ep.05 魔法学園のアリス-Coil in bandages-
そんなこんなで、俺にも魔法を使う機会が訪れた。
みんな魔法を成功させている。よし、俺も。
そう思ってやってみた。でも───、
青、い……?
俺の出した炎は、何故かみんなと違って青かったのだ。
ますます不思議だ、俺……。
☆ ☆ ☆
俺のそんな魔法学園での生活は、2週間が過ぎた。時間が経つにつれ、俺もだんだんとクラスになじめてきた。隣の席のディールとは相変わらずで、そこから俺の席周辺の奴らとは普通に話す仲になっていた。
最近はいろいろと順調に事を知ることが出来ている。学園の構造、魔法の出し方、バリエーション、授業の勉強など。───俺の魔法の謎以外は、だが。
あの頃から、俺の魔法の異常さだけは健在だった。炎は相変わらず青いままだ。でも俺が怖くてたまらなかった水属性の呪文は赤くなかったので助かった。……想像しただけでおぞましい。
…まあ、その謎があってか、もう1人、仲良くなったやつがいる。
「ディール、ちょっとここ、教えてくれないか?」
授業終了後、俺は分からなかったところを隣のディールに質問した。
「お? 任せろ。───どれどれ」
「ここなんだけどな……」
俺がその箇所を指差す。それにふむふむと思考するディール。現界でいうなら、数学みたいな授業で、魔法に関わることの計算などをさせられている。例えば、術式の構成とか。といっても、理解できていないから、まったく例えになっていないのであった。
「ああ、思い出した。ここはだな───、」
指を鳴らし、説明を始めるディール。とその前に、
「魔力を上手く調整して、それを維持するには、前のページの公式に倣って順番に代入するとできるよー」
と、やわらかくて弾みのある声がすぐ横から聞こえてきた。
「…あ、そっか。そうだった。」
「……おいリリア、今俺が言おうとしてたのにさ、邪魔しやがって……」
「思い出すのが遅いそっちが悪いんでしょーが。早い者勝ちだしね」
「サンキュ、リリア」
お礼をと思って顔を上げる。茶色の長いポニーテールを揺らして、にししとイタズラっぽく笑っている。
彼女はリリア・ステファニー。俺の右後ろの席の子で、ドイツ人だ。ホントはもっと名前が長いらしいのだが、リリアでいいと言ったのでそう呼ぶことにしている。
「いいっていいって。あ、じゃお礼に青い炎見せて!」
彼女は俺のこの奇怪な魔法の特性を知ってから仲良くなった。不思議なことが大好きらしい。もちろん、その中に俺の魔法も含まれているわけだ。
「まったく。見せ物じゃないってのに……。ほれ」
呆れながらも指先に小さく炎を乗せる。すると彼女はぱあっと琥珀色の瞳を輝かせた。
「わー。やっぱ綺麗ねー。なんで悠斗のだけ青いのかしら……。うーむ、謎だわ。アタシのも青くならないかなー」
「こんなの、いいことなんて何もないと思うけどな」
お前みたいなのに付きまとわれるし。……なんてことは口が裂けても言わない。
彼女は、実際にはできないのにできるかも、と何でも頑張る好奇心旺盛で健気な子である。……こういった変な趣味を持っていることを除けば、結構可愛いのにな。おまけに白衣なんてものは似合いそうにない。……いや、一部には需要あるか?
