ep.25 勝ちにこだわる理由-Ehre-
トーナメント決勝まで上りつめた俺たちは、アリスたちを倒した相手───カイたちと戦うことになった。
相手の速さに翻弄されながらも、かろうじて自分たちのペースを保つことができたが、なかなか勝負はつかない。
ついに俺が継続詠唱していた風系魔法も解け、絶体絶命の瞬間。
そんなとき、リリアの作戦が見事に的中し、相手の防護壁を破壊することに成功した。トーナメントは、俺たちの優勝という形で幕を閉じたのだった。
☆ ☆ ☆
───夜。
「それでは、桂木悠斗、リリア・ステファニーペアの優勝を祝して、かんぱーーーい!!」
カチン、とグラスの当たる音が響く。そうして続いて上がるのは4人の「乾杯」の声。
ディールが司会役として乾杯の音頭をとり、打ち上げが始まったのだ。
この打ち上げは、俺たちがトーナメントで優勝したことを祝おうという、ディールのアイデアから始まったものだ。それにアリスも賛成し、今に至る。
そしてその会場となる所は……、
「……で? どうして毎回俺の部屋なんだよ」
そう、その打ち上げなるものは、なぜか俺の部屋で催されているのだった。もっとこう、違う部屋でもよかったんじゃないのかな。たまには俺もほかの人の部屋に行ってみたい。
そして何度も問いたい、何故俺の部屋だと。
この間の魔術試験の時も真っ先に俺の部屋に来たし……日本人の暮らしっぷりがそんなに気になるのだろうか。
「まーまー、いいじゃねえか。きっとこの部屋が、みんな入りやすいと思ったからそうしただけだって。な、2人もここなら問題なかったよな?」
いやにハイなテンションのディール。それに若干押され気味な女性陣2名。
「まあ、悠斗の部屋だしね」
「こないだも普通にお邪魔したし」
それでも、なんの戸惑いもなく頷いてくれちゃったのだった。
……いやね、なんかこれはこれで嬉しいんだけど、なにも警戒されないっていうのもそれは男としてどうかということでして。俺だって一介の男子高校生ですよ? そこらへんを考えて言っているのだろうかこのお嬢様たちは。
そうは言っても見られて困るものが置かれているわけじゃないし、問題ないって言えば問題ないんだけど。
大体、これから高校に行くって時にこんな場所に来てしまったからなあ。それなりに生活には困っていないけど、ちょっとした娯楽が足りないというものは最初に思ったことだ。自慢じゃないが、俺はここ数ヶ月ゲームをしていない。どうだ? こんな生活、今時の高校生には耐え難い現状だろう。ここまで俺もゲームを封印することになるとは思ってもいなかったけどさ。
「お前ら……俺にプライバシーってもんはないのかよ」
少し、この空間の雰囲気に抗いたくて、俺はオレンジジュースの入ったグラスを回しながら気だるそうに呟いてみる。
「あら、今日はなにか用事でもあった?」
「……いや、なかったけどさ」
だが、アリスの的確な指摘に、俺は早くも丸められてしまった。なんだか、自分のキャラが確立しかけている気がするのだけど気のせいだろうか。いや気のせいではない。(反語)
テーブルを見る。
そこには、ディールたちが食堂から持ってきた、たくさんの食事が俺のテーブルから溢れんばかりに並べれている。肉からサラダまで、バリエーションたっぷりだ。もちろん、これは俺の食事ということで、値段は0円だ。特待生という肩書きが少しばかりあってよかったと思った瞬間である。
「さぁ、早く食っちまえよー。食わねえと、俺が食っちまうぞー……もぐもぐ」
言いながらディールは幸せそうな様子で唐揚げをほおばる。今回のメインは俺たちだってのに……まったく。
リリアのほうを見ると、どれを食べようか迷っている様子で、フォークを握ったまま動かない。
「リリア、何そんなに迷ってんだよ」
「あはは……こんなに料理がたくさん並べられてるの見るのが久しぶりだったから、迷っちゃって」
フォーク片手に恥ずかしそうな顔をするリリア。まあ、そんな風になるのも分かるけどね。
「好きなものから食べればいいって」
「うう……そう言われても~」
理性では分かっているようでも、体がいうことを利かないのはよくあることである。俺も母さんが作った朝ごはんが急に量が増えたときは驚いたよ。確か……中学に上がる頃だったっけかな?
