ep.24 暴力VS才力-Beharren-
タッグマッチトーナメント決勝。
俺たちはその対戦相手の対策を練るために2人で思案していた。
やっとのことで思いついた微量の策で立ち向かうことになったが、それでも幾分かはマシだろう。
それと、リリアが勝ちにこだわる理由って、一体なんなんだろう……?
頭の片隅で考えながら、俺たちは最後の決戦へと赴いた。
☆ ☆ ☆
『はじめ───!!』
鳴り響いたゴングとともに、俺たちは身構える。
相手はあのアリスたちを瞬殺したダークコンビ。一瞬の隙が命取りになる。
腰をかがめ、瞬きせずに見つめ続けていると───
「ふっ───」
俺は相手の吐く細切れの息を肌で感じ取った。
背筋がぞわっと粟立つ。
来る……!
「リリアっ!」
「うん!」
俺たちはすぐさま両手でお互いの手のひらを合わせる。
───ヒュンッ
そんな音がしそうなほどの音速で、漆黒の2人組みは間合いを詰めてきた。
その手には、確かな殺意をこめた黒いオーラを纏いながら。
「今だっ!!」
合図とともにその手にぐっと力を籠める。
相手がやってくるその前に。その手は離れた。
空を切る音。
同時に寒気が俺の全身を襲う。
半ば強引にバック転した俺とリリアは、予想通りの攻撃を見事にかわしてのけたのだった。
「……ほう。やるね」
空振りした右腕を直そうともせず、乱れた髪のままその見えない表情をこちらに見せ付けて、少年は俺に向き直った。
少女もリリアのほうに向き、完全に1対1の状況を作りあげられてしまった。
「くっ……」
さすがのリリアも相手の考えには苦悶の声を漏らさずにはいられなかったか、彼女の表情は僅かに厳しそうだ。
そして、俺も嫌な汗が流れ続けている最中である。
こんなヤツを1対1かよ。ふざけてる。始まって早々なるべく固まって行動するってのがことごとく破られちまったじゃねえか。まあ、最初のが決まったことで少しは安心できたんだけど。
「さすがは全属性だね。さっきのヤツらとは大違いだ」
「……そいつはどーも」
それは関係ねえだろ、なんて言えるわけもなく、俺は適当に流した。
隠れた顔面の向こうに歪な笑みを見た気がした。
たらりと流れる汗が非常に気持ち悪い。こんなのは初めてだ。立っているだけで気分が悪くなるなんて、一体どんな仕掛けなんだよ。
ここはなんとしても早く風系魔術で強化しないと……。それまで話を繋げられたら……。
「……よく俺が全属性だって知ってるな」
「当たり前だよ。この学園にはキミしかそんなのいないからね」
「そういや、そうだったな」
「それに……ぼくはキミを倒すためだけにここにいるんだからね」
物騒なことをさらりと言ってしまうあたり、この少年はいろんな意味で手遅れなんだろう。そんな中学生みたいなこと。ははは、笑えねえぞ。
体勢を立て直し、相手を見据える。
リリアのほうを見ると、距離を維持しながらチラチラとこちらの様子を窺っていた。
くそ……どうにかして相手の隙をつければ。すぐさま風系魔術を使おうものなら、相手はその隙をついて俺を潰すだろう。そんなことになる前に、どうにかして相手を揺さぶらなくてはいけない。
「そういえばお前、名前はなんていうんだ?」
「……ぼく?」
真っ黒な少年は少しおどけながら、自分を指差して
「カイって、いうんだよ」
そう言って、相手の姿がボケた。
「……っ!?」
攻撃。
相手は俺に名乗ってから、間髪いれずに攻撃を仕掛けてきた。
瞬間的にそいつは俺の目の前で止まり、
「キミのことは知ってるよ? 桂木悠斗」
「くっ……!」
会話を交えた右フック。俺はそれを一瞬だけ目で捉えた。
反射的に後ろへ後退。そしてその隙に───
『───シルフェン!』
風系呪文を詠唱。全身に風を纏う感じをイメージする。
すると、ふっと全身が軽くなった気がした。
「リリア!」
それをリリアにも掛ける。すると、彼女の体が淡い緑色に包まれた。
「ありがとっ!」
そう言ったリリアは、リリアの向かいにいた少女に魔術を一つ放って牽制し、大きく跳躍して俺の元にやってきた。
……ふう。なんとか始めの作戦通りになったな。多少いざこざはあったけど。
カイ、と名乗った少年は、小さく舌打ちしてからまたへらへらした口調で話しかけてきた。
「……これも避けるなんてね。結構いいカンしてるじゃん。楽しめそうで何よりだよ」
「これでも現界じゃ、よく喧嘩してたもんでね」
それに俺は無理のある強がりで返した。まあ、少しやったことはあるけど。
それに、喧嘩なんてのはこんな感じに本気のやりあいじゃない。そこまで本気になる喧嘩なんてのに参加したことは俺はなかった。
言っておくけど、さっきのパンチをかわせたのはきっとマグレだ。あんなの、普段の俺だったら絶対に受けてた自信があるね。ああ、痛そうだなあのパンチ。想像するだけで痛みがこみ上げてきそう。ガクブル。
……ん? パンチ?
