

急な変化に、内心 戸惑っていた。

「アシュリー?」

ラノイは、眼の前の美女に 声を掛けて、直後に 軽く瞠目した。

ちらりと つないだ手へ視線を向ける。

「良く、など……ありま、せ…… 」

途切れ途切れではあるが、声は 震えていなかった。

しかし、指先は その限りではなかったのだ。

「 ……どうしたの?」

震えている手を 優しく握り直して、殊更 穏やかな声で問う。

「わたし が、家族を 不幸に……して…… 」

この先を語らせたくはなかったのだろう。

ラノイは、うつくしい魔法使いを抱き締めていた。

「もう良い」

ひょい と、膝の上にかかえ上げ、改めて 抱き締める。

「済まぬ、気配りのない事を言った」

頬を優しく撫でられて、魔法使いは 喫驚した。

無意識に、泣いていたのだ。

無表情に近かったが、その瞳からは 次から次へと哀しみが溢れてくる。


《 なっ、何故……っ⁉︎ 》


これまで、無防備に泣いてしまうなど 数える程しかない。

主に、セレディンの前だけだ。

つらい過去を思い返しながらはなしていても、これ程 簡単に感情をあらわにした事はなかった。

それが、今日-初めて会った者の前で 涙したのだ。

自分自身に驚いて、彼女は からだを離そうとした。

「私からは のがれられぬ」

その言葉通り、彼女は 動きを止めた。

止めさせられていたのだ。

ラノイは、魔法使リーゼロッテいの頬を伝うなみだへ 左手を伸ばす。

「そなたの嘆きは、私が祓ってやろう」

しかし、ぬぐわれても なみだは止まらなかった。

感情を制御出来なくなっているのだ。

優しい言葉と 労りのある指になみだぬぐわれても、彼女は 動揺を隠せずにいた。


《 この方のそばは、危ない。》


そう感じると同時に、何故 エスファニア城の侍従長であるセレディンのそばでも泣いてしまうのか を理解した。

エスファニア王国に仕え始めて 半年近く、彼女は 何度もなみだを流していた。

すべて、セレディンと共にいる状況だった。

何故だか理由の見当も付かなかったが、今ならば 判る。

この2人に共通するのが、戒縛のちからだ。


《 戒縛のちからは、こんなにもとらえるモノなの⁈ 》


行動を抑制されているだけでなく、心の中まで掴まれ 揺す振られるのだと、今になって理解したのだ。

束縛されている感覚はなかったが、強く影響を及ぼされていたのだと、ラノイと関わって 自覚したのである。


《 つまりは、あの方も このちからを使っていたのね。》


勿論、自分の能力を理解していないセレディンに、意識して 戒縛のちからを使う事は 不可能だ。

セレディンの場合は、間違いなく 無自覚だろう。

だが、彼女は、無意識の内に揮われた戒縛のちからの洗礼を受けていたと云う事である。

「アシュリー」

ばれ あわせると、なみだが出てしまう。


あまやかされてしまう。》


そう思って 離れようとしても、戒縛のちからは それを赦さないのだ。

「アシュリー」

どうにも出来ず、魔法使リーゼロッテいは、ただ 慰められていた。




▽ ▽ ▽ ▽ ▽




___国王-ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___


「は、放してください」

切実な声が、美女から零された。

膝の上へかかえ上げられたまま、抱き締められているのだ。

当然の反応だろう。

「えーーー?」

「お願いです、もう…… 」

抱き締められたまま、彼女は 身を捩る。

そのしなやかで細いからだを絡めとる様に、ラノイは 背と腰へ 両腕を回している。

そして、間近から じっくりと魔法使いを見詰める。


《 本当に綺麗だ。》


流れちる絹糸の滝の様な 長い銀髪に、透き通る様な 白い肌。

切れ長の 蒼い瞳に、ふっくらとしている 薔薇色の唇。


《 こうしていても 判るな。》


細い首筋に 細い肩、細い腰に 細くて長い 腕と脚。

恐ろしく整ったかんばせ相俟あいまって、万民を魅了するだろう。

まさしく 絶世の美女と評するに値する美貌だ。


《 女性らしいプロポーションを 最上級に磨き上げたら、こんな感じ? 》


ささ々やかな衝動が起きた。

そして、その衝動に、ラノイは 素直に従った。

「きゃ、っ⁉︎」

きつく抱き締めた訳ではない。

