ep.26 ウェイクアップ-Heimkehr-
俺たちのトーナメント優勝記念に催された打ち上げパーティ。会場はまたもや俺の部屋だったけど、みんな楽しんでいたようだ。
唐揚げを食べられなかったのは正直悔しいのだが……。
そしてそれも終わり、全員自分たちの部屋に戻った後、いきなりリリアが俺の部屋にやってきた。
彼女は自分が王族であることを俺に教えてくれた。それが勝ちにこだわる理由であったと。
休日にはその話を持って帰るらしい。俺もその日に元の世界に帰省することを決めた。
もちろん、またここに戻ってくるつもりで。
☆ ☆ ☆
私服に着替えて、寮の前に立つ。
見上げてみれば、俺たちが住んでいる寮は割と大きかった。学園ほどではないけれど。
玄関にはディール、アリス、リリアが俺の出発を見送ってくれていた。
「それじゃ、行ってくる」
ハードカバー……特待生の証の本を小脇に抱えて言う。
休日───つまり今日、俺は現界に戻って、少しばかり元の生活を味わいに行ってくる。尤も、この帰省許可というのは、自分の親などに今の自分の成績など、そういったものを報告するために設けた制度らしく、例外な俺には関係のない話だった。
言ってしまえば潜りってやつだ。親にも黙ってこんな場所に来ているのだから、報告なんてものはする必要はないのである。それに、急に俺が「実は俺、魔法使えるんだ」なんて言った日には、その後どんな目で見られるか分かったモンじゃない。
そんなことになったら俺はもう現界に戻ることを拒否するかもしれない。よかったな、俺。引きこもる場所を見つけて。……ぜんっぜん笑えないけどさ。
「おう、楽しんでこいよー」
「いってらっしゃ~~い」
「またね」
順番にディールとリリアは手を大きく振りながら見送る。その隣で、アリスは控えめに手を振ってくれていた。
そうして3人に見送られながら、俺はルーシーさんのいるであろう場所……言いにくいからターミナルでいいか───に行くための転移術式に足を乗せた。
・・・
・・・
瞬きしている間にそこに着いた。目の前にメタリックブルーの壁や床が飛び込んでくる。そんな中、カウンターのような空間に一人、静かに眼を閉じて座っている女性を見つけた。
「こんにちは、ルーシーさん」
声を掛けると、ルーシーさんは閉じていた目をゆっくり開け、顔をあげてこちらを見た。
「こんにちは、桂木悠斗様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「現界への帰省をしたいんだけど」
「かしこまりました」
ルーシーさんはカウンター席から出て、とても小さな声で床に向かってなにやら言葉を発した。
すると、その場に転移術式が発生した。だが、コレはまたトーナメントの時のように特殊で、いつも使っているようなものとは全然違うようだ。
まず形から、そして模様まで違う。複雑で淡い緑色をしている術式は、一部の模様が月を模したものになっていて、とても綺麗だった。
「ありがとうございます、ルーシーさん」
「日にちはいかがなさいますか?」
「それじゃあ、俺がここに来たときの日にちで」
「かしこまりました」
リリアが言うには、日にちは設定できるけど時間はこちらの世界の時間に依存するのだとか。なので俺はなるべくその時間帯に近い時間に寮を出たのである。
なにはともあれ、ここまで長かったな。こっちの学園に入学したときは、始めは俺は変人扱いで、それがきっかけであいつらと出会って、遺跡にも行って、トーナメントで優勝して。
そのどれもが、向こうでは1分ほどの出来事で収まるのだ。不思議なもんだよな。
───そう、例えるなら、この世界での出来事は夢。
夢のような毎日を送っていたのは、紛れもない俺自身で。でも、それは決して夢なんかじゃなくて。
ただ、少しだけ、目を覚ますだけ。
この非日常から、日常へ。
「それじゃ、行ってきます」
「いってらっしゃいませ。どうぞ、お気をつけて」
ルーシーさんは最後まで機械のような無駄一つない動きで俺を送り出してくれた。
さて、そろそろ行こうか。
俺が本来いるべき世界へ───。
夢から覚める。
目覚ましが鳴る前に目を覚ます感覚に似ている。
それは、とても気分のいいものだった。
タイトルのHeimkehrは「帰省」という意味のドイツ語です。
ここで3章は終了ですが、ここで2話ほどサイドストーリーを挟みます。
しかし、ホントに短くなったなあ(笑)