俺がそんなワケの分からないことを考えている間も、リリアはフォークを皿に伸ばしては引っ込め、皿に伸ばしては引っ込めを繰り返していた。
「んお、お前食わないのか? なら俺がいただくー♪ ……あむっ」
口にまだ食べているものが残っている状態で、ディールは気にせず皿にフォークを伸ばす。そして勢いを緩めずに次々と口に放り込んでいく。
「あ……た、食べるもんっ! いただきます!」
ディールの豪快な食いっぷりに刺激されたのか、リリアは両手を合わせ、やっと食べ始めた。
この張り合う感じ、久々に見た気がする。なんか見てて微笑ましいんだよなあ、このコンビ。
さて、そろそろ俺も食べ始めるか。そう思って俺もフォークを皿に伸ばす……が、
「……あ!」
俺が食べようと思っていた唐揚げを、目の前でかっさらっていく2本のフォーク。皿の中に残っていた最後の2つの唐揚げは、そのフォークたちによって奪われてしまったのだった。
「あ、ふまねえひゅうと。食っひまっふぁ」
「あはひも。ほめんねー」
もぐもぐしながらディールとリリアは俺に謝罪の言葉を返した。……この伸ばされた腕をどうしたらいいのか。引っ込めてしまっては負けを認めることになる。
ただ、プルプルとその場で震えさせるしかなかった。
「お前ら……唐揚げ何個食った」
「んー、あたしは4,5個かな」
「俺は覚えてないなー。20個くらい食ったかも……もぐもぐ」
「多すぎだっ!! 俺たちがメインだぞ、少しは自重しろよ!」
オラ吐け、今すぐその20個の唐揚げを吐けこの野郎。俺なんか一つも食ってないんだぞ!
「甘いなあ悠斗、早い者勝ちだろ? メシはお前を待ってちゃくれねえぜ!」
「ん~~うまうま♪」
唐揚げを飲み込んで、チッチッチと指を揺らしてそう決め台詞を吐いたディール。その向かいで、リリアはもきゅもきゅと俺の口の中に入るはずだった唐揚げをほおばっている。くそ、完全に出遅れた。
そんなおかしな一戦を繰り広げている間にも、着々と料理が減っていく。
ふとアリスを見ると、すまし顔で別の皿の料理をつついていた。
「アリス、楽しんでるか?」
俺は声を潜めてアリスに聞いてみる。他の2人は今も闘争心を燃やし、並べられた料理をがっついているので、多分聞こえることはないだろう。
アリスはナプキンで上品に口元を拭いた後、
「ええ、それなりに楽しんでるけど」
表情を変えずに答えた。
「その割には、なんか表情が硬い気がするぞ?」
「食事中だもの、マナーを守るのは当然よ」
「あ、そう……」
さすがはお嬢様というべきか、アリスが食事をする姿は文字通り優雅だった。
すると何かを思い出したのか、アリスは「あ、そういえば」と言葉を漏らし、俺に話しかけてきた。
「優勝おめでとう。まだ、言ってなかったわね」
「ああ、サンキュー。まさか勝つとは、俺も思わなかったけどな」
これはホントに思ってたことだ。決して謙遜なんかじゃない。あの相手を見る前に、アリスたちが負けた時点でこれは負けると思ったものだ。
「ま、それもこれもアイツの聡明な頭のおかげだけどな。俺は正直、何もしてないよ」
そう言って、俺はチラリとリリアの方を見る。
その視線に気づいたリリアは、もぐもぐしながら『何?』みたいな顔でこちらを向いて小首をかしげた。
「……それなら、私もアドバイスしたと思うんだけど?」
アリスは少しムッとした様子で一口、グラスの飲み物を飲んだ。
「そうだったな。サンキューな、アリス」
「……まさか、忘れてたわけ?」
「そんなことないぞ、ちゃんと覚えてたって」
「……どうだか」
アリスは呆れ顔で軽くツンとそっぽを向いてしまった。
なんだかんだ言って、アリスには最初にお礼を言うべきだったかもな。俺たちが優勝できたのも、アリスからの情報提供がなければ勝てなかったかもしれないんだ。そういう意味では、あまりフェアではなかったかもしれない。