「……今、失礼なこと考えなかった?」
「いや、何も」
俺は手をグーにして炎を消す。
「ほら、今度の授業、体育だろ。早くグランド行かないと遅れるぞ」
席を立って廊下に向かう。その途中でディールが、
「日本では『体育』って言うんだな」
と聞いてきた。
「イタリアじゃなんていうんだよ」
「気にすんな。ま、意味としては同じだけどな。そっちとかわんねーよ」
「そっか」
まだクラスの連中が残っている中、俺たちは早めにグランドへ向かう。女子はアリーナでバレーボールをするため、教室で着替える。廊下に出ると、窓に対視防壁が張られているため、覗きなんて不埒な所業は不可能だ。もちろん、俺はそんなことは考えないけど。
「……これ、やっぱセコいよな。どっかに穴、ねーかな…」
「………さっさといくぞ」
俺は教室の壁にへばりつくディールを引きずりながら、グラウンドに向かうのだった。
* *
昼休み。食堂で昼食を摂って教室に帰る途中、俺たちは話をしながら教室に向かっていた。
「しかし、リリアはいいのか? 俺たちとメシなんて食ってて。もっとこう、女子たちとの会話とかあるだろ?」
最近になってリリアとの付き合いが多くなったことが心配な様子で、ディールはリリアに聞いた。
「それ、俺も思った」
「ん? ああ、ダイジョブよ。ちゃんと言ってあるから。それに、毎日あんた達と一緒ってワケでもないでしょ?ちゃんとバランスとってるわよ」
リリアは手をヒラヒラさせながらそう答えた。
……計画的だ。俺にはそういう小難しいのは出来そうにないな。
「そっか。なら安心だ」
そんな他愛のない会話を繰り返して、教室に入ろうとすると、
「アンタが桂木悠斗ね?」
という、俺を呼ぶ声がした。
いや、助けを求める類とかそういうのではなく。純粋に俺へ確認の言葉を投げられた。なんだか棘を含んだ言い方なので、俺は少し警戒しながら振り返った。
「ん?」
振り返ると、そこには純粋な金色の髪で腰あたりまでの長さのあるツインテールの女の子が、俺を見て…、いや、睨んでいた。初対面で敵意剝き出しとは……。
「アンタが桂木悠斗でいいのね?」
俺たちは足を止め、彼女と相対する。彼女は依然として俺を睨んだまま動かない。……困ったな。
「えーっと、そうだけど、アンタは?」
頬をポリポリと掻き、逆に俺から質問すると、彼女は突然眉をキッと吊り上げて、
「──────ッ!」
鋭く俺を睨み、莫大な量の火系呪文を詠唱し始めた。
……おいおい、無茶苦茶だろ!
───『Ardens igni in lucentia ante hostes……』
「おいおい、アンタは何が目的なん───」
ディールが俺の前にのっそり出てきて、そこまで声に出した途端、
「──────だはっ!?」
彼女から発せられた大きな火の玉を顔面にくらい、その場から数メートル飛ばされてしまった。そして5回ほど縦に回転しながら廊下に叩きつけられた。……熱そうだ。そして痛そうだ。
「ディール!」
「……だい、じょう…ぶ……、だ」
遠くで小さく聞こえた。ひとまずは大丈夫そうだ。そうは見えないけど。
「邪魔者は引っ込んでなさい!」
女の子はイライラした様子で飛ばされたディールを見た後、再び俺に向き直る。そしてまた火系呪文の詠唱に入る。
「ちょ、ちょっと待てって!何がしたいんだよ、お前!?」
俺の問いかけには答えず、またもや大きな火球が精製された。
「はぁ!!」
そうして、俺に向かって火球は発射された。マジで打ってくるのかよ! と内心焦りながらも、目の前に素早く『水』と描いてその周りを円で囲む。すると、そこに直径1メートルほどの円状の水壁が出現した。
そしてそれと火球がぶつかり、大きな爆発が起こる。
「うわぁぁっ!?」
当然のように俺は飛ばされた。だが、上手く1回転したおかげで、着地はしっかり足から着いたが、勢いに負けて、結果的に尻餅をつく形になってしまった。……うまく着地できたらカッコよかったんだけどな。ま、足を捻らなかっただけマシか。
そういえば、あいつは? そう思って顔を上げると、彼女は先ほどの場所から動いていなかった。その表情は、水蒸気でよく見えなかったけど、
「───その宝石……?」
そう口にした後に、少し間が空いて、
「……本当に全属性だったなんて。……じゃあ、アンタが、あの───」
と呟いた後、なんだか急いで自分のクラスに走って戻っていった。
───なんだったんだ……? いきなり襲われたかと思いきや、なぜか急に逃げ出すし……。
「ゆ、悠斗! ディール! 大丈夫?」
先ほどの出来事の一部始終を見終えて、やっと我に返ったリリアは血相を変えて、慌てて俺たちに駆け寄ってきてくれた。
「お、俺は別に。…それより、ディールが」
俺はディールのほうを見る。顔からモクモクと煙が出しながらうつ伏せになっている。…重傷だぞ、コレは。
「た、大変! お水かけなきゃ!」
リリアはそんなディールに駆け寄り、顔面めがけて水系呪文を唱え───って、
「あ、おい!そんな急に水かけたら……」
だが、俺の制止の声は届かず、水がディールの顔に降りかかった。
───ジュウウゥゥゥゥゥゥゥゥ………
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁああああああ!!」
ディールは悲鳴をあげ、顔を両手で覆ったまま飛び跳ねている。叫び声が廊下に響き渡る。
「ハッ!? し、しまった───! またやっちゃったよアタシ!」
治療しようとした本人も混乱して、アタフタしている。……救いようがなかった。俺はそんな2人を見ながら苦笑いをした。
それにしても、彼女、なんだったんだろう。俺が、あの……なんだ?
