ep.ss 一方その頃-Automat-
前話のサイドストーリーです。
前話までを見てから推奨。
なお、この話を読まなくても物語上何の問題もありません。
۞ss01
「おう、楽しんでこいよー」
「いってらっしゃ~~い」
「またね」
手を振りながら悠斗を見送る3人。彼が転移術式に足を乗せ姿が消えると、3人はその手をゆっくりと下ろした。
はしゃいで無理やり盛り上げていた空間は、彼の消失とともに一瞬にして冷め切ってしまった。静かな空気が冷たく場を支配する。
「行っちまったな……」
転移術式を眺めながら、ディールはうわ言のように言葉を漏らした。静かにため息を吐き、だらしなく下ろされた両手を頭の後ろに組む。
その様子を見ていたリリアは、ディールを覗き込んで場の空気よりも少し高めの声で聞いた。
「ディールは、これからどうするの?」
「どうする、か……」
ディールはその問いに対し、目を閉じて少し悩んだあと、
「ここにいてもなにもねえし、俺も戻ろうかな……なんてな。考え中だ」
「……そっか」
「お前も戻るんだろ?」
「うん、まあねー」
リリアは「んーー……」と大きく伸びをして一息つくと、自分の中のスイッチを切り替えるように「よしっ」と呟いた。
そしてアリスに向き直って、今回の件についてお礼を言った。
「今回はありがとね、アリス。悠斗貸してくれて」
「別に私の持ち物じゃないんだから、わざわざお礼なんていう必要はないわよ」
「でもアタシが先に悠斗に言ってなかったら、アリス、悠斗を誘ってたんじゃない?」
「な……」
「ん、当たった? なあーんだ、図星だったのか~~♪」
リリアが言葉巧みにアリスを攻め、アリスは「な、なな……」と呟きながら顔を紅潮させていく。尤も、分かりやすい反応をするアリスもアリスだが。
近くでそのような会話をしていても、事情を知らないディールには話の内容がまったく理解できなかった。少しうずうずしだしたディールは、こらえきれずに2人に聞いた。
「なあ、一体何の話をしてるんだ?」
「んーと、つまり、ディールはいらない子だったってこと、かな」
「なにソレっ!? いきなりなんでそんなこと言われなくちゃいけないの!?」
「だって……ねえ?」
「言葉を濁すなあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
リリアに軽くあしらわれ、ディールはますます混乱した。そのまま頭を抱え、「俺は今回なにをした? 考えろ、考えろ俺……!」となにやらぶつぶつ呟きはじめた。
その様子をリリアはケタケタ笑いながら眺めていたが、それもすぐに収まった。
───なにか、足りない。
そんな気持ちが、3人の心のうちに芽生えていた。
この場も、きっと悠斗がいればさらに楽しくなっていたであろうと。
しかし、本人は既に現界へ戻ってしまった。一応こちらに戻ってくるとは言っていたが、本意であるかは定かではない。そう思うと、居ても立ってもいられない気分になっていく。
「あ、そーだ」
そんな再び静まり返りそうだった空間に、ハキハキとしたリリアの声が響いた。それは、さながら頭の上の豆電球が光った、といった感じだった。
「アリスは、携帯電話はもってる?」
「え……ええ」
「よおーし。ディールは持ってるわね?」
「あるけど、確認みたいにいうのはやめてくれ……」
リリアは2人の携帯電話があることを知った後、
「はいコレ」
服のポケットから、一枚の紙を取り出した。
۞ss02
「それじゃ、行ってきます」
「いってらっしゃいませ。どうぞ、お気をつけて」
ルーシーさんは最後まで機械のような無駄一つない動きで俺を送り出してくれた。
さて、そろそろ行こうか。
……と、その前に。
いい機会だから、ちょっと俺が不思議に思ってたことでも聞いちゃおう。
俺は足を止め、再びルーシーさんに向き合った。
「あのさ、ルーシーさん」
「なんでしょうか」
俺は右耳についているイヤホンをつつきながら言った。
「これって、魔法で出来てないですよね?」
「……どうしてそう思いますか?」
「うーん、なんとなくです。作りからしてもなんだか魔法とは違うっていう気がして。それに、なんだかこういうのを現界でつくれそう……な感じまできてるっていうCMも見たことあったし」
ルーシーさんは黙ったまま、すっと目を閉じた。
「───そうですね。それは魔法では出来ていません」
「あ、やっぱり?」
「はい。それは私の国から個人的に持ってきた、いうなれば私物です」
「え……それって、コレはロシア製ってこと?」
「はい。しかし、コレはあなたの時代のロシアが作ったものではありません。もっと先の未来のものです」
「えー……」
なんだか話が壮大になってきたぞ。未来? どうして未来の品がここにあるんだ。うーむ、謎がなぞをさらに呼ぶ。この空間は未来にも繋がっているのは知っているけど、過去には来れないはずじゃないのか? なんでそんな便利なものがこんな場所に……。
「じゃ、じゃああの自販機も?」
「はい。あれは私が個人的に拝借して、少し術式を加えて硬貨を自動認識できるようにしました」
「そうか、どうりで……って、拝借したってどこから!?」
「結構重くて肩が疲れてしまいました」
「そういう問題じゃないでしょ!!」
いや、肩が疲れたって……。どうやって持ってきたんだよ。まさか担いだわけじゃ……ないよな? いや、単純に自販機があるのは嬉しいんだけどさ。
今回の会話を通して、なんだかルーシーさんがますます分からなくなってきた。
どうやら俺は、踏み込んではいけないことに首を突っ込んでしまったようだ。
ルーシーさん、あなたって一体……。
「とにかく、このことは内密にお願いいたします」
「あ…は、はい」
「もし、ポロッと何かの拍子に出てしまったら……」
「で、出てしまったら……?」
ゴクリ……。
思わず固唾を飲み込んでしまう。
ルーシーさんは無表情のまま開いた右手を顔の辺りまで持ってきて、
「こう、です」
ギリリイィィィィィ!!
