得体の知れない深夜の出来事
眠れぬ夜ほどもどかしい物も無いと、堪らず男は外に出た。
午前1時過ぎ。
夏の終わりの涼しくなった風が心地よく、蛙と虫の音が辺りを支配していた。
煙草に火を点ける。
明日に用があるという訳ではないが、床で目を瞑って時間を過ごすよりかは有意義ではとの判断だった。
薄煙が夜に散った。
さすがにこの時間になると、明りがある窓は多くない。
男の目に入ったのは不審な男だった。
隣の家をじっと見据えていた。
凝視しているといったほうが正しいかもしれない。
2階の窓をひたすら見続けている。
空き巣だろうか?
とにかく、不審な人物を見かけたら近寄らず警察に通報するに越した事は無い。
明日、お隣さんに話そうか。
いたずらに怖がらせるだけになるかもしれない、やめておこう。
煙草は最後まで吸い切り、少し高揚した気分で足音を殺して自宅に戻った。
途中でこちらに振り返ったらどうしようかと思ったが、不審な男は隣の2階の窓をひたすら見続けていた。
落ち着いて110を押した後は、住所や不審な男についての情報を垂れ込んで、後ほど見回りが来るということで落ち着いた。
警察が見回りをした後、自分の家に報告をして欲しいと伝えた。
ご近所に現れた不審者の顛末が気になるというか、単なる野次馬根性である。
自室でテレビを見て20分ほど過ごしていると、インターホンが鳴った。
お巡りさんが報告に来たのだろう。
私は玄関に、行かなかった。
確かに私は110した時に、後からどうなったか報告がして欲しいと伝えた。
なので、駆けつけたお巡りさんがご近所の様子を見回った後に私の家に報告に来た。
それでいいはずだ。
深夜のしんとした空気が無用な発想をさせるのか、玄関扉の向こう側にいる者がそれでいてそれで無い気がした。
詰まる所、隣の家を見ていた不審者が玄関先に立っている想像をしてしまった。
インターホンが鳴ってから30秒ほど経っているが、来訪者は何も声を発していない。
お巡りさんであれば、「警察です」の一声もあるだろう。
いや、深夜という事で配慮しての事かもしれない。
ならばもう一度インターホンを鳴らすだろう。
しかし鳴らしたところでそれがお巡りさんであるという保障が無い。
仮に、玄関先にいる者が例の不審者だとしよう。
なぜそんな事をするのか。
私が自宅に戻るのを横目で追っていて、その上電話の内容までドアに耳を摺り寄せて聞いていたというのであろうか。
通報なんかしやがってなどと逆恨みでもされただろうか。
そして頃合を見てお巡りさんに成りすまし、まんまと玄関扉を開いた私に刃物を突き立て・・・。
そんな活動的な不審者がいるだろうか。
活発だからこそ不審者足りえるのだろうか。
玄関扉に覗き穴が無い事など今の今まで気付きもしなかった。
そもそも不審者がそこに立っているとするならばお巡りさんはどこに行ったというのだ。
それはこうだ。
不審者はお巡りさんが来るのを道端に突っ伏して待つ。
見回りにきたお巡りさんが道中に倒れている不審者にどうしたのかと近づく。
その隙を突いて不審者は胸元に狙いを定めて隠し持っていた刃物を・・・。
どうして私が想像する不審者はどいつもこいつも刃物を持っているのだ。
いや、煙草を吸い切るおよそ3分間中ずっと2階の窓を見上げていた男だ。
何を考えて何を持っているのか分かったものではない。
打算で不毛な思考を巡らせていると、携帯電話が鳴った。
背筋に寒気が走るほど驚いた後に通話ボタンを押した。
「○○署の者ですが、見回りの報告の件でお電話しました。」
なんと警察は電話で報告をしてきたのである。
深夜に自宅訪問するのは近所への迷惑ということで、電話はそれに配慮してとのことだった。
警察が言うには不審な人物は見当たらなかったらしい。
私は深夜に何者かによってインターホンを鳴らされた旨を伝えた。
警察がもう一度見回りに来る事となった。
着いたら一声「警察です」と声をかける合図も決めた。
10分ほどしてインターホンが鳴った。
控えめの声で「警察です」と聞こえた。
私は玄関扉を開けた。
そこには2人の警官が立っていた。
2人の警官は辺りを軽く見回った後に自宅に来たそうだ。
不審な人物は見当たらなかったと言っている。
今晩のところは鍵をしっかりとかけて就寝するように促した後に帰っていった。
あのインターホンは誰が鳴らしたのだろうか。
例の不審者だろうか。
それ以外ないではないか。
私が煙草を吸った後、自宅まで帰る際につけられていた。
何を思ったか不審者は、私が通報している通話音を盗み聞いた。
1回目の警察の見回りを避け、頃合を見計らってインターホンを押した。
2回目の警察が見回る頃には颯爽とどこかへ去って行った。
この推測が正しいとするならば実に気味が悪いというか、気持ちの悪い話ではないか。
インターホンを鳴らしたのが他に誰ならば納得がゆくのだろうか。
その答えを探しながら眠りに落ちた。
翌日の深夜。
出先で偶然会った友人と深酒し、よい心地で家路に着いた。
自宅のすぐそこまで来た時、私は酔いが引いていくを肌身で知る事となった。
昨日の不審者が、自宅の2階にある窓をじっと見つめていた。
夏の終わりの涼しくなった風が少し肌寒く、辺りはしんとしていた。