なんで相手はパンチしてくるんだ? そのまま魔法を打たずに、こっちに肉弾戦を仕掛けてくるなんて……。
それも前の試合でアリスたちが一瞬でやられたのにも疑問がいく。あいつら、触れただけで防護壁を破壊できるのか!?
それはそれは厄介だな。遠距離でしか戦えないのか、これは。
「お前、どうして魔法を使わない?」
「魔法? そんなの、使う必要がないからさ」
「……なに?」
魔法を使う必要がないって、そりゃどういうことだ。防護壁を破れるのは魔法でしか無理だったはずだ。だったらどうしてそんなことが言える?
「ほら、こうすれば───」
「え───?」
その瞬間、再びカイの姿が消え、真正面から右ストレートが飛んできた。
「いぃっ!?」
またもやいい勘を使ってかわしたはいいものの、それが反っているものだから都合が悪い。のげぞった状態で、目の前は相手の真っ黒な右腕がピーンと伸びたまま止まっている。……これはもう、乾いた笑いしか出ねえ。
またかわしたことに対して、相手は苛々してきているのか、さっきよりもよく聞こえるように舌打ちをして見せて、
「ちっ……ほんと、しぶとい、ね!」
怒りの念をこめた声とともに伸ばした右腕を曲げ、そのまま俺の腹部めがけて振り下ろされる───
が、俺に当たることはなかった。
「くっ……!」
カイは乱れた前髪から鋭く俺を見て、ゆらりと上体を起こした。
……あぶねえ。
マジで危なかった。さっきのは本当に花畑が見えそうだった。
俺の左腕には温かな、それでいてしっかりと握られた指の感触。
「こりゃまた、毎度すまないな、リリア」
「いいわよ、そんなの」
リリアが瞬時に俺を引っ張ったおかげで、俺は一命を取り留めたのだった。引っ張られた俺の体はリリアの側へ移動していき、カイの攻撃をかわすことに成功していた。
冷や汗がなんども溢れてきて、この試合は本当に疲れる。まったく、今日はよく眠れそうだぜ。
間一髪で相手の攻撃をかわしはしたが、依然としてこちらは劣勢。ここから巻き返すにはどうしたらよいか。
俺は、さっきのカイが放ったパンチを思い出していた。
分かった。
あのパンチ、確実に防護壁を破壊できる。
さっきのパンチといい、試合前の教師といい。すぐそこにヒントはあったんじゃないか。
「……やっと分かったよ、カイ」
「…………」
さっきまで余裕のあったカイの顔は、今は険しい表情に変わっていた。
相手の右腕は、目の前の敵を殲滅せんとするように、禍々しい黒が姿を隠している。
つまりはそこだってことだ。
俺も、ヤツと同じように腕に赤いオーラを纏わせる。
「こういうことだろ?」
「へー、よく分かったね。分かってしまう前にやっつけれたらよかったのに」
感情の籠っていない、まだ幼さの残る声で返事をした。
隣のリリアは、「どういうこと?」みたいな顔で俺の腕とカイの腕を見比べていた。