そんな音が出そうなほど、噛み締めるようにゆっくりと、そして力強く自分の手のひらをグーに変えていった。
ひいぃぃぃぃ!!
恐ろしい。そんな万力のようなことをされたら俺は生きて帰ることは叶わなくなってしまう。
おかげで事の重大さがすごく分かった気がする。……単に、重大さの大小関係を無理やり変更しただけであるが。
「い…いいい行ってきますーー!」
「いってらっしゃいませ」
俺は脱兎のごとく駆け出し、急いで転移術式の中に飛び込んだ。
ルーシーさんはそんなときでも変わらず、いつもの感じで送り出してくれたのだった……。
۞ss03
「さて、と……」
一通り部屋を見渡して一息、そして持ってきた鞄を背負う。
悠斗を送り出してから30分後くらいした今、アタシも現界に戻るために準備をしていた。たった今それも終わり、これから故郷へゴーする5分前くらい。
お父さんに見せるために優勝した記念の賞状、トロフィーをしっかり持って、ここに来た当初から使っていた自分の部屋に「いってきますっ」と一言。……と言っても、最近では悠斗の部屋をずっと借りっぱなしだったから、少し申し訳ない気分。
玄関でアリスとディールに渡した紙切れは、昨日悠斗から貰った携帯のアドレスだった。これでいつでも悠斗と連絡できるから、科学の進歩はすばらしいと思う。尤も、こちらの世界ではそういったものは機能しないのだけど。……そうするとふと浮かぶ疑問は、右耳のイヤホンや自動販売機。このイヤホンはどうなのかよく分からないけど、自動販売機は現界のものそっくりな作りになっている。お金もちゃんと入るし、中からはちゃんと缶やペットボトルも出てくる。なのにケータイは使えない……なんだか不思議な世界。よく分からなくなってきちゃった。
一人、部屋のドアの前でそんなことを悶々と思っていると、部屋のドアを叩く音が響いた。一瞬、悠斗なのではと思ったけど、彼は先ほど見送ったばかりなのでそれはナシ。
では誰なのかというと、それはもう既に分かっている。
「───お嬢様、お時間です」
と、少しだけ幼げな男の子の声。ドアを開けると、そこにはアタシよりも若干背の低い、黒い髪の毛が目を覆うくらいにまで長い男の子───カイがそこにいた。
なにを隠そう、彼は魔法界ではアタシの見張り役であり、現界では執事でもある子なのだ。テストの成績もすべて彼がお父さんに伝達している。
今回のトーナメントでカイと戦うことになるとは思っていなかったし、実は属性もよく知らなかった。あの時はホントにびっくりしたなあ。
「りょーかいりょーかい♪」
能天気に返事を返して部屋を出ると、カイは目を隠していても分かるくらいに申し訳なさそうな顔をしていた。
「ん? どしたの、カイ?」
「あ、え……えっと……」
カイは感づかれたことにびっくりして、隠れた大きな目をチラリと覗かせた。そして少し俯き気味になって、
「その……も、申し訳ございませんでした!」
と、深く頭を下げて謝った。
……? えーっと、一体、どうして謝るのだろう。
理由が分からなかったので、聞くことにした。
「どうして急に謝るの?」
「それは……試合のときにご無礼を働いてしまったといいますか、その……」
「ああ……」
把握。
つまりは、トーナメントでアタシたちと試合した時のことを言っているのだ。彼はあの時、きっと本気で戦っていたのだろう。それであんな風に言ってはいけない言葉も口走ってしまった。だけど、それは悠斗に限定されていた気がするんだけど、気のせいかな?
