ep.02 もう1つの学園生活-Отдел-
この空間にきて、『レクスティア学園』について聞いた俺は、もとの場所に帰る方法を聞いた。
「あなたは既に、ここの入学手続きは済ませてあります」
あれ? 違う違う。俺、ここ通わないし。
でも、なんだか強制というか、決定事項というか……そんな嫌な予感が蔓延っている。
───俺、もしかして帰れない…?
☆ ☆ ☆
「……いや、そうじゃなくて、俺はここに通うつもりなんてなくて、この本を開いたらここに辿り着いちゃっただけなんだって!」
俺は焦りながらルーシーさんを説得するように、ここに来たのは単なる偶然であり、故意ではないことを主張する。
それを彼女はつとめて冷静に、そして淡々と告げる。
「あなたがこちらにいらっしゃる際、何か言葉にしませんでしたか?」
言葉? ことばって……思い当たるのは、あのかっこ書きされていた唯一のワード。
「あの、なんかよく分からないけど、Je...なんとかってやつですか? 適当に読み上げただけなんだけど」
「その言葉は『Je voudrais』。希望します、という意味のフランス語です。つまり、あなたはこの本の誓約に同意したことになるのです」
希望? 誓約? ……なに言ってんだ?
そう思いながら、俺は抱えている本を見る。
『学園入学案内』
───あ、読めた。
「ちなみに、そのコンタクトには自動翻訳機能が搭載されております」
今体験しました。はい。
* *
入学案内のハードカバーの序章をこの場で読み終えた時、俺はいつの間にか『学園入学の際の誓約』に同意し、その言葉を口にしてしまったことが分かった。どうやら、発言することで効果を発するみたいだ。しかしなんてことをしちまったんだ、俺は。
「お分かりいただけましたか?」
「───ああ、わかった。けど……」
だからっていきなり魔法とかいわれてもな、にわかに信じがたい。これは本格的にゲームの世界に入り込んだことを覚悟する必要があるかもしれないぞ。
それに、家にも何も言わずにこんな場所に来ちゃったし。もはや時間感覚もおかしくなり始めて、なんだかもう夜のような気がしてきた。
「こちらと現界では、時間の流れは連動しておりません。あちらの時間は、こちらから任意で変更が可能です。今は、向こうではあなたの時間は止まっています」
要するに、今はこっちの時間しか流れていなくて、現界は関係ないってことか。……なんでもありだな、ここ。
ということは、こっちでいくら長い時間居ても、現界への影響はないんだな。
そう考えると、今の現界の俺は、春休み最後の日で時間が止まっているわけだ。うーむ、なんか惜しいことをした気分だな。
「なんかよく分からないけど、とりあえずここの学園を見に行ってみたいんですけど」
「こちらのゲートをくぐるだけで、学園まで連れて行ってくれますので」
ルーシーさんが指差す方向には、駅の改札を思わせるゲートがいくつかあって、その床はなにやら細かい模様が描かれていた。
「学園に着きましたら、一度学園長のもとへ足を運ぶようにしてください」
「分かりました。色々ありがとうございました」
「───いってらっしゃいませ」
* *
ゲートをくぐると、一瞬で学園に到着した。
もうなにが起きたか分からなかったけど、気がついたら目の前に大きな建造物が建っていた。
「……ぉおー」
そこに建っていた学園、というより城と言ったほうがこれはふさわしいのではないだろうか。外壁は青黒いレンガのようなつくりで、その周りを柔らかい芝生が囲んでいる。
俺はひとしきりその荘厳な雰囲気を醸しだしたその巨城…もとい、学園を見上げると、その中に恐る恐る足を踏み入れる。
「おじゃましま~す……」
無駄に大きな扉を開けて目の前に飛び込んできたのは、西洋の立派なシャンデリア。いかにもな雰囲気を醸しだしている。床もフローリングでもなければマットでもない。石に囲まれた少し小ぶりな部屋だった。
見たところ科学製品なんてなに1つ使っていない。……あの灯りも全部魔法なのかな。
ぐるりとその空間を見回す。その部屋の左側には、またもやカウンターのような場所があるだけで、ほかには何もない。扉さえない学園って、どうなんだ?