り 腕の奥へ招き寄せる様に、抱き竦めたのだ。

腕の中で、細くて柔かいからだが固くなる。

「初々しいな」

捕食者の様なラノイの声に、魔法使いのからだが 微かに震えた。


《 慣れてないなぁ、ひょっとしたら 全く、かも。》


女として 男の腕に囚われる経験が少ないのだと察すると、悪戯をしたくなる。

ラノイは、細い首筋へ 頬を寄せた。

「っ⁉︎」

「それ程 硬直せずとも、捕って喰いはせぬぞ?」

くすくすと嗤って、そのまま 唇を寄せた。

首筋に 軽くキスをしただけで、腕の中のからだは 跳び上がらんまでの反応をする。


《 過敏だな。》


そう思うと同時に、少々 驚いていた。

軽く肌に当てた唇に、不思議な感覚があったのだ。


《 何か、美味しい……何で? 》


女っ気がないとは云っても、経験がない訳ではない。

何人かと交わった事はある。

身分をかくし 行きずりの様な関わりであったが、遊んでこなかった訳ではない。

「私の、うつくしい小鳥」

改めて、白い肌に 優しく口付ける。

今度は 軽く舌先でれてみた。

沁み入る様に、れ合っている部分から 何かが流れ込んでくる。


《 甘露……。》


直感的に思ったのは、それだった。

次いで、理解する。

これが〔森之妖精イリフィ〕が魔法属にとって『蜂蜜』であると云われる所以ゆえんだと悟ったのだ。


成程なるほど、これは 美味だ。》


正確には、実際に 甘い味がした訳ではない。

物理的に 魔法使リーゼロッテいの肌が甘い訳ではない。

しかし、唇や舌でれると『甘い』と云う感覚がある。


《 美味い。》


そう感じると同時に、浄らかな何かが じわじわと沁み入ってくるのだ。

心地良く、甘美だった。

当然の衝動に従って、ラノイは 魔法使リーゼロッテいの肌を吸った。

「っ⁉︎ ーーーーゃああっ」

喫驚と 動揺と おびえが混じった声ががった。

これを耳にして、ラノイは われかえった。

口の中には、甘さと共に 微かな血の味もしていた。

どうやら、強く吸い過ぎたらしい。

つい夢中になりかけた事に 内心では慌てていたが、素ぶりも見せずに くすりと笑う。

「色っぽいな」

茶化し気味に言っているが、ラノイは 困っていた。

「っーーーーぉ、お赦し くださ…… 」

腕の中の女は、誰にも蹂躙された事のない 清い身だ。

それは、訊かなくとも判る。

こんな事をするのは、怖がらせるだけだと 理解している。

だが、理屈とは裏腹に、彼は 抱き心地のからだを放せなくなっていた。

のがれる事は叶わぬ、と言っている」

自分を落ち着けつつ、放せずにいる事を誤魔化してみる。

「お赦し くださ ぃ……おねが ぃ…… 」

懸命に逃げようとしているが、ラノイの腕は しっかりと美女のからだとらえている。

魔法使いは、ちからつよさに応じて 容姿に影響が出る。

ちからつよさと 質が、容姿に及ぼす影響が強いのだ。

ちからつよければ 姿はうつくしく、質が禍々しければ 毒々しくもなる。

〔獅子王〕の腕にある美女は、天使を想わせるうつくしさと 清らかさだ。

身にそなわったひんの良さも相俟あいまって、何処かの姫の様である。

加えて、あの『甘露』だ。

知ってしまっただけに、腕を緩める事も出来ずにいるのだ。


《 もう ちょっとだけ。》


限度を超えない様 気を付けながら、再び 首筋にキスをする。

先程と同じく、滑らかな肌を吸う。

今度は、極めて優しく と心掛ける。

「やぁ、っーーーーぁんっ」

体験した事のない感覚に、魔法使リーゼロッテいのからだが びくんとねた。

「そんな声をげては、説得力がないぞ?」

艶めいた声に そんな言葉を掛ける。

彼女がいやがっている事は、間違えようもない事実だ。

どんな声をげようとも、心から逃げたいと思っている事も判っている。

つまりは、軽い意地悪である。

「ラノイさ ま、どうか……もう…… 」

小刻みに震えているのを感じながら、ラノイは 腕の中の魔法使リーゼロッテいを放せないでいた。





この直後に クランツ君が執務室に現れ、彼には 気苦労と云う名の不幸が降り注ぎます。

その様子は『獅子王さまの側近の〜』にて ご確認を。

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