なぞは深まるばかりだった。
* *
「…………」
結局、ディールは医務室で治療を受けてもらった。医務室からでてきたディールは、顔中包帯グルグル巻きになって帰って来た。
「………ぷ、くく……」
それを見た俺とリリアは、堪え切れなくて吹き出してしまった。
「オイコラお前ら、笑うな。俺だってこんな姿になんてなりたくなかった」
それは無理な話だ。今のディールは、表面が白いパイナップルのような顔をしているのだから。教室に入った時のみんなの反応が楽しみで仕方がない。
教室に戻るまで、歩きながら俺たちはあの生徒のことを話題にした。
「しかし、アイツは何者なんだ」
あの時はいろいろ必死で、彼女の情報を読むヒマがなかったので聞いてみると、俺のその問いかけには、ディールが答えた。
「彼女の名前は、アリシア・クリスティ。学園生はみんな『アリス』って呼んでる。学園への入学試験では全科目首席の超エリート。北欧出身でどっかのお嬢様らしいぜ。ちなみに、彼女は火属性で、その道のエキスパートだと聞く」
「……へぇ」
『アリス』、ねぇ。御伽噺で聞いたことはあるけど、俺の想像とは大違いだったな。……こっちのアリスは随分と野蛮なようだ。とはいえそんなに凄いやつとは衝撃だ。確かに、あの炎は強力だった。
「───ってことは、そんなお方とやりあった俺って、理由なんて関係なく敵扱いになるんじゃ!?」
「だろうな」
「マジかよ……なんか、幸先不安だ」
「おーよしよし」
うなだれる俺をリリアは赤子をあやすように頭をやさしく撫でられた。
いや、嬉しいんだけど、端から見て惨めだし、恥ずかしいからよしてくれ……。
「でもなんで、悠斗が狙われたのよ?」
リリアは不思議そうに尋ねる。その疑問はすぐには解決せず、しばし沈黙が流れる。
「……………あ」
たしか、アイツ、自分の教室に入る時に何かいってたな。確か、『アンタが、あの……』、なんだっけ?そんな意味深なこと言われても、俺にはサッパリなんだけどな。
「そんなこと言われてたのか、お前?……こりゃ、お前と過去になにかあったんじゃないのか?」
「ないない。俺はアイツとは初対面だっての」
「でもさ、そんなこと言ってたのなら、そう捉えるのが自然じゃないか?」
「う……、確かにそうだけどさ」
でも、俺には本当にそんなのはないんだから仕方ないじゃないか。第一、あんな目立つ髪色していれば、嫌でも印象に残っていると思うんだけど。
「おまけに、お前が前代未聞の全属性であるときた。あとは特待生というもんだから、首席としてプライドみたいなものが傷ついたんじゃないのか? ……まぁ、前代未聞といっても、他の例外もあるらしいが」
やれやれとばかりに肩をすくめるディール。………しかし、そのグルグル巻きの顔ではまったく様になってなかった。俺は笑いそうなのを必死で耐える。それが見えていたのか、ディールはムッとした顔になった、ような気がした。
それにしても、やっぱり俺は特待生扱いだったのか。なるほど、ならあんなに歓迎されるのにも納得がいく。……そのおかげかしらないけど、逆に歓迎してくれなかったやつもいるけどな。
「こりゃ、当分は用心することだな」
「用心って、アイツのことか?」
「ああ。あーいうのは、結構根に持つタイプだから気をつけろ。背中からサックリやられないようにしとけよ」
……真面目にそういうこと言うのはやめてくれ。背筋がぞくぞくする。
───そうしてディールの説明は終了した。
「……なんで、こんなことになったんだろうな」
誰に問うでもなく、俺は呟いた。いつになったら平和な日々が訪れるのだろうか。
廊下の窓から見た空は、現界と同じ、いい天気だった。
タイトルのCoil in bandagesは『包帯でグルグル巻き』という意味の英語です。ネタです。すいません(笑)
アリスの詠唱はgoogle翻訳です。当初では詠唱は英語にしようと思ったんですけど、ラテン語に変換しなおしました。