竜の一族
「・・・ヤツをこのまま放って置くには余りにも危険すぎます」
王を筆頭にあらゆる分野の長が会議室に集まった。丸くくり貫かれたようなテーブルを囲むように座り、口々に同じ言葉を口にする。
「ハイネはやはり竜の子だ」
その言葉に苛立ちを隠せなかったレイナードは唐突に椅子から立ち上がった。
「ハイネは竜の子です。しかし、忌まわしき竜と契約を交わしているのです。その意味がお分かりか」
「その気になればハイネは世界を滅ぼすことができる」
腕を組み、顔を伏せたまま重い声でガナムが言う。
「あの竜は300年も彼処に封印されていたのだ。我ら人間を恨まないはずがない。それに、ハイネは圧倒的な力を手に入れたのだ」
その意味はわかるな、とガナムはレイナードを見る。
「ハイネと忌まわしき竜の問題は我々、老王達が決めよう。それまでハイネと忌まわしき竜は東の塔に拘束しておく。以上だ」
王はそう言い残し、部屋を後にする。その後を追うように人々が席を離れると、レイナードは椅子を蹴り飛ばした。
残ったガナムは黙って腕を組んでいる。
「何故黙り混む、ガナム騎士団長。ハイネは竜と契約を交わした。それにあの竜は人の言葉を理解している。なのに何故、話を聞こうとしない?」
「いくら人の言葉を話そうと、いくらハイネと契約したとしても、あの竜は300年前に世界を滅ぼした、紛れもない忌まわしき竜だ。」
それに、とガナムは立ち上がりながら言う。
「竜を街に放すわけにはいかないだろう」
城の東側に聳え立つ巨大な塔は城下町を一望できた。石造りの塔は城下町を見下ろすと同時に独房としてもぴったりである。
ハイネはぼんやりと城下町を見下ろしながら溜め息をついた。
『三百年間、我は地下に封印されていたが、この城の者は誰一人として我の存在を知らなかったとは。礼を言うぞ、小僧。あの部屋から解き放ってくれたことを』
螺旋状に階段が塔の内側に張り付き、その空洞の中心でシヴァは悠々と翼を休めている。巨大な塔故に、シヴァは難なく入ることができた。塔の壁はシヴァの声を反響させている。
「まだ、空は飛んでいないだろ? それにまだこんな牢屋に閉じ込められている」
『あの真っ暗な部屋よりましだ。それに此処は臭くはないさ』
微かな笑い声が響き渡る。
『小僧、ハイネとか言ったな。貴様からは血の臭いがする。かなりの数を殺しているな?』
ハイネは改めてシヴァを見下ろした。
「わからない、殺しすぎた。殺して殺して、殺した」
『復讐からくる殺戮の欲望か。悪魔と契約したのも復讐・・・』
「そうだ」
シヴァの言葉を制止し、ハイネは壁を殴る。拳から僅かに滲み出た血を眺めながら、ハイネはある言葉を口にする。
「母は共和軍に殺された。俺の目の前でな」
シヴァは笑みを浮かべた。
『誇り高き竜の子も、復讐の為に悪魔にまで魂を売るか。くくくっ、我が一族も此処まで堕ちたか』
シヴァのその言葉にハイネは酷く反応した。鉄の檻を突き破る程の勢いでシヴァに問う。
「どういう事だ、我が一族というのは!」
『何だ、何かおかしいか?』
シヴァは重い首を持ち上げた。
「俺とお前、人と竜が同じ種族だって言うのか?」
『下等な人間と竜が同族だと?はっはっはっ、笑わせるな。勘違いをするな、我らは誇り高き竜だと言うことを』
ーー我ら。
「我ら? 我らとは何だ! 我が一族とはなんだ!」
『小僧、何も知らないようだな。なら教えてやろう。竜と竜の子は誇り高き同族。千年以上昔の話だ。我ら竜がこの大空を支配していた時代、人は我らと共に生きていた』
ハイネは驚きを隠せなかった。幼少気から聞かされる救世主の書では、今目の前にいるシヴァが突如として現れ、世界を滅ぼしたとされる。しかし、それ以前に竜は種族として繁栄しており、人と共に生きていたのだ。
『竜の子とは、竜の血が流れる人の事だ』
ーー忌まわしき竜の子。
ーーあの子に近づいては駄目。
ーー殺されるよ、きっとね。
ハイネの記憶が騒ぎだした。