つまりは、身体全体か一部に魔力を流し込むことで、普通に魔法を使わなくても相手の防護壁が破壊できるようにするって事だ。
尤も、それをし続けるってことは魔力をその分消費し続けるので、それはそれは疲れるんだけど。
それと、きっと始めの瞬間的にこちらへやってきたのは、足部分にもそういった施しをしているからだと思う。そうでもなければそいつらはもはや人間ではないと俺は信じたい。
「まあ、そこまで分かっても使いこなせなくちゃ意味はないけどな」
「へー……?」
リリアはポカーンとした表情で、俺を見つめている。
……まあ、分からないのも無理はないけどね。
俺の場合、同じ事を何度も肌で感じたから理解できたようなものだ。
「さて、と……そろそろ始めようか?」
「……そうだな」
いやらしい笑みを浮かべたカイは、一歩こちらに向かって歩いてきてきていた。それに対して俺も一歩踏み出す。
「待って」
「ん?」
相手のほうへ向かおうとすると、横でリリアが袖を掴んでそれをとめた。
その表情は、少し心配そうに眉が下がっている。
「リリア。ここはひとまず俺に任せて……」
「イヤよ」
リリアは袖を掴む力を強めて、俺が進もうとするのを拒む。そうこうしている間にも、相手はやってくるってのに……。
相手との距離は5メートルほど。
今は歩いてきてるからいいけど、さっきみたいに一瞬で来られたらひとたまりもないぞ。
まずはこの手を解いて……。
「リリア……」
「悠斗、これ、タッグマッチなんだよ?」
「そ、そうだけど……」
それよりも今は目の前の事態を対処しなくちゃいけないわけで。
4メートル。
「一緒に戦わなくちゃ、タッグじゃないでしょ!」
「そうは言ってもさ……」
「アタシも戦えるもん!」
「でも、今回は相手が悪いって」
「嘘じゃないってば!!」
先ほどまで下がっていた眉をつりあげて講義してくるリリア。
でも、さすがに戦えるといっても人並みだろう。それをこのイカれた連中とやりあわせるにはいかない。
いくら安全だとはいっても、触れるだけで防護壁が破壊されてしまいそうだ。それでは元も子もない。
……ま、俺単体でも十分危ないんだけどね。
でも、リリアのヤツ諦めてくれそうにないし、むしろどんどん不機嫌になっていくような……。
「……わかったわ」
「……え?」
やっと引いてくれる気になったのか、リリアは掴んでいた袖から手を離し、俯いた。
遅くなる前に理解してくれて助かった。これなら……。
「ここで使わせてもらうから」
「……は?」
なにを?
そんなわけの分からないことを下を向いたまま呟くリリア。心なしか、語尾が若干怒りに満ちていたような……気がしただけだろう。うん。
なぜだろう、いやな予感しかしない。
「言うこと、聞いてもらうから」
「はあっ!? それはさっきもういいやって……」
「もういいかなって思ったけど…うん、やっぱそれ取り消し」
「横暴だ!?」
こんな状況で何言ってるんだリリアは!?
