ep.07 魔術試験!②-Testa pētījums-
魔法の実践テストのことを知った俺は、早速練習スペースに入り込んだ。
内部は一面真っ白の世界。奥行きも高さも何も分からない世界だった。
しかし、ここにいられるのも1日30分。集中してやらないと。
……だけどまぁ、当たらないんだな、コレが。
実際のテストの仕方を目の当たりにして、焦りが滲み出る。
最初のテストだ。気合入れて頑張ろう!
☆ ☆ ☆
テスト勉強(?)を始めて3日。今日はなんと休日だ。学園もおやすみで、なんとも気が緩む日。あぁ、幸せ……。
そんな俺は、気持ちのいい朝を、自分のベッドで優雅に眠っていた。
「んんん~~。……かー」
そんな朝に、突然、終わりが来た。
───ガチャ。キイィィィィ……。
「…………。お、悠斗のヤツ、まだ寝てるな」
───コツ、コツ、コツ……。
「……んぅ?」
「お~い、悠斗。起きろ。朝だぞー」
……誰だ、こんな朝早くに。やっとの休日なんだから、午後まで寝ていたい……。
既に意識は覚醒していたが、ここは譲らぬ一線と、決して起きようとはしない俺。
「あらら。これはなかなかしぶといわよ?どうする?」
「そうだな、ここは……、あった。ククク……、これで否が応でも起きざるを得まい」
……一体、なにを考えてるんだ?
───カチカチ、カチカチ……。
と、なにか不穏な音が聞こえた。
「さぁ~て、起きてもらおうか、悠斗。……リリア、耳栓頼む」
「了~~解♪」
……ハッ!? まさか───。
───ギュインギュインギュインギュイーーーーーーン!!!!
「うわぁぁぁぁ!!」
その轟音を聞いて、俺は飛び起きた。瞬時に目覚ましを止めに───、
「おっとぉ、そう簡単には止めさせないぜ、悠斗!」
ヒョイッと、目覚ましが取り上げられる。
「っおい!やめろディール!!み、耳が潰れる!」
音はなおも響き渡っている。と言っても、完全防音性のこの部屋だけでしか聞こえはしないのだけど。とはいえ、このような音を聞き続ければ、聴覚がおかしくなる人も少なくないだろうに。
……結局、そのドリルのような音の前に、俺はあえなく撃沈した。
「あら、動かなくなっちゃった。…やりすぎたかも。ねえディール、そろそろいいんじゃない?」
「そうだな、ちょっとお遊びが過ぎたな」
カチッと、軽快な音がして、轟音は鳴り止んだ。
俺の、休日が……。
「さて、おはよう悠斗。気持ちのいい朝じゃないか」
耳栓を抜いて、今の出来事はなかったかのように爽やかな笑みを浮かべているディール。その横には、同じくニヤリとした表情のリリアもいた。
「……全然、気持ちのいい朝じゃないぞ」
俺は不機嫌な態度のままのそっとベッドから這い出る。2人を訝しいまなざしで見やると、どちらも私服を着ていた。
「───で、何のよう? こんな朝っぱらから」
「テスト勉強をしようと思ってな」
「テスト勉強?」
現界の奴らなら優等生とはやしたてられそうな言葉を口にした。
「はぁ…。いや、好きにやってればいいじゃないか」
「そうだ。それが普通の反応だ」
「…………」
なにが普通じゃないのか、すこし気になった。大体、練習スペースは1日30分だけしか使えないんじゃなかったのか? そんな朝っぱらからやってたら、勿体無い気がするんだけど。
「そこでね、アタシが提案したの」
「リリアが?」
リリアが得意そうに続く。
「1人が使う練習スペースは、1回につき30分が限度。でも、そこには人数制限がないの。ということは、そこで複数での練習もできるってことになるんじゃないかってね」