「おかわり」
「はいはい……」
アリスに命令され、泣く泣く飲み物を注ぐ俺。今は下手に出るしかなかった。
そのまま会話も度々挟みながら、俺たちの打ち上げパーティは進行していった。
* *
そんなこんなで夜も更けていき、打ち上げパーティーも終わりに近づく。
こういう時に困るのはいつも部屋の主である。皿の片付けから洗いものから……これからの雑用がひどく面倒くさく思えてくる。
今度は違う部屋でこういった催しをしたいもんだな。そしてこの最後の皿洗いという地獄の一仕事という恐怖をを思い知らせてやりたい。
俺が内心でブツブツ呟いている中、ひとしきりくつろいでいたディールはイスから立ち上がり、
「んじゃあ、そろそろお暇しますかな」
と言って、そそくさと部屋から出て行こうとする。
「おい待て、皿洗いくらい手伝っていけよ」
「えー」
「『えー』じゃない。主催者なんだ、少しは手伝っていったらどうなんだ?」
「い、いや……ここは『主催者としてよく頑張ったね、後は俺に任せとけ』って言うんじゃないの?」
「主催者として頑張ったな。ほら、早く台所に行こうぜ」
「あ……そ、そうだ! 俺、今からちょっと用事があったんだっけ!」
「見え見えな嘘をつくんじゃない!」
「じゃ、じゃなーーー!」
「あ、おい待て!」
俺が止めるのも聞かず、ディールは部屋から出て行ってしまった。……あの野郎、後で覚えとけよ。
そして残ったのはアリスとリリア。俺が渋々テーブルの皿を片付けていると、次はアリスが立ち上がった。
「手伝う?」
「え……アリス、皿洗いしたことあるの?」
「いいえ、ないわ」
「そ、そっか……」
危ねえ。先に聞いておいてよかった。さすがはお嬢様なだけある。
こういうのは、手伝って洗ってる途中で皿を割る……というありがちなシチュエーションがやってくるに違いない。これは阻止しなければ……。
「あー、いいよ。ディールにでもやらせようと思ってたけど、もういないし……俺だけでなんとか終わらせるよ」
「そう? ありがとう。それじゃおやすみなさい」
「ああ、おやすみー」
短い会話を終えて、アリスも部屋から出て行った。人数が減ると、急に寂しく感じるものだな。部屋の温度も心なしか低くなった気がする。
その中で、リリアはぼーっと窓の外を眺めていた。
「リリアは帰らなくていいのか? 結構いい時間だけど」
「うん……」
なにやら心ここにあらず、といった感じだ。今は話しかけても無駄だろう。
とりあえず俺は皿をシンクに移すことにする。
カチャカチャと皿の音がやけに大きく聞こえた。
リリア、何考えているんだろうな……あんなに静かだと、ちょっと変な感じだ。
皿を洗い終えて水を止めると、ちょうどリリアが小さくため息を漏らした。そしてゆっくりとドアの方へ歩き出した。
「帰るのか?」
「……うん、ちょっと」
───ちょっと?
「それじゃ……」
「あ、ああ……」
少し言ってる意味が理解できなかったが、とりあえず部屋に戻ったと思っていいだろう。
さて、と。皿洗いも済んだし、シャワー浴びてくるか。
先ほどのリリアの様子が妙に引っかかるが……まあ、いいか。俺はそのままシャワールームに向かった。
* *
「…………」
シャワーから出て、寝巻きを着て部屋に戻ってみて早速、絶句。
ただ言えるのは、シャワールームに寝巻きを持っていって正解だったということ。
部屋には、先ほどまでポニーテールだった髪を下ろした、私服姿のリリアが俺のベッドの上に座っていた。軽くウェーブのかかった毛先は、少し湿っているためか、髪にまとまりが見える。多分、シャワーでも浴びてきたんだろう。
でも、どうしてここに?