顔をあげたリリアの表情は笑っていた。そりゃもう恐いくらいに笑顔だった。
ただ、目だけは笑っていなかった。
「今から言うこと、聞いてもらうから」
「そんなこと急に言われても……それに、今じゃなくても───」
「信じて」
「……え?」
「アタシを、信じて」
そう、命令された。
表情はどこまでも真剣で、その透き通った琥珀色の瞳は、嘘や冗談ではないことを言葉以上に語っていた。
信じる……。
ああ。
俺はなんてダメなヤツなんだ。
こういった場面になって、俺は仲間を信じられないで、一緒に戦えないなんて勝手に決め付けて……。
こんな形でしか気づくことが出来ないなんて、バカだな、ホント。
一体、何のためのタッグマッチなのか。それは言うまでもない、仲間と協力して戦うためである。そしてそれは、仲間を信じなければできはしない。そんな初歩的なことさえ俺はできていなかったのだ。
「……分かった。信じる」
俺は、彼女の言葉を頷いて承諾した。
その瞬間、リリアの表情が綻び、笑顔に戻った。
「でも、本当に大丈夫なんだろうな?」
念には念を入れておきたくて、どうしても俺は心配になってしまい、リリアに聞く。
まあ、命令されてしまっては逆らうことは出来ないので、ただの確認にしかならないのだけど。
リリアは俺の質問に、自信たっぷりに胸を反らして答えた。
「アタシ、これでも護身術習ってたからね。なんとかなるわ」
「…………」
……ちょっと、声が出ない。
なんだよ、マジもんじゃねえか。俺なんかとじゃ比べ物にならないくらい強いんじゃないか。
だったら、どうしてさっきまで俺の後ろになんていたんだ。飛び出て攻撃してくれてもよかったんじゃ……。
しかし、護身術ね……。何者だよ、お前は。
「魔力の籠め方は、なんとなく分かったわ。こんな感じでいいのね?」
そう言ったリリアの手は、さっきの俺たちのように青く染められていた。
今までのへんな実験とかが功を奏したのか、理解の早いヤツだ。俺が身体で理解したものをいとも簡単に。うーむ、これはこれで複雑な心境だ。立場がこれで逆転したぞ。
とはいえ、これでフェアに戦えるな。そう思ったのも束の間、カイとその隣の少女は、すぐそこまで来ていた。
「もう話し合いは終わった?」
なんて、おかしな気配りまでしてくれているのだから悪役ってのは人情深いね。こいつらは悪役じゃないかもしれないけど。
「ああ、もういいぜ」
「そうかい。それじゃ……いくよ!」
近距離からの攻撃。カイは俺に向かって右ストレートを放ってきた。
俺はそれを魔力の籠められた左手で受け止め、次に来る攻撃に備える。
「……へえ」
「悪いな。2度も同じ手はくわないさ」
「ふーん……そう、かいっ!」
少し挑発してやると、ものの見事にそれに乗ったカイ。まったく、本当に中学生なんじゃないかと思う。
そして力任せに仕掛けてくる攻撃には、さっきまでのキレがなく、どこまでも雑なものだった。俺はそれを強化された身体機能でカバーし、なんとか受け止めていた。
魔力の籠められた腕に触れるのは、普通に腕で防ぐと防護壁が破壊されてしまう。しかしこうして、魔力と魔力をぶつけ合う分には問題がないのだ。だからさっきまで避けて逃げていたけど、今はこうやって受け止めることが出来る。
相手は早速乱れているな。これは貰ったかもしれない。
「はぁっ!」
カイは声とともに振り上げられた右足で、俺の脇腹めがけて攻撃をしてきた。
でも、本当はこれが狙いだったり。
「残念でした」
「な……」
すばやくしゃがみ込み、脚をくぐる。それと同時に俺は右手をついて浮いた左足で足払いをした。
カイの軸足は簡単に払われ、上体は宙に浮いた後に勢いよく地面に落ちた。
「さ、おしまいだ」
「ぐっ……」
そう言って俺は倒れたカイに向かって右手をかざす。
だが、魔法を詠唱しようとしたそのとき、
『───シャドウランス』
声が響き、見上げた空中には先ほどまでいた少女が、その上げられた手の周囲に幾つもの黒槍をスタンバイさせて立っていいた。
『───開放(Iter)』
一言、少女が小さく呟くとともにその手を俺へ向けて振りかざすと、そこにあった槍はとんでもない速さでこちらへ飛んできた。
ヒュン、と空間を裂く音を立ててやってくる槍を、跳躍でかわす。
「よっと」
俺がいた位置に集中して刺さった幾つもの槍は、そのまま影となって消えていった。
……ここまでまともに戦えている俺って、もしかして結構強い? ……いやいやいや、自惚れてはいけないぞ。緊張感を持て、俺!