「それで、俺と悠斗とリリアの部屋のやつを使うことで、1日90分は練習できることになるんだ!」
ディールが次の言葉を言ったのが悔しいのか、リリアはぅぅ~と唸っている。……こいつらは何を競っているんだろう。
テストはこの休日を含めて明後日。そろそろスパートをかけていきたいところではある。が……。
「そんな連続だと疲れて大変だ」
俺がそうぼやくと、2人が『待ってましたぁ!!』とばかりに目を光らせる。その気迫に、俺は押し黙る。
「だから、朝の部、昼の部、夜の部と分けてやろうと思ったんだ!」
「んで!朝は悠斗の部屋のを使おうって話になったってワケ!」
早口になってはいるものの、言ってることが何1つ重ならないのは事前に練習でもしたからなんだろうか。……いや、こうやっていがみ合ってるのを見る分には、それはないか。
テスト勉強、か……。今日は学園もないし、1日を自由に使えるというのは大きいだろう。それに、90分もあれば慣れると思うし。こうなったらポジティブに考えることにした。
「分かった。着替えるから、部屋を出てってくれ」
「早くしろよ~」
2人を部屋から追い出して、俺も私服に着替えた。
* *
さて、俺の部屋の転移術式の前に3人佇む。この術式は、踏んだ対象を特定の場所に転移させるものだ。だから、3人を転移させるには、踏んだ対象の人物に触れていればいい。……というのは、あくまで推測だから、成功するとは限らないけど。
「ちょっと失礼」
リリアは俺の肩に、ディールはなぜか頭に手を置いた。なぜ頭なんだ、なぜ。
「さて、いくぞ」
「おう、よろしく」
そう言って、俺は右足を前に出した。
・・・
・・・
やはり、瞬間的に景色が変わった。目の前には一面の白。この間となんら変わった様子はない。毎回変わったら面白いのにと思っていたこともあるためか、少し拍子抜けだ。
「さてと。もう時間はどんどん過ぎていってるぞ。早速始めようぜ」
ディールはやる気満々のようだ。どうやら本当に人数制限はないらしい。こいつの言うとおり、時間が刻一刻と過ぎ去っているのは事実だ。気合入れないと。
目の前には例の的が3体。人数でも感知してるのだろうか。スピードは以前と変わらず、一定の速さでグルグルを周囲を旋回している。
「よし、いくぞ───!」
俺はその内の1つに的を絞り、それの動きを観察する。軌道を読んで、イメージする。光系呪文───肩慣らしというのもあるけど、なんだかんだいって、これが一番使いやすい。
手を前に突き出し、その先に意識を集中させる。的がその前に来たら撃つ。
『───レイ!』
前回のように一筋の閃光が奔る。しかし、またもや外してしまった。
俺は溜息を吐いた。やっぱ難しいな……。今回は上手くいくと思ったんだけど。
「ダイジョブダイジョブ、今始まったばかりなんだから。ゆっくりやってこ~」
見ていたリリアがドンマイとばかりに声を掛けてくれた。やっぱり、こういうのがあると頑張れるもんだよな。
……その後、何発か撃ったけど当たることはなかった。
俺は休憩とばかりにディールを見やる。
「ダメだな、こりゃ」
はははと頭を掻きながら戻ってきた。やっぱりそう簡単にはいかないらしい。魔法を実践し始めて日が浅い俺たちには、こういうのは慣れないものである。
「やっぱレベル高いな、このテスト。甘くみてたよ」
「同じく。なっかなか当たらないんだよなぁ」
俺たちは同時に腕を組み、首を捻った。……一体なにが足りないのかな?