「あ、悠斗。おじゃましてまーす」
「リリア? なんで俺の部屋にいるんだよ」
「なーに、アタシがいちゃ悪いことでもあるの?」
「いや、そんなのはないけどさ……」
あ、また部屋の鍵を掛け忘れたのか。……うーむ、これからは早々に掛けておかないと、いつ泥棒がやってくるか分からないな。尤も、こんな世界に泥棒なんて存在するのかが問題だけど。
それよりも、テンションが元に戻っていてよかった。なにか考え事でもしてたのだろうか。まあ、今こんなに元気なら、あまり気にする必要はないかもしれないけど。
「それにしても、やっぱりシャワー浴びてたんだ。部屋に悠斗が居なかったから勝手に上がっちゃったけど」
「ああ、そりゃあな」
「『そのままシャワールームを開けてびっくりー!』……なんてことも出来たんだけど」
「………………」
それはしなくて正解だ。
そもそも、コイツは人並みのイタズラこそすれど、そこまでスケールのでかいことをするようなやつじゃない……と思う。
しかし、既に誰もいないと思っていたので、いきなりの来客で少し気が動転しているな。ちょっと落ち着こう。深呼吸、深呼吸……。
「……それで、一体なにしにきたんだ?」
「うーんと、まあ……お話、かな」
「話?」
「うん、お話」
リリアはなんだか煮え切らない返事をした。
それならいつでも出来るじゃないか。それとも、今しか話せないような大事な話だったりするのだろうか。今度の試験のこととか……って、それは俺が問題視すべき項目だった。
どちらにせよ、来る人を拒むのは忍びない。何か飲み物でも持ってくるか。
「とりあえず、コーヒー飲むか?」
「ん、お願い……あ、ミルク多めにしてね」
「あ、ああ……了解」
ミルクか……この間はブラックで飲んでいたけどなあ。
試合前日、リリアの愚痴に耐え切れなくて寝てしまったとき、起きたらちゃんとコーヒーカップの中身は空になっていた。もしかして、少し無理して飲んでたとか?
ミルク多めのコーヒーとブラックを両手に持って戻り、片方をリリアにくれてやる。
「ありがとー」
リリアは両手でそれを受けとった。
俺はその向かいにあるイスに座り、小さなテーブルにカップを置いて尋ねる。
「それで、話ってなんなんだ?」
俺の質問に、リリアは数秒目を閉じてから口を開いた。
「そうだね……うん、今日の試合のことかな」
「試合……って、タッグマッチか?」
「うん。勝ててよかったね、悠斗」
穏やかな笑顔でそう言ったリリアは、そのままカップに口をつけた。
試合か……今日あったことなのに、なんだか遠い昔のように感じられるな。それだけ必死だったってことかもな。
そうは言っても、脱出口を開いたのはコイツなんだけど。そういえば、まだリリアにはお礼してなかったっけ。
「そうだな。でも、勝てたのはほとんどリリアのおかげだよ」
「え? ……あ、アタシは何もしてないよっ。ただ、こうなったらいいなー、みたいなこと思っていたら相手が実際にそうなっただけで」
「それでも、そうやって状況を把握して、願望でもそういった予想ができるのは素直にすごいことだと思うぞ。実際、俺はヤツと対等に向き合うので精一杯だったんだ」
そう、ヤツ───カイと俺では、とんでもないほどの実力の開きがあった。それをなんとか風系呪文で補ったからなんとかなったけど、始めのアリスのアドバイスがなかったらここまでいけなかっただろう。そうなったらきっとあいつらの瞬間的勝利であの場も簡単に収まっていたに違いない。
「改めてお礼を言うよ。……ありがとな、リリア」
「こちらこそ、一緒に戦ってくれて、ありがとう、悠斗」
「…………」
「…………」
なんだかどちらも気恥ずかしくなって、同時にコーヒーを飲んだ。それが余計にそうさせて、なんだかいたたまれない気分になっていく。
なんだ、この状況は。……まあ、礼の交し合いなんて、大抵こうなることは分かってたけどさ。それにしてもなんだかむず痒い。何か話題を……とは言っても何も話題が思いつかないので、俺から話を始めることも出来ない。こういう時、もっと俺が口達者ならってつくづく思うよ。
「───あと、それについて」
「ん?」
不意にリリアが話題を振ったかと思ったら、なにやら続きがあるようだ。
「一緒に戦ってくれたお礼に、教えてあげる」
「何を?」
「前に言ってたよね? アタシがどうしてそこまで勝つことにこだわるのか」
「……ああ、それか」
すっかり忘れてた、なんていったら失礼だろうから言わないでおく。多分、言ったら教えてくれなさそうだから。
「アタシが今回のトーナメントで優勝することにこだわってたのは、アタシの家の事情に関係があったんだ」
「家の事情?」
「そ。アタシの家は、実は王族だったりしちゃうんだ」
「…………………」
………は?