しかし、仕留め損なったのはちょっと心残りだなぁ。きっと、ああいったものをコンビネーションっていうんだろう。俺たちはまだ、それが出来ていない。
それに、今のでカイも元の位置に戻ってしまった。一度転ばせられたのはちょっと嬉しかったけど、ここは一旦引いて、リリアと話し合うべきだろう。
俺はそのままリリアの元まで移動した。
「リリア。相手はどうだ?」
どうって……こんな質問の仕方しか出来ないなんて、自分の語彙力を疑う。いくら戦闘中で相手から目が話せないからって、もうちょっと余裕のある質問の仕方ってモンがあるでしょうよ。
さっきからリリアが戦闘に参加しなかったのは、先に相手の特徴を掴むためらしい。だから、多少のリスクはあっても2対1の状況で相手をしたわけだ。
正直、生きた心地がしなかったぞ。ああ、心臓に悪い。
「あっちの女の子はなんとも言えないけど、カイのほうはもうほとんど大丈夫ね」
「え、マジで?」
「うん。だって、アイツ予想以上に単純よ」
「……へー」
そんなに楽しそうに言われても。俺としては、アイツを相手するのは結構骨が折れると思うんだけど。
「彼、さっきから右側からしか攻撃してきてないじゃない」
「言われてみれば……」
そうかもしれない。さっきから右ストレートやら右フックやらキックやら……生粋の右利きだっていうのか?
というか、そっちしか様になっていないとか。
とはいえ、カイのことは分かったけど、肝心なのは女の子のほうだ。
さっきの呪文を見て分かったけど、あの子隙がまったくない。それに加えて静かだから、目を離した隙に姿を消してしまう。そういうのが一番怖い。
それに、意外と詠唱時間が短い。さすがは単色だけある、伊達にそれだけ伸ばしていないってことか。
「リリア、なんとか、あの女の子の方の動きを封じられるか?」
「わかんないけど、やれるだけ頑張ってみるわ。そっちこそ大丈夫なの?」
「どうかな。さすがにちょっときつくなってきたけど、負けられないからな。せいぜい踏ん張るさ」
「……そう。んじゃ、ファイト!」
リリアは早速少女のほうへ向かった。その場に残された俺は、遠くで俺を見ているカイと向き合っている。
風系呪文の継続詠唱も、そろそろ限界が近づいている。これが切れたら、まともに戦うことは出来ないぞ。それまでに何とかして片をつけなくちゃ。
「いくぞ、カイ」
「いいよ。どこからでもおいでよ」
カイからの返事を受けた瞬間、俺は強く地面を蹴ってカイの近くまで移動する。
目の前に来ると、カイは身構えそのまま俺を迎え撃とうとする。右ストレート、好きなのだろうか。今はそんなことどうでもいい。このまま突進すれば、俺は間違いなくあの右手の餌食になる。
俺はそのパンチが繰り出される前に、再び地面を蹴って身体を浮かす。そのまま相手の頭上を越すイメージでそのパンチをかわし、そこからカウンターに入る。
宙に浮いた状態で、そのままカイに向かって腕を突き出す。
『───ファイアーボール!』
青い火球が3つ連射され、そのどれもが目の前の敵に向かって飛んでいく。
「くっ……!」
隙をつかれたカイは、苦しそうな声を上げながらバック転でその攻撃をかわした。
なんて身体能力だ。あの小さな身体でよくもまあそんな芸当をやってのけやがる。もういっそのこと大道芸人にでもなればいいんじゃないか。そうすればスーパー中学生とかでテレビにでも出れるかもしれない。
風の加護を受けた身体で身軽に着地した俺は、その場でカイの様子を窺う。
そういえば、今頃リリアは大丈夫だろうか。そちらを気にしたいが、俺は俺の戦いに集中しないといけない。
「バック転かー、やるじゃねえか」
「ふん」
少しからかってみるが、反応は薄かった。
先ほどまでの激しい行動のせいか、カイの前髪は片目だけを隠し、もう片方は乱れた前髪の隙間からだらしなく見え隠れしている。そして心なしか肩で息をしているように感じられた。
疲れているのはどちらも同じって事か。そこらへんは普通の人間と変わりないのな。
「まったく、さっきまでの余裕な態度はどこにいったんだか」
「……黙れ」