実践テストは、制限時間1分以内に5回まで魔法を打ち込める。その中で1回でも的を倒すことができれば合格という、単純なテストだ。
だがこの通り、簡単にこなせるものではない。時速約40キロメートルで移動する的は、人型の的で、頭部分に円の模様があるタイプのものだ。実際は、どこを狙っても構わないが、あくまで目安としてである。
「2人ともお疲れだねー。んじゃ、アタシがいってくるよー」
ヒラヒラと手を振って、リリアが歩き出した。
「おう、頑張れー」
10歩ほど歩いた先で、深呼吸をして気持ちを落ち着かせているリリア。その後姿は、今までみたリリアとは、なんだか、別のものを感じた。
「───よし」
呟いて目を開いたリリアは、さっきまでのふわふわした感じの雰囲気をまったく感じさせない、冷徹な鋭さが身体を纏っているような気がした。
ちなみに、リリアが得意とする属性は水だ。きっと今からその魔法を使うのだろう。的を目で追いながら、スッと手を地面に向けて、魔法を唱えた。
『───アクアエッジ!』
手を振りあげるのに呼応するかのように、的のすぐ目の前に液状の柱が立ち上った。が、これは的にはヒットしなかった。
「いっけぇ!!」
これが目的だったのか、リリアは通り過ぎた的に向かって手を向ける。すると、先ほど現れた水の柱の側面から、液状の弾がいくつも的に向かって放たれた。
「おお……」
その発想はなかったとばかりに、俺たちは歓声の声を漏らした。一度使った魔法からまた魔法を放つなんてことを考えたことによる関心か。または、その美しさ故か。広範囲に放たれた無数の水弾は、素早く移動する的にいくつも命中し、やがて倒すことに成功した。
……一度で出来てしまうなんて、なんてやつだ。
「やったあぁぁー!合格!アタシ合格ーー!!」
純白の空間に一人の声が木霊する。溢れんばかりの喜びを全身に表しているリリアをみると、さっきまでの威圧感は既になかった。茶色いポニーテールが踊るように跳ねている。
……気のせいだったのかな?
「リリアって凄いんだな。あんな倒し方全然思いつかなかったぞ」
「ああ、俺もびっくりした。ただの台詞泥棒かと思ってたのにな」
「む。ディールは一言余計かも……」
リリアは不機嫌そうに眉を寄せてみせたが、すぐに表情が綻んだ。
しかし、よく思いついたもんだな、自分の使ったものからまた魔法をだすなんて。
俺がそのことを聞いてみると、リリアは得意そうに胸を反らせて答えた。
「実はアタシ、作戦立てるの得意なんだ。現界ではチェスとか、その手のボードゲームでは負けなしだったりするんだ~」
「……ということは、今までの俺の台詞泥棒は、お前の計画的犯行だというのか!?」
「へへ~。それはどうかな~♪」
手の内を明かそうとしないリリアに、敗北感を抱くディールであった。
* *
結局、俺とディールは的には1度も掠りさえしまいまま、朝の部を終えた。
「はぁ、はぁ……。ぁあ、もう、ダメだ」
「ぜぇ…ぜぇ……。ハード、すぎる……」
俺の部屋に戻ってきた俺たちは、休憩しながら今の練習について話をしていた。
魔力の消費は───ゲームとかで例えるとMPとかだけど───、こういうのは肉体的な疲労ではなく、精神的にくるものである。だから筋肉痛とかにはならないからいいんだけど、ただ、なぜか息苦しくなる。精神状態は、いうなれば鬱に似た症状だ……。
リリアはというと、コツを掴んだとかで、気楽にポンポンやっていたので疲れていないようだ。……その内全部の的を倒していたのが憎らしい。
「ねぇ、昼は何時に始めよっか?」
涼しい顔でリリアが俺たちに聞いた時、俺とディールは同時に手を上げて、
「「メシを食った後でお願いします……!」」
そう懇願した。リリアは苦笑した後、昼食をみんなで作ろうと提案した。正直な話、俺もディールも作れるほど気力は残ってないのだが……。
そんな心の声がにじみ出てしまったのか、リリアは溜息を吐いて、
「しょーがないなぁ。仕方がないから、ここはアタシが2人のご飯を作ったげる!」
そのように仰られた。
「おお!」
「神様だ……」
俺たちが思い思いに両手を擦りあわせて崇めていると、今度は悪魔のように微笑んで、
「ただし、コレで貸し1つだからね~」
と言って、キッチンに向かっていった。俺たちは合掌をやめて、彼女の背中を眺めた。
「……なぁ、悠斗」
「なんだ、相棒」
「俺、今さ、あいつから悪魔的ななにかの尻尾が見えた気がしたんだが、気のせいではないよな」
「……奇遇だな。俺も今、背中にコウモリのような翼を見たところさ」
うなだれた俺たちをみて、リリアは小さく笑った。
───あと60分。気力がもつか分からないけど、なんとかして合格しないとな。垂れた頭で、そんなことを思った。
俺たちの気力が立てるくらいまで回復した頃、キッチンでは食欲をそそるようないい香りが部屋中を満たしていた。
タイトルのTesta pētījumsは『テスト勉強』という意味のラトビア語です。
正直地名の場所は知らないですorz