今、なんて言った?
───王族。
彼女は今、自分が王族の家系であると言ったのだ。
いや、いやいやいや。
信じがたい。コレばかりはさすがに信じがたいぞ。
「……マジで?」
「うん。割とマジ」
「……本当に?」
「うん、本当……って、悠斗同じ質問してる」
「ああっと、悪い」
パニック状態。今の俺の頭の中は、「王族」という単語がグルグル渦巻き、それに対して何かいろいろなものが一緒に回りだして混沌としている。
同時に接し方が失礼じゃなかったかとか、俺なんかが話をしてていいのかとか、そんなことを今更になって思考している。
「ははは……そうなるだろうと思って、今まで隠してたの。ごめんね」
「あ………」
リリアは困ったように笑うと、少しだけ寂しそうにコーヒーに口をつけた。
その顔は、さっき部屋を出て行く前の、窓の外を眺めていた時と同じ顔をしていた。
冗談ではないみたいだな。そんなの、目の前のリリアの顔を見れば一目瞭然だ。
「でも、リリアってなんか王族って感じはしなかったけどな」
今だって普通にどこかの服屋に売っていそうな服装だし。
それに話し方も、アリスと違って高貴な雰囲気は感じられないっていうか……。
「ああ、それは多分、アタシがよく王宮から抜け出して、下町で遊んでいたからかもしれないわね」
「ぬ、抜け出すって……」
相当の問題児である。
王宮から抜け出すなんて、マジで出来るのな。門番の目を盗んで壁をよじ登ったり、地下を進んで脱出したり……ちょっと憧れだったりしたけど、それは自分が王子とかそういうのじゃないので小さい頃に断念した項目である。
「実はアタシね、王族って嫌なの」
「え、なんで?」
「だって、他の子達と遊べないじゃない。王族はずっと王宮に閉じこもって、難しいこと考えなくちゃいけない。アタシは外で遊びたかったのに、それも出来なかったんだもん」
「だから、抜け出したりしたのか」
「えへへ、今悠斗が思ってたことは、今のアタシにはご褒美でしかないんだから」
「そ、そうか……」
見透かされている……。俺の心の内をことごとく見破られている……。
自分からそう言うってことは、おそらく問題児の自覚はあったのだろう。そういうのが一番厄介であるというのに。
「下町って、ホントに暖かいのよ。みんな活気に溢れていて、仲もいいし。こんなに楽しい場所なんだって、その時思ったわ」
きっと、それは王宮での引きこもり生活をしていたらきっと出来ない体験だったに違いない。
それで毎度抜け出しては下町のほうに遊びに行っていたと。なんか、スリルのある生活してんだな。
しかしまあ、そういった部分はリリアらしい気がするけど。
「そんな時、下町のほうで魔法学園の話を聞いて、アタシはそれに飛びついたわけ」
「直球な人生送ってるな、お前」
ある意味羨ましいぞ。
しかし、よく王様はこんな場所に行くのを許したよな。呆れてものが言えなかったのだろうか。
「でも、お父さんに言っても、やっぱり却下されちゃって」
「そりゃそうだ」
俺でも却下する。
「それでも、何度もお願いしたらなんとか折れてくれたの。でもその代わりに、条件をつけられちゃって」
「条件?」
「そ、『学園でいい成績で日々を過ごし、王族らしい結果を残すことができるならいってもいい』って」
「……メチャクチャだな」
でも、確かにリリアは勉強もよく出来るよなあ。この間も、ちょうど魔学を教えてもらったばかりだ。
しかし、コイツの裏にはそんな事情が潜んでいたとは。驚きである。
そのおかげで、今回の件もあんなにしきりに俺の部屋にきて頑張っていたわけだ。
「正直、準優勝できればそれでいいかなって思ってたけど、勝てたのは本当に嬉しかったわ」
「そのことは、王様に報告するのか?」
「うん。この後の休日にでもドイツに戻って、お父さんに報告してくるつもり」
「そっか。よかったな、いい土産話を持って帰れて」
「……うん、それで……」
「?」
楽しそうに喋っていたリリアは、ここにきて少し残念そうな顔をした。なにか失礼なこと言ったか、俺?