アタシはそのまま、カイの頭に手をポンッと置いた。
「そんなの気にしてないわよ。それに、アレくらい本気を出してくれたおかげで、結構白熱したし」
「し、しかし……あのように自我を見失うのは、執事としての自覚が足りないからだと思いますし……」
「そんなことでお父さんは怒ったりしないわよ。それに、主のアタシが言ってるんだもん。大丈夫よ」
「そ、そうですか……」
ほう、と胸をなでおろすカイを見て、ちょっと一安心。……でも、どうしてあんなにキレて……もとい、必死になっていたのだろう。
それになんだか悠斗ばっか狙ってたし。あのまま悠斗が倒されるんじゃないかってすごいハラハラしたのをよく覚えている。
「ちょっと歩きながら話さない?」
「了解しました」
カイを促して廊下を進む。2人だけの足音が規則正しく響いた。
そしてすぐに、アタシから疑問に思ったことを聞いてみた。
「ねえ、あの時カイは、どうしてあんなに悠斗ばっか狙っていたの?」
「そ、それは、僕なんかがお嬢様を攻撃するわけにもいかないし、それに……」
「それに?」
アタシを攻撃したくないっていうのはちょっと公平じゃないかもとか思いながら、そのまま言葉の続きを待つ。
するとカイは、低い声で少し殺気を込めた口調で、
「アイツには、ああしなければいけなかったんです」
とハッキリと告げた。
うーん、疑問がまた疑問を呼んで少しパニック。これまたどうして? って聞いたほうがいいのだろうか。なにやらそういった義務感があったというのは本当のようだし。
執事の事情も把握しておくのも務めというか、主としては、こういうのは見過ごせないわけで。……こっちでは執事の仕事はしないでと言っているので、関係ないのだけど。
「どうして?」
「アイツはお嬢様に近づきすぎです。ああいった輩は、きっとお嬢様に気があるとしか考えられません。いえ、むしろ下心で近寄っているのかもしれない……そんな不埒な者は、僕が即座に排除すべきだったんです!」
「は、排除って……」
とりあえず、試合での言葉はあながち嘘ではなかったってことが分かった。それで悠斗ばっかり狙われていたワケも、一応これで納得がいくところまでいった。ただ、アタシに近すぎるってのには、ちょっと語弊があるかな。もともと、アタシが彼に興味を持ったのがきっかけだったし。むしろアタシから近づいたといってもいいんじゃないかと。
下心は……悠斗に限ってはない、と思う。だって、これまでそんな目で見られたことはないはずだから。……うん、そう信じたい。
「そ、それにアイツ……試合の1週間前くらいに……」
「一週間前?」
今まで以上にワナワナと肩を震わせて言うカイ。
あれ? それって、確かアタシがいきなり悠斗の部屋に上がりこんだ日……。
「お、お嬢様に……あ、あああアイツに向かって……お、『およめさん』だなんて言わせて……!」
「──────ッ!!」
ボンッ!!
そんな爆発音が聞こえてきそうなほどに顔が紅潮したのを感じた。
「おまけにお嬢様が部屋に上がった後、執拗に部屋周辺の様子を見回していたし……きっといかがわしいことでも考えていたに違いないですっ! 許せない……お嬢様が一体どこのどんなお方か知っていての狼藉か。知っていたなら尚更タチが悪い、すぐにでもヤツを殲滅に……」
「こら」
ポカッと、一発パンチ。我を失っていたカイは「ハッ!? す、すみませんでした……」と目を覚まし、なんとか収まった。それに、今はもう悠斗はいないし。
それにしても、どうやら本当に思い込みの激しい単純な子のようだ。それも極端に。間違い方もこれまた一品で、完全に勘違いをしている。
ただ……。
「………………」
アタシは額に手を当てた。そのまま「アチャ~」とでも言ってしまいたい気分だ。まさか、カイに見られていたなんて思いもしなかった。
というか、あの時は本当にどうかしていたとしか言いようがない。ああああああもうっ、恥ずかしい……。なんであんなこと言っちゃったんだろ。お酒が回っていたのかな? ……いやいや、そもそもお酒なんか飲まないし。
「え~っと、アレは別に、悠斗に言われてやったわけじゃなくて……」
「え……で、では、どういったわけで?」
「あ、アタシが勝手にやっただけで……」
「…………」
頬を指で軽く掻き、「あはは~……」と苦し紛れの乾いた笑いを残し、その場が静まり返る。チラッとカイのほうを見ると、こちらを見上げたまま固まっていた。心なしか、焦点が合っていないような気もするけど……。
そしてしまいには、
「嘘です」
切り捨てるようにスパッと、そんなことを言い出してしまった。
「あ…あのね、カイ。コレは全部本当のことで……」
「いえ、嘘です」
「うっ……」
「ぜんぶ……全部、アイツが悪いんです。アイツがいなければ……すべての元凶は、あの憎き全属性なんです!!」
「だーかーらー、違うんだってばーー!!」
もはや何を言っても聞かないといった感じのモードに入ってしまった。こうなってしまったらとりあえずは話を聞いてもらえないかも。
はあ……誤解を解くのがすごく大変そう。いつまで掛かることやら。
まったく、これからお父さんに会いに行くって時に、こんな疲れた顔を見せたくないよ……。
横でなにやらブツブツと呟いているカイを見て、アタシは今まで生きてきた中で最も大きなため息を吐いた。……もう、こうなったのも全部、悠斗のせいなんだから。このバカ悠斗っ。
心の中で小さく八つ当たりをして、そのまま玄関を出る。そして、彼の後を追うように、ターミナルへ続く転移術式に脚を踏み入れたのだった。
タイトルのAutomatは「自販機」という意味のドイツ語です。