涼夏
本州で夏を過ごした経験がある者にとって北海道の夏は、暑さに期待や不安を覚えているうちに、いつのまにか夏が過ぎ去っている...そんな感覚を与える。
部活動で汗を流す、避暑をかねて図書館へ通い本を読む、日差しを浴びながらプールや海へ繰り出す、学校で夏期補修などうける、花火大会やお祭りへ繰り出す。それぞれの日常を想う誰かと過ごすため、いくつもの恋物語が始まり、また終わる。
本州で生まれ育ち感じてきた、夏の気温、空気、その中で膨らむ期待。いつのまにか、頭の奥の方に隠れてしまっていた、大学3年目の北海道の夏...
朝からよい天気だったあの日、彼は明け方から始まったアルバイトから帰ってきた。大学のテスト期間も終わり、テストや課題に時間、体を支配されていた日々からやっと解放されたが、特別何をやりだすではない、単調な日々が流れていた。
彼女がいる訳でもなく、友人に連絡するのも面倒くさいと思っていた彼は、何をする訳でもなく、いたずらに時間を費やしながら、夜更かしなどして生活していた。
その日も彼は音楽の流れる部屋で雑誌に目を通していた。部屋には冷房機はなかったが、窓を開けるくらいで充分であった。お昼ごろには多少汗をかくこともあるが、午後はすぐに涼しくなる。その日も窓が開いていた。昼過ぎの少しの時間の暑さを迎える前に、彼は眠りにおちていた。
彼は高校にいた。外ではアブラゼミが鳴いていた。その日も無条件に汗ばむような日が続いていた。
目の前には一人の少女がいた。
『そうだ、今日は久しぶりに会う約束をしていた。その日だ。』
彼は久しぶりに会うその少女と緊張しながらも、明るく、楽しく思い出話などしていた。
その少女は彼よりもいくつか年下だった。後輩達が勉強しているところに呼ばれ、その中の一人として勉強を教えたことはあったが、一対一で会ったり、一緒に遊びに行くなんてこともなく、可愛い後輩、頼れる先輩、そんな関係であった。
だが会わなくなってから、いつしか彼女に魅かれている、そんな気持ちをもっていた。 そんな彼女から、ふと連絡があったのだ。
『勉強がわからない。』と共に、なにか相談があるようであった。
彼は久しぶりの再会に気持ちを弾ませながら、自分に感じる恋の予感に懐かしい感覚を思い出していた。
時間が経つにつれ、お互いの緊張も解け、暑さ、時間も忘れるほどに会話はすすんでいた。会っていなかった長い時間が埋められていくような感覚さえしていた。
いつしか日も落ちかけていた。彼女は少し今までの元気を無くしたかのように静かに、彼女の悩みを話し始めていた。彼は、もちろんその悩みから彼女を解放してあげたいという気持ちで話を聞いていた。その先にくる明るい結末を信じながら。
彼女の悩みは恋の悩みであった。もちろん、彼に向けられた恋ではなかった。
彼は精一杯相談にのった。彼女が悲しまないよう、不安を忘れるよう、アドバイスした。
笑顔になるよう、励ました。
彼女は笑顔を残し、帰っていった。彼は、笑顔で見送った。彼女の笑顔は頭に浮かび、消えなかった。
薄暗い中で彼は目を覚ました。べっとりとした寝汗もなく、目から流れ落ちるものもなかった。
少し、涼しすぎるくらいの風が流れていた。
学校も、話した場所も、彼女の笑顔も、既に忘れていた。いや、始めから知らない場所、人だったのかもしれない。
しかし、忘れていた夏の暑さ、彼女の笑顔に魅きつけられる感覚、締め付けられる胸の想いは鮮明に、残っていた。
暑くなりすぎず過ぎてしまう、北海道の夏の日だった。
夢から覚めたときに感じる、夢と現実の狭間の世界を感じ、書きたいと思いました。
過去に経験した記憶にないのに、妙にリアルな夢の感覚。
過去の経験が生み出した夢なのか、はたまた過去の感情が生み出した夢なのか。
私の初の書き物です。