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DRAGON・DESPAIR  作者: どらごん
竜の子編
3/34

竜の鳴き声

 三百年程前、一匹の竜が齎した災厄が世界を包み滅んだ。僅か七日間で世界を火に包み、大地は荒野と化した。目前に突き付けられた絶望はある一人の人物により封じられる事になる。救世主である。

 そう書かれた一行を読み終えると、やや紅い茶色の髪をした青年は本を閉じた。黒い分厚い書物をまた元の棚に戻すと、背後に立つ人物に慌てて振り向いた。

「昼間からこんな薄暗い陰気な所に籠るとは、何時から読書好きになったんだ?」

 扉に寄り掛かる片目に眼帯を付けた男は大きな欠伸をしながら並んだ書物に目を向けた。何万冊という数の書物が収められた城の図書館に人の出入りはあまりないようだ。がらんとした空間に人は自らを含めて二人しかいない。

「あんたこそ、今日は騎士団の認定試験の日じゃないのか?試験監督なんだろう、こんな所に用があるとは思えないが」

「生憎だが、試験はとっくに終わっている。今は任命式の真っ最中だ」

「それならなおさら…」

 待てと男は言葉で静止するとゆっくりと近づいてきた。呆れたような表情を浮かべながら薄ら笑いでこう言った。

「任命式には全員参加だぞ、ハイネ」

 

 真っ直ぐと伸びた廊下には紅い絨毯が敷き詰められていた。その上を早足で歩くハイネともう一人の男は同じように早口で喋っている。

「いくらお前が七人騎士隊だからと言って、式典に参加しなくても良いとは言っていないぞ。いい加減周りとのバランスを考えろ。お前ほどの天才が戦場を駆け回る理由が、自分勝手な所だってな」

「…わかったよ、あんたには感謝している。俺に剣術を教えてくれたしな」

「だったら行態度で恩返しの一つくらいしてみろ」

「しただろう?」

 おどけるような表情でハイネは言う。

「東の共和軍を破ったじゃないか、それも俺一人で」

 苦い顔を浮かべたとき、ようやく巨大な扉の前に立っていた。ゆっくりと体重を掛け、開けると、剣を構えた兵士が数百人並んでいた。中央の壇の上には横並びで椅子に腰かけた老人たちがいる。

 その中でも一番若い、嫌にがたいの良い無精髭を蓄えた男が此方に気が付き立ち上がった。

「ハイネ、式典に遅れてやってくるとは貴様もずいぶん偉くなったな」

「失礼ながらガナム騎士団長。ハイネは共和軍との戦いで体調が優れておらず、たった今重い身体に鞭を打ちこの場にやってきたのです」

「さがれレイナード、私はハイネに用があるのだ」

 庇った男はハイネに目を向け、呆れたようにそっぽを向いてしまった。大きく深呼吸をした後、ハイネは一歩前にでると視線を上げて真っ直ぐにガナムを見た。

「私の体調は当に万全であります」

「ほぉ、庇ったレイナードを棒に振るか」

「昨日、妙な噂を耳にしました…」


――竜の鳴き声が聞こえる。


 ハイネのその一言でその場にいた全員がざわめき始める。竜の鳴き声、そんな馬鹿な。今まで微動だにしなかった優秀な兵士達も口々にそう話す。慌てて止めに入る兵長達の声すらかき消す程の声でガナム叫んだ。

「静まれ、騒ぎ立てるな!ハイネ、貴様は頭でも狂ったのか」

 怒りが顔に浮かびあがっている。ガナムは大きな足音を立て、騒ぎ立てる兵士を掻き分けながらハイネに近づいてきた。

 巨大な身体がハイネの前に聳え立つ。

「世界を滅ぼした竜は三百年経った今は存在などしない、妙な噂を信用して混乱を招くなど騎士団としての自覚が足りないようだ」

 ガナム騎士団長、と背後から声がした。壇の中央に座る一際装飾品が揃った派手な服装に身を包んだ老人がガナムを呼んだのだ。

「王よ」

「確かに、竜の噂は兵士達だけではなく城全体に広がっている。噂は混乱を呼ぶと共に問題ともなる。ハイネ騎士兵、その竜の鳴き声について何か知っているのかね?」

 ハイネはガナムに軽く頭を下げると早足でその王と呼ばれた老人の前まで行き、跪く。

「〝救世主の書〟にも乗るように、三百年前に現れた災厄を齎した竜以来、目撃例はありません」

「ならば竜は存在しないものだと言うのか?」

「国王陛下が直々に命令を下した調査部隊は城の外での調査です。それによって成果は得られなかった」

 まさか、と王の横の老人達は口を合わせたように慌てはじめる。

 それを見てガナムはずかずかとハイネに近づき、襟を掴んだ。

「この城の中に竜がいるとでも言うのか!」

「やめろガナム騎士団長」

 しかし、とさらに続けようとするガナムを制し、王は柔らかな口調で語りかけるようにハイネに問い始めた。

「この城に忌まわしき竜が存在するとでも言うのか?」

 ハイネは掴まれたガナムの腕を振り払うと立ち上がり、一枚の紙切れを提示する。

「この城の設計図です、それも複製ではありません。そして、この設計図には本来ある筈がない階段があるのですよ」

 黒く塗りつぶされた階段。王の側近が持ってきた設計図には書かれていないものであった。

 ただ、その階段の続きは何処にも記されていない。そして、とさらに続ける。

「救世主の書には竜を封印したとされています。この城は三百年前の災厄で唯一残った建造物です」

 王の顔が強張っている。

「真か、ならばこれは一大事だ。任命式は中断だ。ガナム騎士団長、兵士を連れて階段を探せ」

「はっ。もし竜がいたなら…?」

「殺せ!」

 ガナムは一礼するとハイネを呼ぶ。

「七人騎士隊は俺についてこい」

 ハイネは黙って頷いた。

 

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