もう一度からかってみると、どうやらその言葉は相当自身に響いたらしく、一瞬でこちらまでやってきた。
「そうこなくっちゃ」
「コイツ……!」
さっきから俺がカイをバカにしているのには、俺なりの作戦があるからだ。
頭に血を上らせることで、相手の作戦を破ろうというものだ。攻撃をするモーションを相手にさせることで、相手の体力を少しでも削ることも考慮している。
なにより、これはカイに落ち着いた行動をさせないためだ。こいつに落ち着いた行動をされてしまったら、俺は正直勝てないだろう。さっきも見てて分かったけど、こいつはどこか単純なんだ。バカにされたと思えば頭にくる、ある意味でピュアな心を持っている。それを利用させてもらっているってことだ。
もはやこの戦い、相手の防護壁を破壊することを通り越し、普通の戦闘や乱闘の域に達していた。
その証拠に、カイは俺の右前に姿を現し、今にもその右足が俺を打ち抜こうとしている。
標的となる部位は顔面。腹部でも構わないものを、あえて顔面にするのには、まさにそういった意味合いが籠められている。
「───死ね」
極めつけはこの一言だ。右足を一薙ぎする前に放った一言は、すっと俺の耳に入ってきた。それを返事する間もなく、風を切りながら俺の顔面めがけて足が飛んでくる。
それを回避するまで至らなかった俺は、せめてと思って魔力の籠った左腕でそれを受け止める。なにか、いわれもない衝撃が腕を襲い、少し飛ばされる。
なんだあの足は。丸太か何かか? ビリビリと振動して腕に力が入らなくなっていく。
幸いなことに、どうやら俺の防護壁は健在のようだ。くそ、この試合長えな。
「はぁっ!」
再び姿を消したカイは、俺の真正面にやってきて右ストレートを突き出す。
左腕が今のままでは使い物にならないので、俺はひとまずそのパンチを半身で受け流し、そのまま距離をとる。
ある程度距離をとったとき、トン、と背中に何かが触れる感触。
俺の背後には、敵を前にしているリリアがいた。
「リリア……」
「そっちも、まだ片付いてないみたいね」
「ああ……そっちはどうなんだ?」
「もう、ダメね。懐に入る隙さえ与えてくれないわ。ずっと遠距離戦よ。そっちは……相変わらずの近接戦みたいね」
「ははは……まあな」
どうやら向こうは向こうで苦戦しているようだ。俺はリリアの声を聞いて少し安心していた。
だけど、気分はあまりよろしくない。
そろそろ継続詠唱の限界だ。それもあんな戦闘をしているんだ、いつもより魔力の減りが激しいのは仕方のないことだろう。早めに終わらせたかったが、さすがにもう俺の体力の限界が見えてきたようだ。
持ってあと1分。
「あ~あ……せっかく内緒にしてた護身術も、これじゃ披露できそうにないわね」
「俺も、せっかくコツを掴んだ双属魔術を使うような余裕は持ち合わせてないしな」
「……悠斗」
「ん?」
リリアはいきなり声を潜めて、俺に聞こえる声で言った。
相手は両者、俺たちに向かってゆっくりと歩いてきている。詰みだとでも思っているのだろうか。
「……マジで?」
「マジ。ある意味、これは博打だけどね。失敗すれば間違いなく負けるわ」
「でもこれ、成功するのかなぁ……」
「ううーん、確証はないんだけど、今のところこれくらいしか思いつかないのよ……」
リリアは「むむむ……」と頭を悩ませている。
小さな声で聞いた内容は、どうも信憑性の薄いことで、少し反応に困ってしまっている。
なら、これを成功させるためにはどうしたらいいか……それを考えろ。
「……あ」
「……あ」
今、俺たちが声を重ねたのにはちゃんとした理由がある。
そう。
魔法が、解けた。
さっきまで身体能力の手助けを施していた風系魔術は、今この瞬間をもって解かれてしまった。それを見たカイは勝ち誇った笑みを浮かべ、
「終わりだね。ぼくたちの勝ちだ」
そう言って、少女の隣に立って俺たちの数メートル前で止まった。
「最後の景気づけに、キミたちには盛大に吹き飛んでもらおうかな」
カイと名前を知らない隣の少女は、それぞれの左手と右手を俺たちに向ける。
そこから、小さな黒い球体がゆっくりと姿を現した。それはだんだんと大きくなっていき、