「本当はね、その時にお礼にと思って、悠斗をウチに招待しようかなって思ってたんだけど」
「え、俺が? ど、ドイツの王宮に!?」
それは思ってもないことだ。とんだサプライズじゃないか。
俺、まだ海外に出たことないんだぞ!? 急にそんな別世界に飛ばされたら、きっと今以上にパニックになるに違いない。もしかしたら思ってもないことをやってしまって向こう側のポリスメンに捕らえられてしまうかもしれない。そうなったら俺の人生ゲームオーバーだ。
「うん……だけど、よく考えたら無理だって分かったの」
「え、なんで?」
「だって、ほら……」
そう言って、リリアは「ちょっと失礼」と言って、俺の右耳についているイヤホン───音声翻訳機を外した。
「Können Sie verstehen, dass ich sage?」
「……は?」
……何語?
急に、リリアは人の言葉ではない言葉を話し始めた。
この感覚、覚えがあるぞ。確か、俺が初めてここに来たとき……。
「……Kurz gesagt, diese Dinge」
リリアはため息混じりにそう言ったが、イヤホンが外れた今の俺では、彼女の言葉が理解できない。
そろそろイヤホンつけても、いいですか?
俺の表情で察したリリアは、承諾の意味で片手をヒラヒラ揺らした。
「……こういうこと。学園側ではコレがあるけど、現界じゃ使い物にならないわ」
「ああ、そういうことか」
やっと理解できた。
俺が向こうにお呼ばれされても、言葉が理解できないんじゃあ仕方がないってことか。それもそうだ。
とすると、さっきまで喋っていたのはドイツ語か。うーむ、どうりで聞き覚えのない言葉だと思った。
「ってか、そんな豪華なことしなくていいって」
「そういうわけにはいかない……って言いたいんだけど、しょうがないわよね」
リリアは残念そうに呟いて、小さくため息を吐いた。
でもすぐに顔を上げて、いつもと変わらないテンションで、
「そういうわけだからっ」
「……は?」
リリアはポケットから携帯電話を取り出して、
「アドレス、交換しよ?」
小首をかしげて、そう言った。
…………。
待て。
意味が分からない。
どうして俺は今、目の前のお嬢様には見えないお嬢様にアドレス交換を求められているのだろうか。というか、王族でもそんなの持ってるのか。
「一応連絡用なんだけどね。でも、こっちじゃまったく繋がらないの」
「だろうな」
こっちにはそんな電波は流れていないはずだ。というか、今、俺ちょうどケータイ持ってきてないし。
「いいけど……何に使うんだ? 俺のアドレスなんか」
「なによ、連絡しちゃいけないって言うの?」
「い、いや……そうじゃないけどさ」
リリアは拗ねたように口を尖らせた。
とりあえず、俺は自分のアドレスを紙に書いてリリアに渡す。リリアはそれを見て、何度も見返しながら自分の携帯電話に俺のアドレスを打ち込んだ。
……ところで俺のケータイ、国際メールできたっけ?