俺は誰かに聞こうと思って、俺はカウンターのほうに向かう。
そこに人はおらず、ただこれまた古臭いデザインのカメラが置いてあった。……科学製品だよな、これ。
「…なんだこれ?」
俺はそれの電源を入れた。
すると、それは一世代古いパソコンのように、今にも故障しそうな激しい機械音を発した。
「な、なんだ……?」
カメラの音にびっくりして、少し動揺をする。こっちのカメラは随分古いんだなぁ。
しばらくすると、そのカメラはひとりでに動き出し、俺をレンズに映す。
『……桂木悠斗様。───第1回生、Aクラス。確認完了しました』
どこからかそんな声が響き、俺はまたどこかにルーシーさんでも居るんじゃないのかと思ったが、この場にはその姿はどこにもなかった。
不思議に思って辺りを見回す。すると、その部屋の異変にすぐ気がついた。
部屋に、廊下ができていたのだ。さっきまで何もなかった空間に、いつの間に……。いろいろとすごいんだな、この学園。
「えっと、行ってもいいのか?」
急な展開に俺はワケが分からなくなった。いや、ここに来た時からワケ分かんないんだけど、今はそれ以上に頭がいかれそうだ。
……もう、深く考えるのはやめよう。とりあえずの調査だ。ここにきたのはそのためだ。なんとかして向こうに変える方法を聞きださないと。
俺は唾を飲み込み、意を決して明らかに校舎の構造を無視した長く伸びる廊下を歩みを歩き始めた。
* *
廊下のつくりは先ほどと変わらず、石でできたいかにもヨーロッパって感じのもので、景色は全然変わらない。少し歩き続けていると、教室が廊下の片方に見えるようになった。こんなに大きいと、迷ってしまいそうだ。
というか、教室の場所教えてもらってないんだけど! ルーシーさんに詳しく聞いておけばよかった……。というか、ルーシーさん、それくらい教えてくれてもいいんじゃ……。
そう思いながらトボトボ歩いていると、ふと見上げた教室が俺の教室であることに気づく。
『1-A』
そう石に文字が彫られていた。いたってシンプルな感じだった。
「ここか……」
俺は教室の中をドアの隙間からそっと覗こうと身を屈めた。
ガラッ!
「うわぁぁぁっ!?」
いきなり目の前のドアが開いて、俺は素っ頓狂な声をあげてしまった。それと同時にピーンと背筋が伸びてしまっている。
「ふふ……そろそろ来る頃だと思っていたわ」
「……はぇ?」
心臓をバクバクさせながら顔を上げると、普通にスーツ姿の女の人。教師だろうか? なにやら状況を楽しんでいるような、そんな笑顔を浮かべている。
でも、なんで分かったんだ?
「私はここのクラスの担任のウィルです。よろしくお願いしますね」
「は、はあ…」
「さあ、そんなところに突っ立ってないで、こっちにいらっしゃい」
ウィル先生に促されて俺は自分の教室に足を踏み入れる。
中は意外と広く、変わったデザインの机と椅子が並べられていて、多くの生徒がこちらをじっと眺めていた。
「………うっ」
どうしよう、なんだか緊張してきたぞ。
「ほら、みんなに自己紹介して」
「え…あ、はい」
俺は前を向いて、当たり障りのないごく普通の自己紹介をする。
「……ぇと、に、日本から来ました、桂木悠斗です。ここに来て間もないので、色々教えてもらえると嬉しいです。よろしく!」
俺が頭を下げると、意外と盛大に迎えられて、俺は一人キョトンとする。
中にはよく観戦中のサポーターがやる、ピー、ピー! と指で音を出しているヤツもいた。
「それでは、悠斗くんの席はあそこの空いてる席ね。周りのみんなは仲良くするように~」
は~い、という返事の中で、俺は自分の席に体を落ち着ける。
ただ、身体は落ち着けても、そこは気の休まる場所では決してないわけで。
「俺、ディールっていうんだ。よろしくな!」
「あたし、アルト。仲良くしようね」
……それは、様々な方面から生徒が俺に話しかけてくるからだ。まぁ寂しいよりは、いいかな?
遠くのほうでも、俺のほうを見ながら話をしている生徒も見受けられる。
「あ、ああ。よろしくな」
ぎこちない笑顔を浮かべて今の精一杯の返事をする。日本人ってそんなに珍しいのかな?
……珍しいんだろうな。知り合いなんて居るわけもない。
* *
早速授業を始めるらしい。担任のウィル先生が2回ほど手を叩くと、騒がしかった教室内が途端に静まり返る。切り替え早いな。
授業か……一体どんな授業なんだろうか。
「は~い。早速、みなさんお待ちかね、『魔学』の授業でーす」
周囲が歓声を上げている中、俺は一人で目を丸くしていた。
魔学? なんだそれ?
俺の頭は完全に真っ白になった。
そうだ、ここ魔法学園じゃん。国語とかないじゃん。俺の頭完璧に役立たずじゃん。つーか、俺そんなの知らないんだけど!
俺はせめて居眠りだけはしないようにと思いながら、授業を受け始めた。……内容はさっぱりだったけど。
こうして俺の学園生活は、目まぐるしく幕を開けたのだった。
タイトルのОтделは「教室」という意味です。ブルガリア語です。