「言っとくけど、今のキミたちじゃ避けられないよ」
その球体はその手から溢れ、2人の姿を飲み込むほどの大きさになった。
正直、これは終わった。
こんなの食らってしまえば、防護壁が破壊されたとしても俺たちにダメージが残ることは間違いない。死ぬことだってありえるほどのものだ。
これは、言ってしまえば中級魔術を超えた魔法だ。
「中級魔術を合わせれば、それは上級魔術をも凌ぐ威力になる。キミたちは、果たして生きていられるかな?」
ククク…と笑いをかみ殺すような声を漏らし、カイはそんなことを言った。
絶体絶命。
まさしく、これは絶体絶命である。もう避ける気力なんて残ってない。俺は既に魔力を使い果たしたのだから。
……まあ、さっきの話を聞いてなかったら、の話だけどね。
「なあリリア……今が、まさにその時なんじゃないか?」
「そうね……。あーよかったわー予想通りに動いてくれて」
そんな中で、俺たちは安心しきってため息まで漏らしていた。そんな様子は、相手は自分たちが作り出した物体が大きすぎて見えていないだろう。
さて……あとはタイミングを合わせるだけだ。
その場になんの準備もなく立ち尽くす俺たちを、カイたちはさらにその物体を大きくする。
うん、こんなにでかいものは、今から走ったって避けられない。もう手遅れである。四方と上空を支配するほどの大きさにまで膨らんだ真っ黒な球体は、まさしくブラックホール。禍々しさMAXである。
やがて、それは一人の少年の声によって放たれることとなった。
『───ユーサネイジア!』
空間を揺らす莫大なエネルギー波。それはこの空間に存在する異物を塵一つ残さずに排除せんとするほどの威力を誇る、今まで見てきた中で最高級の魔術だった。
ユーサネイジア、名づけられた闇系魔術は、真っ先に俺たちがいた空間をことごとく消し去った。
やがてその奥までも到達し、その先で大爆発を起こして魔術は消え去った。
砂煙の舞う空間に、俺たちの姿は既に消えている。ワケもない。あんな攻撃をまともに受けて、立っていられる方がずっと異常だ。
「終わったか……」
カイが終末を迎える一言を発したそのすぐ後、
俺たちは、相手の防護壁を破壊した。
パリン、とガラスが割れるような音を上げ、カイと少女の防護壁は破壊されたのだ。
「!? な、なん……だと……!?」
その驚愕は、防護壁が破壊されたことへのものか、はたまた俺たちが生きていたことへのものか。おそらく両方だと思うが、俺たちは、2人の足元の地面の中から、腕を伸ばして相手の足首を掴んでいた。
地面系呪文。
本当にできるとは思っていなかったけど、自分の身体が地面に埋まったとわかってからは簡単だった。すぐさま相手の背後に回りこみ、魔力の籠った手で防護壁を破壊するだけだったのだから。
それと、さっきの風系呪文の解除は、わざとこういった状況を作り出すためにしたものであった。まさかここまで単純だと、俺としては少々心苦しいものがあったけど。
かくして、俺たちの防護壁は保たれ、カイたちの防護壁は俺たちの手によって破壊されたのだった。
俺は地面から顔を出し、不適に笑ってみる。
「残念だったな……俺たちの勝ちだ」
「き、貴様ぁ……!」
搾り出すような声を出したカイは、プルプルと怒りに震えながら悶えていた。
やがて顔を出したリリアは、どうやら地面内で息をしていなかったのか、「ぷはぁっ」と水面から出てきたときのように息を吐いた。対する少女は、この敗北になんの関心も持たないといった様子で、さっきから沈黙を決め込んだままだった。
リリアと目が合ったとき、俺たちは土に塗れた顔のまま、どちらともなく笑いあった。
『勝者、桂木悠斗、リリア・ステファニー!!』
やがて空間に響く爆音。それとともに現れた転移術式。
なにはともあれ、タッグマッチトーナメント決勝は俺たちの優勝という形で、今この瞬間、終了したのだった。
タイトルのBeharrenは「拘り」という意味のドイツ語です。
《魔法について》
シルフェンはオリジナルです。風の精霊シルフからちょっと変えただけです。
ユーサネイジアは、安楽死という意味の言葉です。