「……ん、OK。ありがと」
「ああ、どういたしまして」
一段落して、深く息を吐く。
なんだか、今夜はよく眠れなさそうだ。衝撃的な事実を知っちまったからな。
お嬢様。
目の前のリリアが、あろうことかアリスと同じお嬢様なのである。雰囲気はまったく違うけど。
それに、こんなラフな格好のお嬢様がいてたまるものか。こんな俺の中のお嬢様像をぶち壊すような告白しやがって。おかげで眠れたとしても夢にまで出てきそうである。こう、ドレスを着てない私服のシンデレラが、そのまま夜のダンスで意気揚々と踊っている、みたいなシュールな夢が。
「それで、俺はいつもどおり接すればいいのか?」
「あ、うん。そうしてくれると嬉しいな」
「分かった。俺としても、そのほうが助かる」
正直、堅苦しいのは嫌いだ。リリアが許してくれて助かった。
しかし、この聡明な頭の使い道が王宮の脱出に使われていたとなると、バカと天才は紙一重って言葉にも納得がいくな。今となってはリリアは立派な天才だろうけど。
でも、その裏には耐え難いプレッシャーと努力に追われる日々を送っていたんだな。俺たちには見せないで、陰で頑張っていたわけか。それで図書室であんな双属魔術なんてものまで掘り起こしてきたんだな。
なんにせよ、俺はそのままコイツと今までどおりの───友達の関係でいられることに素直に喜べる。
こういう時には大抵、お互いの間に壁が出来てしまうものだ。それにより関係が崩れてしまうことも十分ある。でも、今回はそんなことはなかったのでよかった。
「それで、悠斗は今度の休日は、なにか予定ってないの?」
「俺? うーん、そうだなあ……」
急な話題変換に少し戸惑いつつも、俺は頭の中でこれからのスケジュールを考え直してみる。
……うん、予定なし。
「特にないけど」
「そっか。なら、一度現界に帰ってみれば?」
「……え?」
唐突に、リリアはそんな予想外なことを言った。
だって、今の俺はこの世界のことしかまったく頭になかったのだから。
考えてみれば、中級者になったことで現界への帰省許可は降りているのだ。いっそのことこのまま現界に帰って、こちらに2度と顔を出さないことも可能である。
それをしなかったのはなぜか。決まってる。
友達が出来たからだ。ディール、アリス、リリアという、友達が。
こっちでの生活が毎日楽しくて、高校の入学が迫った日を置き去りにしながらも、半年近くこちらで日々を過ごしていたのだ。
当初の目的はなんだったか。
そう、「こんな場所から早く帰って、常浜学園の入学式に出席しなくてはいけない」と考えていた。
だが、それを決意したのも数ヶ月前。この僅かな時間の中で、俺の中で考えは180度ひっくり返っていたようだ。
今のリリアの言葉を聞いて、俺はそのことを思い出した。それと同時に、現界での生活を忘れていたことに気づく。
思い出した。
あの時の夢の光景……あれは、今までの俺の朝の生活だった。
「そうだな……行ってこようかな」
頷いて、どうやって帰るんだろうとぼんやり考える。
「そうするといいわ。ちょうど、アタシも悠斗のアドレスにメールしてみたいし」
「そういうことか……」
なんとも単純な理由で俺を向こうに帰すわけだな。それもなんの疑いもせずに。
俺が、このまま帰ってしまうかもしれないことを。
「……リリアは、疑わないのか?」
「ん、何を?」
「俺がこのまま帰っていって、こっちに顔を出さなくなるかもしれない……ってこと」
そう言うと、なぜかリリアは不思議そうな顔をした。
「悠斗は、そうする予定だったの?」
「いや……まだ決まったわけじゃないけど。もともと、こっちに来たのは単なる偶然だったんだし」
そう、俺はここの皆のように、自ら望んでこんな場所に来たのではない。だから、俺がわざわざここに滞在する理由なんてないわけで。
「でもね、アタシは信じてるよ」
「……え?」
リリアはとびきりの笑顔を俺に向けて、
「またこっちに来てくれるって、信じてる」
自信たっぷりに、そう言ったのだった。
……ああ、本当に居心地がいいな、ここは。
それも現界のことも忘れてしまうくらいに。
前はこんなこと考えもしなかったけど、この日常はもう捨てられないほどに大切なものになっていた。
それに……今の俺には、ここに残るちゃんとした目的があるんだ。
親父。
俺の親父は、きっとまだこの世界にいる。それを見つけるまでは、帰れないし、帰らない。
「……わかった。必ず帰ってくるよ。お前も、ドイツからちゃんと戻って来るんだぞ」
「あったりまえじゃない! こんなに楽しい場所を逃す手はないもん。絶対に卒業まで居続けてやるんだからっ!」
そんな分かりきった約束を交わして、俺とリリアは指切りをした。
リリアが帰った後、コーヒーを飲んだにもかかわらず急激な眠気が俺を襲った。
前言撤回。
今夜は、やっぱりよく眠れそうだ。
こうして、俺の長い1日は最後まで内容の濃いものとして終わりを迎えたのだった。
タイトルのEhreは「名誉」という意味のドイツ語です。
《リリアの会話について》
・『Können Sie verstehen, dass ich sage?』
→アタシの言ってる事、伝わってる?
・『……Kurz gesagt, diese Dinge』
→……つまり、そういうワケ。
あと1話ですが、次話はエピローグのような感じで、すぐに終わります。